Neetel Inside 文芸新都
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ややあって、くしゃくしゃと顔が不細工に歪みだす。
これは桂が人の言葉を疑う時に出る、非常に周囲に迷惑な癖である。
喩え苦虫を噛み潰したって、これ程にはなりそうもない。
安西も堪らず噴き出す。

「嘘じゃないぜ。まだ括っちゃあいないけど。
 ほら―― まだ決心が付きかねていると見えるね。」

安西の指の向こうには、確かに首括り人候補がいた。
桜の張り出した枝に、先を輪とした縄を吊るし
更にその下に、もちろん用途は言わずもがなであろう台を設置し、
更に更にその周りを、恐らくはこの舞台を調えたであろう人物が、
逡巡してかうろうろと忙しなく歩き回っていた。
着物からして男性、そして遠目からとしても余り背は高くない。
成人以下と見えた。
二人の存在に気付く様子もなく、
もはや首括りではなく、歩くことそのものが目的となったようで、
ご苦労なことに、こうして見ている間にも、
桜気を軸として、二週三週と距離を稼いでいる。

「何てことだ。おい、早く助けねば。」

「いや、助けるなら本当に首を吊ってからだろう。
 今に説得しようとして、揺れる縄と動ぜぬ台を観賞していました、
 なんて言われたら決まりが悪い。」

「そんな馬鹿があるものか。じゃあ、何故あれほど思いつめた様子なのか。」

「うん。もしかしたら、友人に頼まれて最期の花道を誂えて、
 吊りに来てくれるのを待っているのかもしれない。」

「結局は誰かが首を吊る結果じゃないか。」

「まあ、そういきり立たないでくれよ。
 そもそも、僕は人が首を括るのを悪とはしないしね。」

そう結論付けた安西は、爽やかな口元で、にやにやと笑った。
こんな反応をされた桂が黙っているはずも無く、
何らかと罵るべく息を吸い込んだところで、がたん、と音が立つ。

両君同時に振り返った視線の向こうには、
先の少年が、桂の危惧通り、また、安西の期待通り、
首に縄を引っ掛けて、地から僅かばかり浮き、
一生懸命に足をばたつかせている。
手は首に掛けられていたが、
どうにか縄を千切るためか、余計に首を絞める気なのかは知れない。
彼の口が開閉して、今一度、今一度と、
今生の空気を吸わんとしているところさえ見えた。

その様相の凄さと言ったら、肉に縄が食い込む感触だとか、
魂が抜けかけて、身体が段々と腐り果ててゆく悪寒だとか、
そういうものが、己の肉体にも伝染するかのようで、
桂は、背筋を走る一種の霊感に、恐怖せざるを得なかった。
少年の足元には、蹴飛ばされた台が佇んで、
内部の薄暗い空洞をこちら側に向けており、
その暗闇こそが、彼の落ちるべき奈落とまでさえ感じられた。
少年のもがきで、ぎしりぎしりと揺すられて花弁が舞い落ち、
興行を彩る様は、皮肉を越して滑稽でもある。

とかく桂は動きようが無かった。
或いは彼も、急に人の死を見たくなったのか。

「おい君、彼は随分必死に運動しているが、
 あれは一体、自殺に後悔して、どうにか生きたくて暴れているのか、
 それとも、早く死にたくて、体力を消耗させているのか、
 または単に苦痛への反射なのか、何れかね。」

いつも人を苛立たせるばかりの超然節が、
今ばかりは、感情を平静に戻させるべくして働いた。
死のうとしている人間を放って置くわけにはいかない。
はっとして、桂が駆け出した後方には、ただ気味の悪い薄ら笑いが残された。

       

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