「俺とアキが出会ったときの覚えてるよな、四谷」
当然、鮮明に覚えている。
「屋上に入れたのはお前のおかげ。そこでアキと出会ったのは……まあ、遅かれ早かれ見つかってただろうが……で、お前はどうしたんだっけ?」
「俺は……アキちゃんがお前を攻撃してきたから、それを妨害した」
「そして、アキを機能停止させ俺を助けた、だったよな」
何一つ間違っていない。
「お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! に私が攻撃を……? そんな事があったんですか。申し訳ございません」
と、座ったまま綺麗に90度お辞儀をするアキちゃん。
あの時にアキちゃんは初期化されたので、大立ち回りを演じたことは覚えていないようだった。
……アームロックは攻撃じゃないのだろうか?
「ん、何でお前達屋上何かにいたんだ?」
「四谷があの時いなかったら、俺は死んでいた。間違いなくな……改めて、ありがとう」
五反田の疑問を完全に無視し、上野は続ける。
そんなことより、と目が言っていた。
「五反田がクロメちゃんを召喚する為に保険で呼ばれたのは。
渋谷とよよぎちゃんをトラックから助けたのは。
池袋先生が占いをやっている日時、駅前に目白を来させたのは。
大塚と荒川さんを窮地から救ったのは。
満月の夜、神田を山へと誘ったのは――
――誰だ?」
「……」
言葉が出てこない。
「五反田はお前がいなければ親に隠れて悪魔召喚なんて危険な真似はできなかった」
「確かに……誰が家に来ようと、四谷が来なければ魔導書を使うつもりは無かったな」
五反田は眼鏡のずれを手で直し、俺を見る。
「渋谷はお前がいなければトラックに撥ねられて死んでいた」
「違いますよ! 確かこう、死ねぇー! って突き飛ばしてましたよ!」
「言ってない言ってない。……うん、多分あの当たり方だと……僕なら死んでただろうね」
渋谷はよよぎちゃんをなだめながら、俺へ苦笑する。
「目白はお前がいなければ池袋先生には会わなかった」
「ああ、物凄い迷惑だ。教育実習に来たのもストーカー行為の一環だしな。一生あの面を拝むことは無かっただろうよ」
目白は軽く舌打ちをし、呆れた目を俺に向ける。
「大塚はお前がいなければ荒川さんを守れなかった。下手すりゃ大塚まで死んでいたかもな」
「……ああ、その通りだ。俺はいつだって、お前に頼りっぱなしだな」
大塚は自虐的に笑い、俺に感謝の眼差しを投げかける。
「神田はお前がいなければ……死ななかった。たえちゃんとも飯田橋さんとも、会うことは無い」
「う、上野……その言い方だと四谷が僕を殺したみたいだよ……」
神田は俺を気遣い、気にしてないような表情を俺に見せる。
「おい、待て上野。俺は違うだろ? 俺はいつも通りに登校してきただけだぞ」
と、そこで忘れていた奴がいた。
呼ばれなかった最後の一人……新橋。
そうだった。俺は新橋といつも通りに歩いていただけ……
「ああ、そうだ。いつも通り『四谷の家の外で五分待たされて』、な。四谷がいなかったら、どうなっていた?」
「!」
「会わ……なかった。 おいおい、マジかよ……!?」
俺は新橋と顔を見合わせた。
新橋は驚愕の表情を浮かべているが、それを見ている俺も負けず劣らずの驚きようだろう。
「良いか悪いかは別として、お前によって俺達の人生は確実に変化した。
四谷……お前は一体、何なんだ」
全員の視線が、俺へと集まる。
その四方から向けられる眼差しは俺にはどこか冷たいものに感じられた。
言葉を発しようとして、唾が喉に詰まる。
「げほっ、ちょ……そんな注目しないでって! 知らねぇよ、俺だって!」
軽く咳き込み慌てて弁解する俺。悪いことをしたわけでもないのに、随分と切羽詰まらされている。
「狙ってやったんじゃねーって事は確かだろうよ。このバカが隠し事も嘘も得意じゃね―のは知ってんだろ」
助け船を出したのは以外にも目白だった。この雰囲気を不快に思ったのか、その顔には怒りが見える。
「それすらも……演技だとしたら?」
ドン。
目白が握り拳でカーペットを叩き、静かに立ち上がる。
「上野……いいかげんにしとけよてめぇ」
片手の間接を親指から綺麗に全部鳴らしながら、上野へと歩み寄っていく。
「ちょ、ちょっと目白!?」
「おい、止めとけ目白! 上野も言い過ぎだ!」
