「キシュッ! キシュッ! キシュッ!」
「え?」
「は?」
後方から聞こえてきた音に、二人の先ほどまで嬉しそうだった顔は一瞬にして凍りついた。
「バ、バケモンかよ」
漆黒の炎の奥で揺らめく影、そして轟く声。二人はまだ戦いが終わっていないことを確信した。
「ギュッ」
「?!」
聞こえた声に、男は咄嗟に隣にいた女を突き飛ばしす。
「ギァ゙ァ゙ァ゙」
「え? え?」
女はいきなり起ったことにまだ脳が反応しきれていなかった。
なぜ、動いていたのか。なぜ、自分は突き飛ばされたのか。なぜ、男は断末魔のような悲鳴を上げているのか。なぜ、男を守っていたはずの黒い羽がすべて消えてしまっているのか。
なぜ。
なぜ。
なぜ……。
「プシュルルル」
答えは目の前にあった。
しかし、それを認めたくないと女は首を振った。
「畜生が!」
そして女はふらつく足で立ち上がり、上げる事も辛い剣を構える。
「な、なんでまだ“生きて”やがる!」
確認したくなかった事を声に出し、女はしっかりと確認する。
それは目の前にいた。
傷一つ付いていないどろどろとした体で、女の叫びをあざ笑うかのようにスライムは悠々と二人に近づいてくる。
「クソッ」
その時、頭の中には死への後悔しかなかった。
今自分を守って倒れた男が言った通り、自分達にはまだこのクエストは早すぎたのである。
それだというのに自分が少し欲しいものがあるからと言って強引に男をこのクエストに誘ったのだ。
本当は女だってそれが本気で欲しかったわけじゃないのは分かっていた。
しかし、女は男と一緒に何かをしたかったのだ。わがままを言って、男を少し困らせてやりたかったのだ。
確かに、少し苦戦するかもしれないけどきっとどうにかなる。何も、こんな所で何も出来ないまま犬死してしまうだなんて思いもしていなかった。
要するに、女は浅はかだったのだ。
「ギッ!」
しかし、そんな女の後悔も、後の祭り。
視界の端に映ったスライムの放った粘液に、女は虫の息の男を抱きかかえるようにしてまぶたをぎゅっと閉じ、最後の時を待つしか出来なかった。