~~恐怖の日~~
ぼくは鎧なんかつけたことはなかったし、剣や盾だって持ったことはない。
けれどこの日、ぼくはそれらを身につけさせられた。
しかもその武具ときたら。
ジョゼフさんはぼくたちのなかでは唯一、しょっちゅう武具を使うんだけれど、そのジョゼフさんも驚いたほど。
見てくれだけでも兵士たちとははっきり違う。それはまるで、“お館様”のご子息(いないけど、もしいたら)が身につけるような豪華なものだった。
“お館様”はというとぼくを従え兵士たちをあつめ、短い演説をした。
「諸君もしっているだろう、我が兄は領主としてのチカラを独り占めし、愚かな専制を行っていることを。
今こそ我が兄の専横を打ち砕き、我らが手でよりよいこの地を築くとき。
ゆくぞ!!」
“お館様”はぼくを連れて、先陣をきった。
剣での戦いはジョゼフさんやリュストくんができるとはいえ、ぼくはびびりっぱなしだ。
目の前で刃物がひらめいて、人が傷つく。
ぼくのほうにもときどき攻撃はきて、そのたび必死で防御する。
でも、怖くて。
ジョゼフさんには悪いけど、あのとき槍で刺された痛みが蘇って身体がすくむ。
逃げたい。逃げ出したい。
なんとか逃げ場所をさがすけど、まわりは殺気だった人人人。
ジョゼフさんやリュストくんも、こんな状況は始めてらしく、ぼくほどではないものの震えている。
逃げよう! とにかく逃げよう!!
追い詰められたぼくはついに、後先考えずに駆け出した。
「貴様!」
“お館様”の怒鳴り声。ぼくはうしろから殴り倒される。
退却、という声が、沈んでいく意識のなか聞こえた。
気づくと目の前に“お館様”がいた。
そこは領主の館の、ほど近くの木立の中。
ぼくたちの周りを、武器を向けた兵士たちが囲んでいる。
ぼくはそんななか“お館様”に胸倉をつかまれていた。
「この……!」
鬼のような形相、最初のときより千倍は怖い声。
それだけでぼくの意識はふっとびかけた。
『ぼくがっ。クレフさんたちは寝ていてください!』
リュストくんの声がして、ぼくたちは“寝よう”とした。
そのときほっぺたが痛くなり、意識が引きもどされた。
「リュスト! 下手な演技はやめろ。
わたしはソウルイーターに話があるのだ。
今度やったら貴様を“壊す”」
苛立ちに満ちた声。本気だ。ぼくはあわてて言った。
「リュストくん! ぼくが話すからっ。きみは寝ていて! ジョゼフさんも!!」
『クレフさん……』
「う、…承知……」
ふたりの意識が眠りについたのを確認し、ぼくは深呼吸した。
怖い。怖いけど、気合を入れて、“お館様”に対峙した。
「ようやく覚悟が決まったようだな、ソウルイーター。
化け物のクセに、臆病者めが」
「ぼくは人間です。ただの村人です。
こんな怖いことは嫌です。やめてください!!」
「平民風情が逆らうか!!」
地面に叩きつけられた。痛い。
“お館様”はそしてもういちど、ぼくの胸倉をつかみ上げた。
「貴様は戦いは怖いといったな。
だがもしも逃げ出すなら、もっと怖い目にあうぞ。
敵前逃亡は死罪だ」
この人はそのつもりになれば、ホントにぼくの首をはねるだろう。身体ががたがた震えてる。泣きそうだ。でもぼくは言い放った。
「ぼ、ぼくは“化け物”でしょ。殺すことなんてできるものか。
そんなことしたら死ぬのはあなただ。
あなたはぼくに食われるんだ!!」
「ほう。わたしを食ってどうする」
「そしたら、……
そしたら、ぼくがかわりに、お仕事しますっ。
一番近くにいてくれる人に、暴力なんかふるわない。こんな戦いなんかしない。
そして、みんなに優しくして、……しあわせな、この土地にします!!」
「よくぞ言った、魂食らい!!」
“お館様”はするとそのまま、ぼくの首を締め上げてきた。
脅しのつもりか。そんなのには屈しないぞ。
ぼくは一度死んでいるんだ。
痛い目にもいっぱいあったし怖い目にもあった。
それにぼくは、ソウルイーターなんだ。
こんなことで死にはしない!!
苦しさで頭が爆発しそうになったとき、“お館様”の手からずるりとなにかが抜き取られてきた。
同時に、“お館様”がくずおれる。
「お館様!」「お館様!!」
まわりの兵士が駆け寄ってくる。
「死んでる………」
彼らの顔が恐怖に引きつる。
そこへ、笑い声。
聞き覚えのある声、誰だろう。
『わっはっはっは!!
伝説は真実だったな。
ソウルイーターはみずからに危機が迫ると相手の生命と魂を我が物とし生き延びる。
しかしその身体の所有権が、つねにソウルイーターにあるとは限らない。
お前の身体は、そしてチカラはいまや我が物だ、おろかな化け物め!!』
兵士たちが、おびえた顔でぼくをみている。
『どうした、貴様ら。
貴様らの主をたたえよ。いまやヒトの域を超越した、貴様らの支配者に忠誠を!!』
それはぼくの声だった。
同時にぼくの手が、“お館様”の髪をつかみ身体を投げあげ、剣を抜いて振り下ろす。
「うわああああ!!」
悲鳴が上がる。
けれど“ぼく”がにらみまわすと、彼らは恐怖のカオのまま凍り付いて……
そのまま、やつをたたえる叫びが上がった。
それはまるっきり、命乞いのように。
そのさなかやつは笑っていた。
血まみれのまま笑っていた。
そのまま、戦いが再開した。
“お館様”の意志は強靭だった。
ぼくたち三人が、どんなにがんばっても、この男を止められない。
やつは平気で目の前のヒトを斬った。
何人かは絶命し、ぼくのなかに入ってきた。
しかしかれらのイノチの力は、そのままやつの活力となってしまう。
ヒトを斬る、そのたびやつは、強力になっていった。
ついにはかたく閉ざされた領主館本館の大扉を、まるで薄い板のようにたたき斬ってしまった。
ぼくは泣いていた。誰かたすけて。
目の前でヒトが死ぬ。ぼくの手がヒトを斬る。
誰か。誰か。誰か……
その祈りもむなしく、戦いの決着はついてしまった。
領主様は平伏して許しを乞い、領主のあかしを差し出したのだ。
「奴隷でもなんでも構いません。どうか生命だけは……」
やつは領主様の胸倉をつかんでつりあげた。
ぼくは怖くて怖くて、もうみていられなかった。
心の目をつぶって、それでも叫んだ。
『殺さないで! もう殺さないで!!』
ぼくのなかにはいってきたひとたちもみんなそう叫んでいた。
「ふん、こんなヤツ食ったらうるさくてたまらんわ。
なら言葉通り奴隷になれ。
我が兄ながら哀れなヤツ。さっさと位を譲っていればこんなことにはならなかったのに。
まあいいだろう。
宴だ! 宴の準備をしろ!!
肉を食い酒を飲み、真の領主の誕生を祝え!!」