神田と大塚の制止も聞こうとしない。あと二歩の所でアキちゃんが立ち上がり、その間に割って入った。
「目白様、『ご主人様』に危害を加えるおつもりでしたらどうかご容赦下さい。代わりに私が受けます」
「どけ」
「どうしてもと仰るのなら……排除させていただく事になります」
最悪の場合、殺す。
アキちゃんの発言により、部屋内は張り詰めた雰囲気に包まれた。
「止めろ、アキ」
「目白、もういい。大丈夫だ」
が、すぐにそれも収まる。
上野と俺の発言により、両者は渋々ながら警戒態勢を解く。
「……すまない、四谷、目白。……アキも。考えれば考えるほどわからなくなってな。今のは俺が悪かった」
それを聞いた目白は踵を返して元の位置に戻る。
「……ああ。ごめんな、メイドちゃんよ」
「いえ、私の方こそご無礼をお許し下さい」
両者が腰を下ろしその場はどうにか収まった。
俺達はまだしも、女性陣は相当居心地が悪かったのだろう。ベッドで寝ている御茶ノ水さん以外は各々安堵のため息をついていた。
「まあ、確かに四谷についてはわかんない事だらけだね」
渋谷の呟きに頷いたのは、他でもない俺。
そう、自分でもよく分かっていないのだ。上野に分かるはずもないだろう。
「四谷、お前の家族ってみんな怪力一族なのか?」
五反田が俺に尋ねてくる。俺の返事より早く、大塚が先に答えた。
「全員普通だよ、こいつ以外。家系も農民ばっかりで逸話も何もない……俺が前に聞いた」
いつだったかは忘れたが、確かに前に聞かれた。勿論その言葉に嘘は無い。
「身体検査は? ミオスタチン異常とか言われなかったか?」
「いたって正常。にも関わらず非常に高い身体能力を持ち、学校の体力テストでは適度に手を抜いている」
続く新橋の質問にも大塚が答えた。
大塚は俺の強さに随分興味を持っていたらしく、一時期に俺の個人情報を物凄い勢いで調べていた過去がある。
恐らく、俺の家族の次くらいに俺の事に詳しいだろう。
「他におかしな所は無いな。強いて言うなら運命的出会いにこだわるほどロマンチストで、彼女いない歴=年齢って事くらいか」
わざわざ言わなくてもいい事を言う大塚を殴りたくなる衝動に駆られるが、堪える。
「あ、あと霊感が強い。前に素手で幽霊を撃退してた」
新橋が随分昔の事を思い出していた。そんなこともあったっけ。
「あの電波女ならわかるかもな。何でもお見通しみたいな顔してるし」
すっかり元の調子に戻った目白は、笑いながら菓子を一つつまんだ。
「呼びました?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!?」
そして、落とした。
目白の後には、何時の間にか池袋先生がちょこんと座っていた。いつも通り、ねっとりとした微笑を浮かべている。
「おっ、おま、なななんでここに、い、何時からいやがった!?」
「メイドの子に喧嘩を吹っかけて注目されてる時に窓からお邪魔して、ベッドの下に潜んでました」
……全く気付かなかった。
周りの人間と人間以外が若干引いていることなど全く意に介さないあたり、底が知れない女人である。
「用事が早く終わりましてね。四谷君の正体が知りたいのですか?」
「本当にわかるのかよ!? えーっと……聞くよな?」
皆を見回しながらの発言。真っ先に反応したのは、やはり大塚だった。
「教えて下さい。俺は……どうしても知りたいんです。お願いします」
大塚が深く頭を下げる。本来は、ここは俺が頼む所なのではないか。
「力……ですか。四谷君の強さは手に入りませんが、あなたはまだまだこれからですよ、大塚君。
……さて、四谷君。この話にはあなたにとって厳しい事実が待っていると思われますが、それでも聞きますか?」
厳しい、事実。
それが何なのか、皆目見当もつかない。
それはもしかしたら、俺という存在そのものを否定される材料なのかもしれない。
でも。
「聞き……ます」
知らずに過ごすことなど、できない。
そこに何があろうと。何が待っていようと。
俺は……自分が何者なのか知りたい。知らなくてはならないのだ。
「わかりました。もう後戻りはできませんよ。
さて、どこから説明したらいいものか……あ、ではとりあえず最初に。
先程大塚君が『彼女いない歴=年齢』と言いましたね。
あれは間違いです」