Neetel Inside 文芸新都
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 ヒウロは一人で草原を走っていた。向かう先は神器が封印されしほこらだ。
 セシルの話を聞いて、ヒウロは居ても立ってもいられなくった。赤い長髪、漆黒のローブを身にまとった魔族。名はダール。その魔族によって、セシルは闇の力を植え付けられたとの事だった。そして、その魔族の容姿。
「アレン……父さんと戦っていた時に現れた奴と一緒だ」 
 ヒウロはすぐにアレンのバシルーラで飛ばされたため、その魔族の顔や細かな部分までは見る事は出来なかった。だが、大まかな特徴は酷似しているのだ。もし、あの魔族がダールだとしたら。そして、アレンがダールに負けてしまったら。
「そんな事があるものか!」
 ヒウロが思わず口に出す。信じたい。あのアレンが、魔族なんかに屈するはずがない。アレンの強さは相当なものだったのだ。それはヒウロ自身が肌で感じた。剣も魔法も、切り札であるライデインすらも通用しなかった。そのアレンが、魔族に負けるはずがない。
 神器が封印されしほこらに到着した。そして、ヒウロは絶望した。
「……そんな」
 ほこらは半壊状態だった。激しい戦闘の形跡も見られる。床には生々しい血の痕がこびり付いていた。人間の赤い血だった。
「まさか、本当に」
 死体は無い。だとすれば、ダールに連れ去られたのか。いや、そんなはずは無い。ヒウロはそう思った。いや、そう願いたいのだ。そもそもで、あの魔族がダールだと決まったわけではない。アレンの死体も無いのだ。証拠が無い。アレンが死んだ証拠も、あの魔族がダールである証拠も。だが、次々に不安と恐怖が湧きあがってくる。
 愕然としているヒウロの背後から、走ってくる足音が聞こえてきた。メイジである。血相を変えて飛び出したヒウロを心配して、後を追ってきたのだ。
「……ヒウロ」
 メイジが静かに呼び掛けた。ヒウロが振り返る。
「メイジさん……。すいません、勝手に飛び出したりして」
「何があった?」
「……いえ、何も」
「話せ。俺の目には何も映っていないが、お前には何か見えているんだろう」
 神器が封印されしほこらは、その神器に選ばれし者にしか見えないのだ。
「確証がありません」
「良いか、ヒウロ。お前は何でも一人で抱え込み過ぎだ。俺達を頼れ。お前は確かにアレクの子孫で、勇者かもしれない。だが、お前は弱い」
 メイジがハッキリと言った。弱い。この言葉が、ヒウロに心に突き刺さる。
「……俺は、神器を入手できなかった。試練を乗り越える事が出来なかったんです」
 メイジがヒウロの目を見つめる。
「そして、試練が終わろうとしていた時、赤い長髪を生やし、漆黒のローブを着た男が」
「……セシルの話にあったダールか」
「はい……」
「お前の試練の内容は?」
「父と、アレンと戦って勝つ、というものでした……」
 メイジが眼を地面にやる。ヒウロの父。神器の守り手だったのか。メイジはそう思った。そして何より、その父がダールに屈したとしたら。
「ヒウロ、ひとまずルミナスに戻るぞ。みんなが心配している」
「……はい」
 ヒウロはそう言い、ほこらに眼をやった。ただの廃墟。ヒウロはそう思った。最初に訪れた時に感じた聖なる力もすでに無い。本当にアレンは、やられたのか。いや、違う。そんなはずは無い。ヒウロは、何度も自分にそう言い聞かせていた。

       

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