Neetel Inside 文芸新都
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これらの怒涛を耳に流し込まれる間、主人は顔を真っ青にしていたが、
次第に色を転じて、白、更に変わること赤へ、
それも火でも出づるかという紅蓮に近づいていた。
正に爆発寸前の体ではあったが、ようやく桂が口をつぐんだ頃には
どうにかして怒気を収められたのか、また元のようにしおしおと萎び返ってしまう。
それが、彼自身の人間性の成せる技であるのか、
あるいは体面などといった要素がそうさせたのか。
桂だけには分かりそうもない。

「そう思われますか。」
「ええ。あなたのような人種の言うことには、疑いを持って接するべきと考えていますから。」
「私の言動に、矛盾があるか、一貫性が無いか・・・
 私も、まだ心の整理が付ききっていないのですよ。」
「付かない割には冷静ですね。」
「それは、まあ。私は、あなたの言うところの、私のような人種でありますから。
 どうとでもお望みの通りに解釈すれば宜しいでしょう。」

主人の喉から漏れた、クツクツという苦しげな笑いが、
部屋の隅の影に流れて沈殿した。
その様を見て、桂はまた鼻息をふんと鳴らしてみせる。

邸宅を見て察せられる通り、彦田氏は並一通りの職業に就いてはいない、
全国でも中々名の通る実業家である。
その手の世界でのし上がってきた男である。
義理をかき、人情をかき、恥をかいて成功した、裏のある男である。
桂がやたらと彦田氏を疑るのも、庶民の妬みと言えばそれまでだが、
彼に言わせれば、理由のある話であった。

主人は紅茶を口につけ、一息つく。

「あなたは私を責めに来たのですか。」
「結果としてそうなりました。
 ご子息―― 一君の件で相談しに来たところ、あなたの態度が気に入らなかったもので。」

桂は眉間に皺を寄せつつ、彦田家訪問の真の目的について、
そろそろ切り込もうかと考えを廻らす。

「成程、質問の仕方が悪かったようですな。
 一体あなたは、私への指斥と、一の安否とどちらが大切です。」
「何。」

そこで彦田氏がずいと身を乗り出す。

「あなたは今朝、自害しようとしていた少年を発見し、
 何でしょう、介抱したという形になったのですか。
 しかし下女から聞いた話だと、その後警察などに身柄を渡したわけではない。
 またこの通り、私の元へつれてきたのでもない。
 ならどうしたのです。放置したのですか。」
「逃げられたんです、どこかに。」
「追いかけなかったのですか。」
「それは。」

桂の旗色は少々褪せる。

「もしかすれば、あなたから逃れた後、また首を括る気かもしれませんよ。
 あなただって、そのくらいの予想はついたのでしょう。つくべきだと思いますよ。
 要はあなたは、人の死そのものは知ったことではない、
 私に何らか不満があって、それをぶつける為にこうして来たのではないですか。
 一の事は飽くまで私を責めるための材料として・・・」

こうまで綺麗に図星をつくのも不思議な話である。
桂の頭から濃黒色の思惑が漏れてはいまいか。

       

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