図書室は閉館の時間になり、暇をもてあました私は生徒玄関に立ち尽くしていた。
土砂降り。
傘を持ってないから、私はどうにも帰れない、ってこと。
100m先が灰色に見えるぐらいに激しく打ちつける雨を呪っていると、視界にぬっと見慣れた影が現れた。
肩の辺りで切りそろえられた髪と、ちょっと大きめな丸いメガネ。
『アラレちゃん』そっくり、と私は思ってる。美咲は違うと言うけれど。
「優実ー、傘、ないのー?」
現代人としてはありえないほどゆったりした声は、『常連』の一人、笠島 有希だった。
「うん、困っちゃって。入れてもらっていい?」
「どーぞー」
こうして、私と『アラレちゃん』は一緒に帰ることになった。
さっそく、気になっていたことを聞いてみた。
「今日、来れなかったみたいだけど、どうしたの?」
すると、有希は、それがねー、と軽く笑いながら言った。
「来週ねー、先生が結婚するんだってー」
彼女が2年3組の生徒であることからすれば、多分、先生と言うのは鳴海先生の事だろう。
「でねー、みんなで結婚祝いをしよーって話になってねー、それでみんなで前から放課後会議してたのー」
あれ?
ちょっとした疑問が、頭をよぎる。
「じゃあ、沢辺たちは?」
「あの人たちも「常連さん」だし、別のこともしてるのー」
「何? それ?」
「分かりませんかー?」
暗に有希に、あなたはそんな事も分からないんですかー、と馬鹿にされているような気がしたので、
「そんなことないよ」とかぶりをふった。
「それなら良いんだけど… 優実も、何か明後日までに準備しといた方がいいと思うよー」
…ごめん、何のことだか分からない。
多分、私もあの小説の主人公のように、勘が鈍くて未熟なんだろうな。
そう思った瞬間、雨の音だけがやけに大きく感じた。
「そういえば、これ、読んだ?」
私はさっきの推理小説を取り出した。
「それですか?まだ読んでないけど……犯人とか言わないでねー。そんなうずうずしてもらって悪いんだけどー」
「……」
バレてたか。
電車通学の私は、駅で有希と別れた後、近くの本屋に立ち寄った。
デパートの4階にあるその本屋は、なかなかの大きさを誇っていた。
そこの「もうすぐ出版される本」に、私が最近読んでいる作家――南 竜太の名前があった。
ふと表紙にぴーんと来て買ったら、結構面白かったのだ。
明日発売か……。
他にこれといったものがなかったので、適当に本を買って、電車で読むことにした。
比較的空いている時間の電車のなか、席に座り、買った本を読みながら、
『優実も、何か明後日までに準備しといた方がいいと思うよー』
という有希の言葉が頭の中でエコーしていた。