Neetel Inside ニートノベル
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「はい次のグループ」
 神庭先生の指示で、僕を含む並んでいた6人が前に出る。
 地面に手をついて、昨日やった通りに足の間隔を調整。左膝を立てて、右足は膝をついてつま先で地面を踏み込む。
 そういえば、靴紐をもうちょっときちんと結んでおくべきだったかな。
「よーい」
ついていた膝を上げて、つま先に力を込める。ザリッという音が鳴った。
 銃声。一気に走り出す。前には2人。抜きたい。先頭は明らかに僕より早いけど、2番目の奴と僕とはほぼ同じぐらいだ。
 必死に追いつこうとする。少しだけ距離が詰まる。だけど、それじゃ間に合わない。ラインがどんどん迫ってきて、ゴールイン。
 減速して、Uターン。息は乱れているけど、気分は特に悪くならない。よし、上々だ。
 次の順番の奴らが走り出すのを横目で見ながら、コースの横を通って列の一番後ろに並ぶ。
「やるじゃん戸田っち」
 加藤が話しかけてくる。
 サッカー部で、普段はあんま話さないほうだ。繋がりといえば、クラス対抗リレーで前のバトン走者ってことぐらいだけど。
「まあね」
「その調子でリレーも頑張ってくれよー」
 あー、やっぱりか。
 こいつ、前の練習でも張り切ってたもんな。
 確かに、うちのクラスは足速い奴そこそこいるけど3組もなかなかのものだ。
 体育館で2回やってみて、2組と3組はそのどちらもアンカー同士の競り合いになって1勝1敗。
1組は完全に置いていかれていて、ちょっとかわいそうだった。
「任せろよ。つーかそっちこそパスミスるなよ」
「的場と一緒にすんなよ。俺はあんなヘマしないから」
 会話がそこで途切れて、一瞬沈黙が訪れる。
 話題を求めて、少し視線がさまよう。銃声が鳴って、そっちに意識が行った。
「お、次で終わりじゃん」
 加藤も同じだったのか、走っている奴らを見ている。
 見ると、分かりやすく足の遅そうな、まあはっきり言えば太ってるかヒョロい奴らが走っている。
 コースの向こう側で走っている女子も、そんな感じの奴らばっかりだ。
「分かりやすいなあいつら」
 加藤も抱く感想は同じ。
 もしかしたら、分かりやすいってのはあいつらのやる気のなさかもしれないけど。

