Neetel Inside ニートノベル
表紙

Z軸を投げ捨てて
大塚

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 「四谷……そろそろ諦めたら?」
 心配そうな声で神田が呟く。俺の精神が限界を迎えようとしているのをキャッチされてしまった様だ。
 「ああ……そうだな……」
 弱々しく曖昧な返事をする事しかできない俺。最近はストレスで体重が減り、白髪も少し見つかるようにまでなってきた。
 ストレスの主な原因は言うまでも無いが、池袋先生へのアプローチが悉くかわされてる事も少し理由に入る。いや、彼女のせいにするつもりはないが。
 あのとき俺が感じた運命は、やはり幻だったのだろうか……。
 池袋先生が言うことには、
 「私と進君は言葉を交わさなくても心が通じ合える仲なんですよ、運命的ですねぇ。ふふふ、体も通じてますよ……ああ、四谷君にはもっといい人が現れますよ、多分。来世辺りにでも」
 ……とのこと。
 
 ちくしょう、くそっ……。
 ああ……。
 何て、何て羨ましいんだ……。
 今俺が泣いたら、目からは涙ではなく血が流れ出ることだろう。
 
 「目白も……顔色悪いよ? 大丈夫?」
 「あの女マジ怖ぇぇ……何なんだよあれ……」
 教卓の下にもたれて死んだ魚のような目をしている目白へも神田は声をかける。
 「目白……お前あんなに美しい女性に怖いとは何だ怖いとは……」
 怒りたくても言葉に力が入らない。寝言のようなか細い口調で言う。
 「あいつ……俺の人生観を根本からひっくり返してくるんだよ……口調もいやらしいし……お前が引き取れ……」
 目白も負けじと低空飛行なテンションで返す。まるで通夜と葬式と借金相続が同時にやってきたような雰囲気だった。
 そこで死に損ない二人の会話に大塚が割って入ってくる。何故か異様に興奮していた。
 
 「でも俺はああいう雰囲気の人いいと思うぜ! すごく! それはもう放課後に個人授業受けたいレベル! 夕方の教室で二人っきりでさ、あの妖艶な笑みで、
 『駄目ですよ大塚君……一応私達は教師と教え子の関係なんですからぁ……んっ……(チュパ)……悪い子ですねぇ……仕方有りません、ここは一つ教師として指導をしないと……』
 そう言って彼女は上着のボタンを外し始めた……な!」

 「『な!』 じゃねーよ同意を求めんな。女声キモい発想キモい存在そのものがキモい」目白。
 「言い分は同意するがテンションがムカつく。あと池袋先生はそんなこと言わない」俺。
 「さすがにチュパ音は無いわー……頭おかしい」隣で聞いていた新橋。
 「クロメちゃんとちゅっちゅしたい」片手の指全部を使ってメールを打っている五反田。
 「うわー……あ、いや何でもないよ」気まずそうに神田。
 「台詞自体は悪くない。しかし女装ショタ以外の男が言っていい道理が見つからない。あまり調子に乗るなよ大塚」上野。何故か声に怒気が含まれている。
 「の……ノーコメントで……」渋谷は困ったように表情を動かすが、最終的には苦笑いになる。
 「そこまで言わなくたっていいだろ……」
 別方向からそれぞれ突っ込まれて大塚はぐうの音も出ずに落ち込む。結果、死体が一つ増えることになった。

 
 夕方と夜の間くらいの時刻。
 自宅でネットに勤しんでいた俺は今日が漫画の新刊の発売日だった事に気がついた。
 ここから一番近い書店でも走って二十分ほどかかる。
 自転車に跨ろうとしたが、今日は走りたい気分だ。
 なんせ最近運動不足だしストレスも溜まっているからな。健康のために軽くジョギングしながら書店へと向かう事に決める。
 
 夕闇を走る。
 一定のペースでアスファルトを蹴り、申し訳程度に腕を前後させ、車道と歩道の隙間を駆けてゆく。
 湿った空気が汗を流せと促すが、こんなペースでは息が切れることさえない。
 ほんの少しだけ回転数を上げて国道を横切っていく。
 途中、近道をするために路地へと突入し、閑散とした住宅街へと突入。
 人気も無ければ雑音もない。あるのは夜の闇を感知し始めた防犯灯の光のみだった。
 前方数十mに人が歩いている。もしあれが女の人で俺がこのまま走って行ったら、痴漢と間違えられないだろうか。そんな不安がよぎる。
 いや、そうなったらそうなったで多分運命的出会いになるな。間違いない。不安は期待へと色を変え、俺が加速する燃料となった。
 
