Neetel Inside ニートノベル
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 今僕はあの女と待合室で一緒にみかんを食べている。どうしてこんなことになったのかというと、はい回想スタート。ギュルギュル。

「……どうも」
「元気が無いわね。それとも、元気が無くなったのかしら」
「どちらも同じことですよ」
「ま、そうね。そしてどうでもいいことね」
 そう言うと彼女は僕の鼻先まですっと、近づいてきた。ち、近い。
「ちょ、あの、何でしょうか」
 だから近い! 女性にあまり免疫のない僕としては、こういう場面は慣れてないんです。勘弁して欲しいんです。主人公キャラじゃ無いんです!
 そして彼女はニコッと笑って、僕の手の中にあるジュースをひったくった。あまりにいきなりのことなので、僕は惚け固まっていた。
「……は?」
 やっと声が出た頃には、彼女はジュースのプルタブを開け、喉を鳴らし美味そうにジュースを飲んでいた。……えー。
「なにを、しているんでしょうか」
「私、オレンジジュースって苦手なのよね」
 そして全て飲み干しておきながら、この台詞。
 こいつは社会のために、一生ここで隔離しておくべきなんじゃないか。絶対適応出来ないだろ、現代社会に。
 はあ、と僕は嘆息をしてまた財布を取り出す。面倒臭いからあまり出したくないんだけど。
 財布から数枚の硬貨を取り出す。今度は上手く取り出すことができた。
 もう一度、自販機にお金を投入する。……オレンジジュースにはしないでおこう。なんとなくそう決めて、次はコーラを選んだ。
 さっきと同じ鈍い音がして、コーラが自販機から落とされる。そういや、なんでこういう風に落としているのに、あまり炭酸がハジけないんだろう。
 あ、またいらんこと考えようとしてる。思考分断断線。
 今度は取られないように、と彼女に目を配せながらプルタブを開ける。当の本人はニヤニヤして僕の方を見ている。
 何が面白くてそんなにニヤニヤしてるんだろう。
 ああ……そういうこと。そりゃ、鏡の中の自分が苦しんでいたらさぞかし面白いだろうよ。性悪女め。
 腹が立ったのでヤケ飲みしてみる。コーラを半分ほど一気に飲んだら、すごいゲップがしたくなった。一応女性の前なので我慢する。
 ていうか、まだいるし。癪ではあるが、一応声をかけてみるか。
「えっと……。あの、まだ何か用でしょうか」
「いいえぇ? 別に何も無いわよ」
「そうですか。ジュースの代金も別にいらないので、気にしなくて良いですから。さっさと部屋に戻って寝たらどうですか」
「まだ寝るには早すぎると思わない? 常識で考えましょうよ」
「あなた皮肉って知ってます?」
「知らなかったら会話なんて出来やしないわ」
 なるほど、と納得してしまった。しかしそんなことはどうでもいい。
「はあ……」
「あら、疲れてるのかしら。やっぱり慣れない?」
 ……? ああ、コレのこと聞いてるのか。ちなみに今の溜め息は、あなたに対して行ったんですけどね。さすが厚顔無恥。
「ええまあ……。あなたは慣れていそうですけど」
「そうね。もう十年にもなるかしら」長いな。
「十年……。あれ。じゃあなんであなたは今ここに入院してるんですか?」
「私、臓器もちょっとポンコツなの。だから定期入院してるのよ」そういうことね。
「ふうん。大変ですね」
「他人事みたいに言うのね」
「だって、それこそ本当に他人事ですから。そのことだったら、あまり他人事ではないですけど」
 ふむ、大先輩だったのか。グイッと残りのコーラを飲み干す。胃から空気が逃げ出そうと、躍起になっている。大人しくしてろ。
「やっぱり、最初は大変でしたか?」
「ああ、コレのこと。……そうね、結構辛いものはあったわよ。色々とね。どうして子供ってのは異端を排除したがるのかしらね」
 十年前って言うと……同い年くらいだから大体小三、小四くらいか。
「それは……確かにキツイですね」
「ま、私をからかった奴は皆泣かしたけどね」
 怖い。
「豪胆ですね」
「それ、女性に対する褒め言葉じゃないわよ」
「ありのままを言っただけですから」
 ていうか、ちゃんと会話が成立してることに僕は驚いた。あれほど会いたくなかったのに、不思議である。
 すると彼女は待合室を指差し、僕にこう提案してきた。
「立ち話もなんだし、そこで腰を据えて話でもしましょうよ」
「それ、使い方間違ってません?」
「さっきのジュースのお礼にみかんも差し上げましょう」
 前言撤回。会話成立しねえ。

 はい、回想終了。ギュルギュル。
 そうしてこうして、僕は彼女と一緒にみかんを食べているのである。中々おいしいのがちょっとムカつく。
「それで?」
「へ?」
 いきなり声をかけられて、情けない声が出た。しかし彼女はお構いなしに、僕に質問を続ける。
「あなたはどうしてそうなったの?」
 ああ、コレのことね。
「事故ですよ、事故。ただの不運です」
「それを不運で済ますなんて、あなたも中々鈍重ね」
「それ以外に言葉が見つからないだけですよ。あと、まあ諦めもありますけど」
「諦め、ね」
 彼女は何か含んだような言い方をして、外の景色を眺める。その表情はどこか儚げで、消えてしまいそうな、まるで雪を彷彿とさせるようなものだった。
 そんな顔に少しドキリとしてしまう。……いかんいかん。
 そして彼女は視線と顔を外に向けたまま、僕に質問を投げかける。
「あなた、本当にもう諦めてる?」
「えっ?」
「それよ、それ。もう何もかもどうしようもない、と納得してる? って聞いてるの」
「えっと……」
 実を言うと、そこまではっきりと諦めて受け入れているわけではない。大金を積んで取り戻すことが出来るのならば、一生かかってもお金を払うつもりだし、それに何より、これからどれだけ周りに迷惑をかけるのかと思うと、やはりきっぱりとは納得は出来ない。特に父のことも含めて。
「出来ないんでしょう?」
 まるで答えがわかっていたような、そんな声だった。やっぱり根性悪いな、この人。
 でも、だからこうして今まで図太く生きてこれたのかな。ちょっとだけ、羨ましい気もした。
「……そう、ですね。完全には納得出来ないし、諦めきれません」
「まーそうよねえ。そんなことが出来たら、そいつは人間じゃないわ。ただの木偶の坊よ。それこそ魂や心の無い、ただの無機質のね」
「……」
「別にあなたのことを責めてるわけじゃないわ。それが当たり前って言ってるのよ」
「ええまあ……それは、わかります」
 だからね、と前置きをして彼女は言葉を紡ぐ。彼女の目はいつの間にか、僕を見つめていた。
「諦めないでいいし、納得もしなくていいの。受け入れろなんて言わない。抗って、拒み続けなさい。それが、これからを生きる秘訣よ」
「……っ」
 声が出なかった。何も言えなかった。
 ぐるぐる、ぐるぐるとたくさんの感情が僕の中で渦巻く。
 そして何も言わない、何も言えない、そんな僕に対し、彼女はシニカルに微笑んで、こう言った。
「じゃあ、またね。同類さん」
「……うん」
 そして彼女はすっと椅子から立ち上がって、待合室から出ていってしまった。
 外では轟々と、風が強く吹いていた。
 それはまるで、今の僕の心の中を表してるかのような、そんな風景だった。

       

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