Neetel Inside ニートノベル
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 理解が追いつかず、一瞬ぽかんとなって。
 やっちゃったか、と僕と今西は顔を見合わせた。
 どうすんの戸田くんと今西の視線が言ってくる。いやこれ僕のせい?
 そうに決まってるでしょ! と返ってきたので反論しようと今西を睨んだその瞬間、聞こえてきた音に釣られてそちらを振り向く。
 それは間違いなくノックの音で、しかも家の中から響いてきていた。
「ちょっと、待ってて」
 扉越しに少し掠れた韮瀬の声。
「ちゃんと開けるから」
 まだ僕が何も言わないうちにそう言って、玄関を上がるような板の軋む音が聞こえた。
 音が遠ざかっていって、自然と僕と今西の視線が合う。
 交わされた意思疎通はほんの二言。
 どうする?
 待つしかないでしょ。

 そして10分ほどして。
 僕は韮瀬家のリビングで、今西と並んで食卓に座って冷えた麦茶を飲んでいた。
 韮瀬は自分の分の麦茶を注ぐと、僕と向かい合う椅子に腰を下ろす。
 一応日陰にいたとはいえ、とめどなく流れ出ていた汗を麦茶とつけ始めたばかりらしいエアコンが抑えてくれる。
 のはいいとして。
「……なんで韮瀬まで制服なの?」
 なぜか韮瀬は見慣れた制服姿と二つ結びになっている。
 さっき扉から顔を出したときは確か普通のTシャツ着てたし髪も結んでなかったはずだけど。
「え、だってふたりともそうだし」
「だからってわざわざ着替えなくても」
「別にいいじゃん」
「ん、まあそうだけど」
 そこで会話が途切れた。
 3人とも黙りこくって麦茶をちびちびと飲み続ける。
 やがて全員の麦茶が切れて、
「…………」
 さらなる沈黙の中で、エアコンだけが我関せずとばかりに唸っている。
 僕は前と右隣から溢れてくる「どうにかしろ」オーラを受け止めるので精一杯だ。
 背中の辺りが最高に涼しいのはきっとエアコンのせいだけじゃないだろう。
 計画は立ててないわけじゃなかったのに、汗と一緒に流れ出て行ってしまったみたいだ。
「えーっと、」
 半分やけくそで、何も考えずに喋りだす。
 とりあえず思いついたことから、
「なぎさちゃんて何?」
 あれー?
 いやその選択肢はおかしいだろ僕。さっきここは地雷だって分かってたのに。
 あ、ああ、韮瀬また顔赤くなってる。今西超睨まれてる。必死に目合わせないように下向いてる。
 これはまずい。
 現在口を開いた結果は「どうにかしろ」が「どうしてそうした」になっただけだ。
「いやあの、答えたくないなら答えなくても」
「――――ア」
「え?」
「プリキュア」
「……え?」
 どうした韮瀬。プリキュア連呼は中学生のすることじゃないぞ。
「あたし昔ね、あの、プリキュア大好きー、みたいな時あって。戸田くん見たことある?」
 韮瀬がいきなり妙なことを問いかけてくる。それもすごく恥ずかしそうに、下を向いて。
「ちょっとだけ」
 当時は姉ちゃんも見てたからなあれ。僕は響鬼やカブトにしか興味なかったけど。
「え、じゃあオレンジの髪の子いたの覚えてる?」
「あー……うん」
 うっすら覚えがあるような。
「その子が美墨なぎさ、って言うんだけど」
「うん」
「あたし、その子に憧れてた、みたいな時期があって――」
 そこでぐふっ、と隣から笑い声が漏れた。
 見ると今西が口元を手で覆いながら、僕らに背を向けてぷるぷるしていた。
 韮瀬がそれはもうすごい顔でその背中を睨みつけている。
「あ、ごめん、どうぞ」
 こらえるのがやっと、みたいな感じで今西が話の続きを促してくる。絶対にこっちを向かないのはさすがに元友達、よく分かってる。
 韮瀬ももう無視しようと思ったようで、最後に虫くらいなら殺せそうな視線を背中に浴びせてから一旦目を閉じて、またうつむいてから話し出す。
「でね、ほら、そういうおもちゃとか買ってもらったりね、してたんだけどね」
 話すにつれて語尾がどんどん弱くなっていく。
 うんまあ、そろそろ僕も大体どういう話か分かってきてるし、そうなるのも分かるんだけども。
「もうね、それじゃ足らないくらい好きでね、」
 というかもうか細い、としか言いようのないレベルになってきてる。
 横目で窺う今西は笑いすぎ。
「みんなにあたしのこと『なぎさちゃん』て呼ばせてた時期が――――」
 いやもうこれ半泣きじゃないか!?
 なんかこれ僕が泣かせたみたいなアレになるじゃん!
 そして今西は膝を叩くな! 笑いすぎだ!
「い、いや、よくあるじゃんそういうの」
 僕の周りにもメラメラの実食べた奴とか写輪眼持ってる奴とかいたぞ。
 別に気にしなくても、と言いかけた所で、がばっと韮瀬が顔を上げる。
 やっぱりちょっと潤んでる目で『ホントに?』と訴えかけてくるので、がくがくと頷く。
 ……頷いたのに、韮瀬は睨むことをやめてくれない。
 まだ赤い顔で、じぃーっと睨みつけてくる。僕の言ってることが本当かを確かめようとしているのかもしれない。
 できれば目を逸らしたいけど逸らすわけにもいかなくて、笑えないにらめっこが続く。
「……ほんとに?」
 そしてようやく、最後の念押しといった感じの問いかけが来た。
 僕が大きく頷いて、ようやく韮瀬の目からあのパワーが消える。
「なら、いいけど」
 ようやく人心地ついたとばかりに、僕と韮瀬のため息がハモった。
 で、問題は隣のアホ――――ってあれ?
 気付かないうちに、今西の笑いは収まっていた。
 ていうかむしろちょっと不機嫌そうですらある。
 一体どうしたんだろうと視線を合わせると、さっさと話しなよと返ってきた。
 なんだこいつ、勝手な奴。
 けどまあ言ってることは最もなので、再び韮瀬に向き直る。
 随分変な方向に行ってしまったけど、今度こそ目的のために口を開く。
「今日、僕たちが来た理由について、なんだけど――――」

       

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