Neetel Inside 文芸新都
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 セシルは一人、町の中を歩いていた。巡回である。
 ルミナスは今のところ、平和だった。城壁が崩されてこそはいるが、ルミナス騎士団の活躍により、まだ大きな被害は出ていなかった。
 セシルは一人で町を巡回しながら、過去の事を思い出していた。辛い過去。だが、その辛さはセシルの人生を変えた。
 セシルの故郷はのどかな農村だった。その農村でセシルは、両親からありったけの愛情を受けて育っていた。まだ幼少の頃の話である。隣町の貴族がしきりに金品を要求してくる事以外は、平和で良い村だった。
 だが、その平和は突然、奪われる事になる。魔物の襲撃である。魔族が復活した事により、魔物が急に凶暴化したのだ。セシルの村には戦える者が居なかった。次々と村人が殺されていく。
「隣町に助けを呼びに行ってくる」
 一人の村人がそう言った。そして、隣町へと走った。
「村が襲われているんです。今すぐに救援を!」
 村人は貴族にそう陳情した。だが、貴族は鼻で笑うだけだった。もう襲われているのなら手遅れだ。そう判断したのだ。
 凄惨な光景だった。悲鳴。助けを乞う叫び。村人の肉は引き千切られ、血が地面を覆い尽くしていた。そしてセシルは、それをずっと見ていた。ずっと聞いていた。
「セシル、私たちが守ってやるぞ。安心しろ」
 父と母。セシルに覆いかぶさっていた。だが、その父と母はすぐに殺された。魔物に惨たらしくだ。幸い、セシルは両親の身体の下敷きになっていたおかげで、魔物たちに見つかる事なく死は免れた。だが、その時に負った心の傷は深かった。
 しばらくして、隣町から救援がやってきた。いや、救援という名の事後処理班だ。その救援隊により、セシルは保護された。セシルは村の唯一の生き残りだった。
 孤児。セシルは貴族の家で、養われる事となった。辛い時期だった。良い思い出など一切無い。だが、この辛い時期にセシルは魔法剣の才を開花させた。そして、強くなる事を願った。力が無い者は死んでいく。淘汰されていく。セシルはそう考えたのだ。そしてそれは、セシルにとって紛れもない事実だった。
 セシルは十分に力をつけた後、自分の育ての親である貴族に別れを言い渡し、旅に出た。強くなるために。魔物を倒すために。
 旅の先々で、セシルは幾度となく魔物を倒した。人を、町を救った。そして、名が広まった。音速の剣士という異名も付いた。
「私がルミナスを守る」
 もうこれ以上、人が死ぬのを見たくない。それは、セシルにとって悲痛な叫びだった。
「セシルさん!」
 名を呼ばれた。振り返る。ルミナス騎士団の兵だ。
「何?」
「巡回中にすいません。何か妙な身なりの男が、セシルさんの事を探しているようなんです」
「私を?」
「え、えぇ。音速の剣士はどこだ? 話がある、と言ってます」
 何なのか。セシルに心当たりは無い。だが、何か胸騒ぎがする。
「どうしましょう。追っ払いますか?」
「……いえ、その男の元へ案内して」
 セシルの目は真剣だった。
「? は、はぁ」
 兵に連れられ、セシルはその男の元へ向かった。
 ルミナス騎士団の兵が男を囲んでいた。何やら説得をしているようだ。セシルが兵たちを下がらせる。
「私が音速の剣士よ」
「ほう、あなたが」
 男が言う。闇よりも深い漆黒のローブ。赤い長髪。細く長い眉。黄色の瞳。そして、禍々しい程の邪気。
「ッ! あなた達、逃げなさいッ」
 セシルが兵達に向かって叫んだ。魔族。セシルは瞬時にそう感じ取ったのだ。
「クク、さすがですね」
 瞬間、光った。セシルには光しか見えなかった。轟音。振り返る。
「そ、そんな!?」
 兵が、町が、城壁が、一直線に消し飛んでいた。

       

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