 ……なんだ、男だな。そしてあの見覚えのあるシルエットは……。
 徐々に距離を詰めてく内に相手の正体を看破。確実にあいつだ。
 最後の十mほどは、幅跳びの要領で軽く奴を飛び越した。
 「ほっぷすてっぷじゃんぷの……かーるいす!」
 やや長い滞空時間の間に体重移動を済まし、着地寸前に反転する俺。ブレーキを効かせずに少し滑るとカッコ良いんだ、これが。
 ズザザ、と摩擦音をあげる愛用のスニーカー。靴裏が少し削れるのが難点だが詮無きことと知ろう。
 ……予想通り。ウチの学校の制服で色あせたキャップを被り、腰まで届く長髪の男子。そんな奴は一人しかいない。
 ややうつむき気味にしていた上半身を持ち上げながら、答えが決まっている問いを投げかける。

 「……大塚か?」

 「うおおおおびっくりした! なんだお前その登場方法!? カッコ良いし! え、て言うかどうしたの? なにやってんの四谷? つかそれ俺もやりたい。やべーマジかっけー」
 妄想(ロマン)溢れる中二系高校生、大塚嵐は興奮を隠そうともしなかった。


 「今帰りか? 随分遅いんだな」
 ジョギングを止め、大塚と並んで薄闇を歩く。
 「そ。ったく、図書委員は何もやる事ねーと思ってたら蔵書管理だってよ。しかも原付は弟が勝手に持って行きやがったし」
 委員会決めの時に大塚は、「楽そうだから」と言う理由で図書委員に立候補していた。
 相方の女子は目立たない眼鏡の子で、見るからに「読書好きだから立候補した」というような印象を与えていた。
 「むしろお前がどうしたんだよ。俺を誰と間違えたんだ? そんな必死で追いついてさ」
 「いや、本屋に行くついでにジョギングしてたらお前がいたから何となくやっただけで特に意味無し」
 「あ、そうなんだ」
 「つーか……ここっていつもこんな静かなのか? 車どころか人っ子一人通らないし……本当に痴漢とか出そうだな」
 人もいなけりゃ獣もいない。風も吹かなきゃ桶屋もいない。
 ここはまるで、隔絶された空間かなにかのような。そんな感覚さえ湧いてくる。
 女の子が一人で歩きでもしてたら大層不安になりそうだが、男二人で心細くなるようなことは当然、無い。
 「いや、今日はいやに静かだ。心なしか民家の明かりも少ないし……なーんか変な感覚なんだよな」
 と、大塚が言ったその時。後方から何者かが走ってくる、軽い音が耳に入ってきた。
 俺が振り向くのにつられ大塚も後ろを見る。
 走ってきたのは俺達と同じ高校の制服を纏った女子。セミロングの髪をたなびかせ、かなり急いだ様子でこちらに向かって来た。手には銃を持っている。
 
 ……銃?
 女の子が持つには不釣り合いなほど大きい漆黒のオートマチックだ。
 まあモデルガンか何かだろうから別に大きくても問題はないか。
 「ハァ、ハァ、ハァ……ここまで、来れば、流石に……」
 息を切らせて足を止める女子。俺はこの子に見覚えがない。他学年の生徒だろうか?
 「どうしたの、大丈夫? 痴漢にでもあった?」
 紳士的に尋ねる俺。これがきっと一つの運命であることを信じて。
 「ハァ、ハァ……うっさいわね、アンタ達には関係ないでしょ……あと、わかってると思うけどこれモデルガンだから。あまり大事にしたら殺すわよ」
 今一人殺ってきたけど黙ってなさい、とでも言うような排他的な目つきと口調で脅しをかけられた。
 本当にモデルガンなんだろうな?
 近くで見ると、性格はキツそうだが見た目は申し分ない。男子の間で話題になってもおかしくない程の、というよりは、話題にならないのがおかしいくらいの美貌だった。
 転校生か何かか? 大塚もこの娘を知ってるようには見えない。
 立ち去る彼女をどういう風な口説き文句で釣ろうか考えている俺。すると、
 
 突如、横のコンクリ壁が轟音を上げながら砕け散った。

 「逃がさねーぜ『跳弾』ちゃんよぉ」
 粉塵から出てきたのはグラサンをかけたB系。片手の指全てに派手な指輪を装着している。
 「秘密を知ったからには生かして返すわけにはいきませんね」
 細目の優男が前からゆっくりと歩いてくる。
 「私達から逃げられる、とでも思ってたの? 全く持って浅はかね」
 中学生くらいの少女が憮然とした顔で塀に腰掛けていた。
 「死、確定」
 顔の下半分だけ隠すような仮面を付けた奴が電柱の陰から出てくる。
 「そういう事だ。悪く思うな」
 コツコツと靴を慣らして背後からやってきたのは大柄の黒服男。

 謎の五人組に、少女は包囲される形になった。

 「大塚」
 「何だ四谷」
 「これ撮影か何か?」
 「いや俺に聞くなよ」

 ついでに、俺達も包囲されていた。 

       

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