Neetel Inside ニートノベル
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「うわ、来たぞ!」
 静かな教室に、おもむろに守口の叫びが響く。
 プリントに県庁所在地を書き込むのに疲れていた僕たちは、一斉に反応した。
何が起きたかと窓際の守口のほうを向いて、すぐにその意味を理解する。
「あー降ってきてる、ってか勢いやばくない?」
「またプールなしかよつまんねー」
 見ていて分かるぐらいに勢いを増しながら、雨が降ってきていた。
 衣替えと合わせて今週からプールの授業が始まるはずだったのに、なぜか体育がある日はいつも雨。
 今朝は曇ってて、いけるかと期待して水着を持ってきた僕たちのダメージは大きい。
 特に僕の場合は、今日は体調がよかっただけあってなおさらだ……。
「あらら、みんな次の時間プールなの」
「今週ずっと雨だよー」
「呪われてるってうちのクラス」
 弓張先生が時間割表を見ながら残念そうな声で言うと、教室のあちこちから返事が返ってくる。
 若い女の先生なのと、ノリがいいせいでこうやって話に引きずり込めば授業が潰れていくので社会の授業ではよく見られる光景だ。
「でもそういうことってあるよね。私が小学生の頃5回しかプール入れなかったことあるし」
「えー何それ気になる」
「じゃあプリント埋め終わったら話してあげるから頑張りなさい」
 あ、でも最近先生も成長してきてるな。
「うわーえげつねー」
「何がえげつないの」
 ばしん、と資料集が筒井の頭に落ちる。クラス中から笑い声が起きた。
 さてと、そろそろプリントに戻るか。
 日本地図に書かれた47個のカッコのうち、埋まってないのは半分ぐらい。
 地図帳をめくって県庁所在地を見つけていくんだけど、これがなかなか面倒臭い。
 いくつか埋めたところで誰か終わってないかと周りを見渡してみる。まあいるわけが、
 あった。
 僕の隣で、韮瀬が退屈そうにプリントに何か落書きしている。
 そのプリントのカッコは、一つ残らず埋まっていた。
「韮瀬」
「んぅ!?」
 咄嗟に落書きしていた部分を手で隠して、韮瀬がこっちを向く。
「な、何どうしたの?」
「いや、そのプリント見せてくんないかなーって」
「え、あ、いい……けどちょっと待って!」
 そう言って、慌てて左手で僕から見えないように隠しながら落書きを消しゴムで消していく。
 そこまで焦るなんて一体何を描いてたんだろう。
「はい」
 心なしか、ややぶっきらぼうにプリントを渡される。
「ありがと」
 受け取ってとりあえず写し始める。
 筒井に付きまとわれ続けていた先週だったら考えられなかったことだ。
 丸一週間をかけた『興味ないですよ』アピールはどうにか効を奏したと言えそうで、最近は飽きられたのか絡んでくることもめっきり減っている。
 ただ、今週ずっと「韮瀬の水着姿見られなくて残念だったなー」って絡んでくるのは正直そろそろ勘弁していただきたい。
 というか韮瀬の水着ねぇ。見て楽しいかというとどうなんだ。
 ……横目で、どことは言わないけれどチラ見してみる。
 夏服なのでなんというか分かりやすくなっていてよろしい。
 ふむ――――わざわざ期待するほどではないな。
 なんと言ってもこのクラスには安河内さんという大物がいるし、どう考えてもそっちを見たほうがいい。
 ああ、なんで降ったんだ雨。
 思わず、もう一度窓の外を眺めてみる。まあ止んでるわけないよね。
「終わったの?」
「あ、ごめん、まだ」
 おっといけない、いろいろ忘れてた。
 頭の中のいろんなことを追い払って、書き写す作業に戻る。うわー面倒臭い。
「てか韮瀬早くない? どうやったの?」
 そんな疑問が口をついて出る。普通に凄いな。
「ん、地図帳の後ろのほう見ただけだけど」
「えっ?」
 なんだそれ聞いてないぞ。
 びっくりする僕に、韮瀬が僕の机に広げてあった地図帳を手にとってパラパラとめくる。
「この『地名さくいん』ってページの赤くて太い文字あるでしょ。これが県庁所在地」
 見せてきたページには、確かに僕が今まで写してきた県庁所在地が五十音順に記されていた。
「うわー、それ早く言ってよ」
「ごめん、ウチも今教えればいいって気付いた」
 ん、なんで僕謝られてるんだろうな。
「で、プリント持ってっていい?」
「うん――あ、ごめんやっぱり最後まで写させて」
 戻しかけた手を途中で止めて、韮瀬にお願い。
 よく考えたら、もう四国と九州しか残ってないんだからそのまま写させてもらったほうが早いよな。
「え、うん」
 ん。
 頷いてくれたけど、なんか一瞬えっ? って顔をしたような。
 ……そんなにこのプリント、見せたくないんだろうか?
 やっぱりさっきの落書きかな。消してたし。
 気になってきたので、さっき描いてたあたりをじっくり見てみる。んー、なんかシャーペンの跡がうっすらと見えるけどもよくわかんないや。
 上を黒でこすれば出てくるかもしれないけど、そこまでしたら流石に怒って持っていかれてしまうだろう。
 まあ、ここは写し終わるのを優先ということで。