 リレーが終わった後は、騎馬戦と棒倒し。
 それが終わったら一旦休み時間で、次の時間でクラス対抗リレーをやるらしい。
 連続で走ってもいいと思うんだけど、男女が別れたまんまだから楽なんだろうな。
 例によって、みんなが楽しそうに靴を脱いで騎馬を組みに走っていく中、体育倉庫の屋根の軒下へ。
 頭に手を当てると、そこが熱い。髪の毛が、熱を吸っている。
なんか面白いので、鉢巻を外してその熱を楽しんでいるとトントン、と肩を叩かれた。
 後ろを振り返る。
 むに。
「……楽しいか?」
「わりと」
 振り返った僕のほっぺたに指を食い込ませて、今西が笑う。
 肩を叩いて、その手の指を立てておくだけのあの簡単なイタズラだ。
 これ、やられるととても微妙に腹が立つんだよな。
「やっぱり来たのか」
「うん、まあ。ちょっと迷ったけど」
「最初から見てた?」
「見てた見てた。戸田くん、思ってた以上に足早いんだね」
「まあね」
 昔から運動はほとんどやらなかったけど、なぜか足は結構早い。
 運動部の奴にも、僕より遅いのがそこそこいるぐらいだ。
「どう見ても早そうには見えないのにねー」
 足を見てくる。うん、我ながら筋肉のかけらも
「……思ったより美脚?」
「何見てるんだよ!」
 褒められてるんだろうけどちょっと気持ち悪いぞ!
「えー、でもなかなか」
「僕の足じゃなくて騎馬戦見ろよ!」
 指差した瞬間、笛が鳴る。
 今回は3対3での引き分けらしい。
「えー、騎馬戦こんだけ?」
「いや、最初からちゃんと見てればそこそこ長かったからね?」
「つまんないなー。次棒倒しだっけ?」
「そうそう」
 体育委員によって太い木の棒が運ばれてきて、女子が頑張って立てている。
「見てろよ、こっちもこっちで面白いからさ」
 棒は組ごとに3本。その周りに女子達が次々と群がっていく。
 大体みんなが集まり終えたところで、笛が吹かれる。
 女子は男子ほどアクティブじゃないけど、それでもいくらかは相手の陣地へと走っていく。
 グラウンドの真ん中で赤組と白組がすれ違って、敵陣へ到達。攻防戦が始まった。
 赤組は分散しているのに対して、白組は一点集中で倒しにいっているみたいだ。
「うわ、すごい棒に掴まってる」
少し傾いた白の真ん中の棒に、一人の女子がジャンプしてぶら下がった。重みで、一気にバランスが崩れる。おお、倒れた。
 周りの女子が歓声を上げて、別の棒に移っていく。倒れた棒を守っていた女子たちは、ルールでもう参加できないのでそれを見ているだけ、ではなくてちょっと邪魔したりしている。
「あれは真似できないわ……」
「いや、今西ぐらい適任な奴いないだろ」
 ジャンプしなくても背伸びすればぶら下がれるんじゃないか。
「えーだってさ、ぶら下がっただけで体操服脱げてお腹見えそうだったじゃん」
「見えそうってかまあ見えてたね」
「そこまでは無理だー」
 ぷるぷると首を振る。
 うーむ、正直理解できるようなできないような。
 お腹ぐらい見えたところで気にすることないと思うんだけど、やっぱり女子だから、かな。
「うっわー、ほんと凄いあれ」
 その女子は、更に2本目の棒に掴まっている。今度は警戒されたのか、倒れかけたけど持ちこたえられているようだ。
 赤の棒も気がつけば1本倒されていて、2本目も集中攻撃でかなりきわどい所まできている。
「あー、倒されちゃいそう。玲ちゃんがんばれー、先倒せー」
「レイ?」
「あのぶら下がってる子。なんか勝ってほしいじゃん、あっちに」
「いや、僕白だし」
 ずっと持っていて、へろへろになった鉢巻を見せる。
「あーそういや。一応戸田くん応援する予定だったのにな」
「この棒倒しだけで裏切られるのか僕」
「応援してほしい?」
「んー」
 そりゃまあ、もちろん。
 ただ、ここで素直にそう言うのは、悔しい。
 間違いなく「もー戸田くんはあたしがいないと何もできないんだからー」ぐらい言うだろうし。
 必要なのは、意表を突く返しだ。
「――応援してよ」
「あ。やっぱり。本当に、戸田くんはあたしが――」
「クラスを、ね」
 ニヤリと笑ってみる。どうだ、これは予想してないだろ。
「……クラス、ってああ、リレーだっけ?」
 少し間を置いて普通に返してきたけど、一瞬の間があって目も泳いだ。どうやらこの奇襲は成功したようだ。
「クラス対抗リレー、3組とすげーいい勝負だからさ。そっち応援して」
「じゃあ戸田君の応援は、いいの?」
 そして、その質問を待っていた。
「今西がそんなに応援したいってんなら、してもいいよ」
 偉そうな口調で、そう言ってやる。
「えー、じゃあやらなーい」
 ぷいっとそっぽを向かれた。
けど、直後にグラウンドで吹かれた笛の音に、今西の首は再びこっちに向いた。
「あー、同点かー」
 騎馬戦に続いて、最終的には棒倒しもお互いに2本を倒しての同点。玲とかいう女子も活躍したみたいだ。
「この後何?」
「クラス対抗リレー、だけどその前に休み時間」
 棒がゆっくりと地面に倒される中、休み時間ということで有り余る元気で走り回ってる奴や、水を飲みにこっちに歩いてくる奴らも結構いっぱいいる。
「ん、じゃああたし帰るね。またお昼」
「おう、ってか1時間後だけどな」
 長い手をふらりと振って、今西が歩いていく。その姿をなんとなく見送る。
 12時が近づいてあまり伸びない、けどそれでも長い今西の影が姿より少し遅れて校舎で見えなくなったときに、ちょうどチャイムが鳴った。

       

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