Neetel Inside ニートノベル
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 暇だ。
 1年男子の出番はこの後、障害物競走、綱引き、クラス対抗リレー、騎馬戦。
けど、僕は徒競走に出たから障害物には出ないし、騎馬戦には出られないからあと2種目だ。
 次の出番である綱引きはブログラムで12番、当分暇なわけで。
「死ねぐっちゃん!」
「てめぇこそ!」
 ぐっちゃんこと山口と隣のクラスの知らない奴らが、水筒でチャンバラを繰り広げている。
 僕はといえば、頭にタオルを載せてそれを眺めているだけだ。
 あいつらの水筒みたいにカバーついてないし、何よりそんなことしたら潰れかねないし。
 他の奴らもみんなどっかで遊びまわってたり、仕事をしていたりと忙しそうだ。
 男子の席には、僕以外は談笑してるオタクグループがいるだけ。いくらなんでもあいつらの話題にはついていけない。麦がタクアンとか何を言ってるんだ?
 ぼーっ、と今度はグラウンドに視線を移す。玉入れだ。
 この競技も、いろんな奴がいて面白い。玉をまとめて放り投げてみる奴とか、何人かで一斉に投げてみる奴とか。
 中には色を無視して、向こうのチームの流れ玉を投げてるのもいる。お、入った。
 具体的に言えば、棒倒しでぶら下がってた女子だ。確か玲だっけ?
 彼女は妙にコントロールがよくて、次々と玉を投げ入れている。普通、こういうのってなかなか入らないものなのに。
 銃声。終わりを告げる合図だけど、気にせずボールを投げる奴は後を絶たない。もう1回銃が鳴って、ようやく止まる。
 応援団長がカゴを持つと、中の玉を思いっきり放り上げてカウントスタート。
 放送の声。応援席も、それに合わせていーち、にーい、さーん。
 10、20、30、40。ぽんぽんと、途切れずに紅白が飛び交う。
 徐々に団長がカゴから玉を出すのに苦労するようになってきて、緊張が高まる。46、47、48……歓声が上がる。
 赤の団長が放り投げた玉には、ひらひらと舞うリボン。最初から入っていた玉で、ラストの合図だ。
 赤がなくなっても、白のカウントは続く。50を越え、55を越え、結局57まで続いた。
 なかなか大差での負けだ。どれだけの差でも取られる得点は同じだから別にいいっちゃいいんだけど。
 ぞろぞろと、女子達が戻ってくる。朝はそこそこきちんと並んでいた椅子は、既に秩序なんてなかったかのようなグチャグチャっぷりで、通りにくそうだ。
「痛っ」
つま先に衝撃。しかも、踏まれたんじゃなくて通るときにどかした椅子の脚が落ちてきた。
 そこまで痛かったわけじゃないけど、つい声が出る。
「あ、ごめん」
 その椅子を動かした奴、韮瀬は軽く頭を下げて通り過ぎようとしたけど、僕を見て心配そうに眉根を寄せる。
「顔死んでるけど大丈夫? 先生呼んでくる?」
「いや全然平気」
 顔が死んでるのは暇すぎるせいです。
「無茶しちゃダメだよ、校外学習のときとか大変だったし」
「あー、あんときは悪いことした」
 僕のせいでバスの出発が遅れたとか妹尾先生が言ってたな。
「そうそう。ウチが班長だったからってちょっと怒られるし」
「マジか!」
 それは本当に悪いことしてた。
「まあ、怒るっていうか『多少遅れてきてもいいんだぞ』ってたしなめられた、みたいな。友代とかも結構フラフラだったし」
「へー……そういや不破見てない気がする」
「綾が白だから、そっち行っちゃった。あたしも行けばよかったかなー」
 相変わらずあの二人、べったりだなー。
 そういう趣味の人たちじゃないかって言ってるやつもいたし。
「あー、僕も行こうかな。こっちみんな遊びまわってるし」
「行く?」
「よし」
 立ち上がって、何とはなしに二人並んで白のほうへ向けて歩き出す。
「どっかで見た状況だなーこれ」
「今日はジャージじゃなくて体操服だけどねー」
 あと、韮瀬はいつもと違って髪の毛を2つにまとめるのではなくて今西みたいにポニーテールにしている。
 長さは大体同じぐらい、いや今西のがちょっと長いくらいかな?
「なんか髪についてる?」
「いや、いつもと違うなって」
「んーまあ今日動くし、たまにはいいかなって」
 サッカーゴールにテープを巻いて作られた入退場門のところでは、知らない先生が声を張り上げて3年生を集めていた。
 グラウンドの外周に張ってある緑色のネットギリギリまで広がる人ごみを潜り抜けて、白の陣地へ。
 人ごみを抜けるときに韮瀬と少し離れて、合流しないままそれぞれの目的地へ向かっていく。
「よー」
「あれ何戸田っち、来たの?」
 守口と筒井と山ちゃんのほうの山口が、制汗剤のボトルを持って何やらやっている。
「今リレーのバトンの練習してんのよ。やる?」
「あー、受け取るほうなら」
「オッケーオッケー、じゃ行くから」
 後ろに右手を出して、守口が来るのを待ち構える。ある程度近づいたのを確認して、前を向くと助走をスタート。
 少ししたところで、手の中に冷たくて固い感触。それを握り締めると、手を前に戻して振りながら加速……はしない。
 走るのをやめて、Uターンすると守口に制汗剤を返す。
「いい感じじゃん」
「本番で倒れんなよー」
「はははは」
 笑えない。
「3組に絶対勝つかんなー。運動部、意地見せろよ」
 下手な運動部より早い文化部の筒井が、守口と山口に声援を送る。
「意地見せろよー」
 その流れに僕も便乗。実際、筒井とそこまで変わらないし。
「てめーら野球部馬鹿にしてんじゃねーぞ。コーチマジ鬼だから。リレーで1位取らなかったらトレーニング追加とか言ってるし」
「剣道部は何もないけど馬鹿にしてんじゃねーぞ」
 これが小さいけどリレー選手の守口と、そこそこでかいけど僕より遅い山ちゃんの差か?
 脚の長さで言えば僕より絶対有利なのに。
 ……そういや、今西はやっぱり、この僕の美脚(とは思えないけど)を見に来ないんだろうか。
 別に見どころがあるわけじゃないけど、なんていうかやっぱり、どっかにいて欲しいな。
「んじゃ、もっかいやるか?」
「よし、やろやろ」
 再び距離を取って、今度は2本を使用して僕と筒井がバトンを受け取る側。
 渡す側の2人が走り出す。少しずつ距離が詰まって、
「おーい男子、綱引きだから並べ!」
 急停止。八重先生が、僕達を連れに来た。
「えーもうそんな時間かよ。気付かなかった」
「せっかく練習しようとしてたのになー」
 口々にこぼれる文句。ちょっと盛り上がりに水を差された気分だ。
「ほらお前ら、並べ」
「はーい」
 渋々といった様子で、2人が制汗剤を椅子の上に置く。
 全校の男子が参加する綱引き。ごった返す入場門へと、僕たちは一旦敵になりに行く。

       

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