 結局、プリントはそのまま回収されてしまって何を書いてたのかは分からないまま終わってしまった。
 けど、気になるものは気になる。
 ということで。
「環奈? 確かに上手いけどどうかしたの?」
 こういうときは、レッツ聞き込み。
 5時間目の技術の時間、僕の机は技術室の3×3で9つある4人用机の真ん中。ちょうと、小峰と近くの席になる。
 これは幸いと、紙やすりを懸命にかけている背中に声をかけて韮瀬の絵が上手いかを聞いてみた。
 やっぱり上手いのか。なら堂々と見せたらいいのに。
「いや、環奈人に絵見せるのなんか知らないけどやたら恥ずかしがるから」
「なになに何の話ー? 恋バナ?」
 笹川さんが高沢さんのところに行ったのを見て、不破がその席を占拠しに来た。
 しかしそんなに他人の恋バナが好きか。言われる側の気持ちにもなってみろ。
「違う違う」
「環奈の話」
「え、それはつまり恋バナ?」
「違う!」
 この2人にまでその方向で取られたら笑えないぞ。
「んーその否定の仕方……」
「違うって。韮瀬の落書きを見てみたいって話をしてた」
 とにかく話を本筋に戻す。見覚えがある展開だし、多少強引にでもこの話題からは逃げないといけない。
「え、なんでそんなの見たいの?」
「環奈が見せたがらないから気になるんだって」
「へー、そうなんだ知らなかった」
「知代1組だったもんねー」
「ねー。今年は一緒でよかったよー」
 不破が小峰を抱きしめる。
「知代かかるかかる」
 けど、小峰が手を止めないせいで紙やすりから出た粉が不破にかかっている。いや、手を止めろよ。
「あーうわー」
 慌ててパンパンと叩いて粉を払うけど、今度は眼鏡にかかって不破は散々なことになっている。
 そんな状態でも、細かい紙やすりに取り替えながら板を磨き続ける小峰。なんかこええ。
「あ、ごめん戸田くんどういう話だっけ」
 おお、ようやく思い出してもらえた。
「いや、だから落書き見てみたいってだけなんだけど」
「あー、そうそう。で、それだけど見せられるかもしれない」
「お」
 流石は友達。何かあるのかな。
「綾、アレ見せてもいいと思う?」
「アレ?」
「アレよアレ」
「ああ、アレか。……周り隠すならいいんじゃない?」
「もちろんでしょ、そうじゃないとあきちゃんもユッピーも怒るって」
「え、ユッピー怒るとかマジやばくない? 見たことないじゃん」
 あれ、なんかまた2人で盛り上がりはじめた。
 まあいいや、この盛り上がりが一段落したら見せてもらえるかまた聞いてみよう。
 で、アレってなんなんだ?

       

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