Neetel Inside ニートノベル
表紙

レター・ラブ
擬似

見開き   最大化      

 あの後、どうやって病室に帰ったかあまり覚えていない。気づいたらいつの間にかベッドの上で微睡んでいた。さっき彼女と話していたのがまるで、夢だったのかと思うくらい時間の感覚が吹き飛んでいた。
 病室に掛けてある時計を見てみると、今は午前四時頃だった。うとうとと、眠気は睡魔を引き起こすがどうにも眠れず、ただただ苦痛に耐えていた。眠たいのに眠ることが出来ないのが、こんなにも辛いものだとは思いもよらなかった。
 しょうがないので、眠るのを諦めベッドの上であぐらをかく。
 彼女と話していたことを記憶の中からどうにか掘り返そうと試みる。結果はあまり良好とは言えないようだ。
 彼女から投げつけられた最後の言葉を真っ先に思い出し、また少しクラっとする。
 今の僕が受け止めるにはどうもキャパシティが足りないようだ。某カードゲームでデッキを組めない時のような気分だった。あれ、キャパシティ集めるの面倒臭いんだよな。パスワード入れたら入れたで減るし。
「抗って、拒み続けなさい、か」
 口の中で転がしてみる。出してみてもやはり、どうにも実感が湧かない。
 何故だろうか。僕が逃避的だからだろうか。
 しかし、兎にも角にもそういうことなんだろう。
 結局は受け止められてないんだ、僕は。医者や父に直接質問しないのも、結局は受け止めないで、逃げてるだけなんだ。今こうしている現実を見極めることが出来なくて、したくなくて。ただ目を背けている。
「甘えてるだけじゃねえか、僕」
 そう呟くと、フッと自嘲めいた吐息が口から漏れた。
「抗って生きる、ねえ……」
 でも、それは何に対してなんだろう。社会? 他人? それとも自分自身?
 それが何かということに気付いて。そして僕はそれに対し、どう拒めばいいんだろう。
「やっぱり、大先輩にアドバイスを仰がなきゃな」
 僕はそう言ってから、どういう質問をすればいいか。ただそれだけに頭を働かせていた。考えることは得意だからね。というか、いらんことばっか考えてきたし。
 あ、それと良いことも思いついた。これも練習になるだろう。
 ナースさんが僕を起こしに来たら、ちょっと頼んでみよう。

 いやはや、これは中々難しい。
 朝食の後、ナースさんに欲しいものを告げると快諾してすぐに持ってきてくれた。
 そして、今日も少しだけ検査をしますよーと言って入ってきた流行りの癒し系こと森川さんに、必死になっているところを見られた。何をなさっているんですかと聞かれ、リハビリの一環ですよーと答えたら、何故かとても微笑まれた。まるで小さな子供が頑張っているのを見る、慈愛に満ちた親の目のようだった。なんだか凄い恥辱を受けたような気がした。ヤメテー。
 で、今。
 森川さんが来た時よりかは、幾分かマシにはなっているだろうけど、それでも実際はどんぐりの背比べレベルだった。
「ううむ……。見てくれるかも怪しいな」
 だって根性悪いし。性悪だし。図太いし。
 最後はあまり関係ない気がするが、まあ一応入れておこう。羨ましい部分だしね。
 とかそんなことを考えていたら、何とか出来た。
 何十回かリトライしてこのレベルというのは、これからの生活を考えるとちょっと絶望的なレベルに思える。いやー酷いったらないな、オイ。やっぱり、もうちょっと練習してからにしようか。ならばゴミ箱にボッシュート。お、入った。
 正直、もし僕が彼女の立場だったら「ぐっう、う」
 いきなり痛みが走った。え?
「あ、れ? な、んで……って」
 痛みというよりも驚きの方が強かった。なので反射的に近くにあったナースコールを押してしまう。自制が効かないので何度も何度も、カチカチと反復する。
 数十秒後にナースさんが「どうされましたか!」と言って駆けつけて来てくれた。
 ことの次第を話すと、すぐに森川さんを呼びに行ってくれた。
 そしてナースさんが病室から出ていくと、急に寂しさが僕に襲いかかってきた。口からは情けない言葉がにょっきりと頭を出してくる。
「あー……誰か傍にいてくれー……」
 ハッハ。まーた僕は甘えてるな。全く、学習しないのかね、この脳味噌は。

 森川さんはすぐに来てくれた。こういうことはたまにあることらしい。僕はそれを聞いても「はあ……」と曖昧に頷くしかなかった。たまにあるって言われても。僕は初体験なんだしなあ。
 一応治療法みたいなことは教えてくれた。しかし絶対的な治療ではないのであくまでも、ということらしい。ま、気休めってことか。
 うーん……。日に日にやることが増えていく気がする。何日か前にどうやって暇を潰そうと考えてたのが急に馬鹿らしくなってきた。
 ちなみに今も痛みは続いている。どうしようもなく、もどかしく。そしてイライラがどんどんと募ってくる。
 森川さんは治療器具だけ置いて、出ていってしまった。癒し系というか、どこか軽い人なのかもしれない。人を見る目無いからねえ、僕。今までそれで結構苦労してきたし。
 ま、今はその話は置いといてだ。
 さて、じゃあ痛みは頑張って無視して練習に励もうか。と思ったところに父が若干息を切らしながら、部屋に入ってきた。
 ちょ、言ったのか。あの癒し系。口も軽いとか、そんなこと聞いてねえぞオイ。
 父から僕に対する心配の言葉が出てくるのを心配する。僕ら親子は心配してばっかだね。似たもの親子で嬉しいなあ。ハハハ。
 そんな脳味噌が腐ってるとしか思えないような、考えを巡らしていると父は着替を持ってきたぞと言った。
 よく見れば、手に紙袋を二つさげている。ああ、着替持ってくるって言ってたな。忘れてた忘れてた。やっぱり腐ってんのかな。
 父は僕にそれを渡すとすぐに病室から走り去っていってしまった。駆け出す最中に聞こえた言葉をまとめると、つまるところ忙しいらしい。忙しい中、寄ったのでさらに忙しくなりそうらしい。だったら来ない方が……とも思ったけど、父の親切心を踏みにじるのは子としては失格なので、頭の中からポイした。
 紙袋の中を見てみると、家で着ていたスウェットやシャツ、下着等がたくさん入っていた。これだけあれば、まあ一ヶ月は大丈夫だろうくらいの量はあった。
 ありがとう父さん、と先程言えなかったので、テレパシーで送ろうと試みる。ビビビ。届いたようで何よりです。
 電波ごっこもさっさと辞めにして、そろそろ本当に練習に取り組もう。出来れば今日。最低でも明日には渡したいのだ。
 この僕の渦巻いている感情が、穏やかになる前に。
 そしてそれを、言葉に出来なくなる前に。
 僕はシャーペンを取って、紙に先っぽを立たせる。
 さて何を書こうかな。
「ええと、拝啓……あ、名前知らないんだった」
 ううむ、やはり利き手ではない手は難しいな。
 まあ、片腕切り落としたんだから当たり前か。

       

表紙
Tweet

Neetsha