Neetel Inside ニートノベル
表紙

越えられない彼女
隣は何をする人ぞ

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「はいじゃあ次の列の男子来い」
「っしゃー、いいの引くぞ」
 筒井が、マウンドに向かうピッチャーのように腕をぐるぐる回しながら立ち上がる。
 テストが終わって、今日の道徳の時間はその後に約束されていた一大イベント――席替えだ。
 うちのクラスのやり方は、妹尾先生がそれぞれ青とピンクで書かれた1から18までのカードを用意して、それぞれ引いていくというものだ。
 全員が引き終わった後、どの数字がどこの席になるかが発表されるので不正はできない、らしい。
 既に女子は引き終わっていて、男子の番。
 通路は狭くて抜け駆けはできないから、まだ一度も席替えをしていない今は目が悪いから先に引いたチョビを除いて、出席番号順に引いていってることになる。
 筒井の後に続いて、僕も教卓へ。
 妹尾先生が持っている袋から、画用紙でできた手のひらよりちょっと小さいぐらいのカードを1枚引いて、すぐ自分の机に戻る。
 あっけない作業だけど、席替えの醍醐味はこの後のワクワク感だもんな。
 途中で確認した数字は『2』。んー、前のほう、かな?
「戸田お前何引いたー?」
 早速、筒井が身体を後ろに向けて僕に聞いてくる。
「これ」
 めんどくさいので、そのままカードを見せる。
「おーなかなか」
「筒井は?」
「俺は11」
「おーなかなか」
 ……言っておいてなんだけど、何がなかなかなんだろう。
「でさー、隣誰がいい?」
「ちょ、声でかいだろ」
 このクラスの男子と女子の仲はどちらかと言えばよくない、ぐらいに入る。
 筒井は手芸部で繋がりがあるのと地のキャラで割と平気っぽいけど、僕はうかつにそういう話を聞かれるのが怖い立場にいるのだ。
「なんだよー、チキンだなー戸田」
 そう言いながらも、声を落としてくれる筒井。ありがたいけど、隣の鈴木さんがこっちをガン見してるんですけど。
「俺は暗いタイプじゃなきゃ誰でもいいんだけどさー、戸田は気になる人とかいないわけ」
「いないいない。僕も誰でもいいって」
「いや嘘だろ。好きな人いるんだろ? 言っちゃえよ」
「お前手口が韮瀬と同じなんだけど」
「えっ、うわ、マジかよ。ないわー」
 軽く頭を抱える筒井。
「まあまあ、そんなに気にするなって」
「うっせ。ニラと同じとか言うなよな、このガラスのハートが傷つくだろ」
「どんなガラスだよ」
「うわーひでえ、更に傷つくわー」
「勝手に傷ついてろよもう」
「だってさあー、ニラだぞ? 誰でもいいって言ってたけど正直隣なったらアレだろ?」
「え、普通にいけるけど」
 むしろ当たりの部類かもしれない。
「……マジ? お前まさかニラが」
 ネチャリとした笑い。
「いやいやいやいや」
「へーそうかー、戸田くんは韮瀬さんのことがなー、へー」
「違うっての!」
 言いながら、強烈なやっちゃった感。
 これはもうどれだけ否定しても取り合ってもらえないパターンだ。
「いやーいいこと聞いた、覚えとくわ」
「筒井てめぇ!」
「あ、席替えの結果発表されたぞ。見に行こうぜ」
 ニヤニヤしながら筒井が立ち上がる。
 黒板の前には既に人だかりができていて、みんなが自分の番号と照らし合わせてるせいでなかなかいなくなりそうにない。
「少し待ってから見に行くわ」
「いいのかよ、愛しの韮瀬と隣かもしれないぜ」
「ないない」

 あったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 僕の札である2番は今の席からひとつ後ろにずれただけだったから、簡単に移動を終えて周りが移動でごたごたするのを眺めてたら、なんか韮瀬がこっちに来た。
 嫌な予感がこの時点でしたんだけど、まさかなと思ってたら「戸田くん、何番?」って聞かれて答えると「じゃあ隣かー」って。
 なんなんだこれ。ほんとなんなんだこれ。
 筒井に何言われるか分かったもんじゃないぞ。
「最悪だー……」
 小声で呟く。周りのガタガタがあるから、他の人には聞こえてないはず。
 なんか脱力して、椅子に座って机に突っ伏す。あー、どうしよっかなー。
「ちょっとそこ通してくれー」
 ん。
 妹尾先生の声に顔を上げてみる。
 だいたいの移動が終わった中で、先生が机を運んでいた。
 今日は休みもいなかったはず、と思って、すぐに答えに思い当たる。今西か。
 周りでも「あれ誰の?」「今西でしょ」「ああ……」みたいな声が聞こえる。
 けど、気になったのはその声の調子。
 今聞こえたのは多分ぐっちゃんの声だけど、あのなんとも言えない嫌な感じはなんなんだろう。
 色んな悪い感情が篭ってる、見下したような声。
 目は先生が机を運ぶのを追いながら、声がいつかの筒井の友達の声と合わせて僕の中で響く。
 僕が知っている限り、今西は間違いなくそんな声を浴びせられるような奴じゃないはずなんだ。
 そりゃ時々はイラッともするけれど。
 だから、その理由を知りたいと思わないじゃない。
 けれど、聞くのが怖くもあって。
 妹尾先生が扉側の列の一番後ろ、6×6の配置から飛び出た箇所に机を置くのを見て、また今日も僕は質問を飲み込んだ。

       

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Neetsha