切り出して、ちらりと韮瀬の反応を窺う。
正直、理由なんて察していないわけがないしどんな反応をされるかちょっと怖かったのだけれど、
「うん」
とだけ韮瀬は言って、軽く微笑んだ。
そのあまりのさりげなさにかえって驚いてしまう。
「え、っとさ。不破から聞いた話なんだけど」
もうどうせ隠しても韮瀬は分かってるだろうから、今回は悩まずに不破の名前を出す。
「うん」
韮瀬の表情は、声のトーンは、変わらない。
「最近部活出てないー、みたいなアレらしいじゃん?」
「どれよ」
隣から何かボソッと聞こえたけど無視。
「うん」
韮瀬はやっぱり何も変わらない。
そして、それがとても奇妙で底知れなく感じる。
「で、その理由を聞いてみたいなーって、思って、」
「うん」
また同じ相槌で、びっくりするほど簡単に話は僕の行きたい方向に進んできてしまった。
正直、ここまで来るのにもう一つや二つ関門を越えなくちゃいけないと思っていたんだけど。
まあ何もないならそれに越したことはない。
僕の目的を達成するための、最後の一言を。
「話せることだけ、今西に喋ってみてくれないかな。僕は外に出てるから」
そう言って立ち上がって、
「「ええーっ!?」」
なんか凄い驚かれた。てかなんで今西まで驚いてるんだ。
「ちょ、ちょっと戸田くんストップ!」
今西が長い腕を伸ばして僕の制服を掴んでくる。
「何? どういうこと? どういうこと?」
「言ったじゃん、今西なら話を聞けるかもしれないからって」
「だからって戸田くんいなくなってどうすんの!?」
「え、だって、僕いたら話せないこととかあるでしょ」
「ないわ!」
叫んでから何かに気付いたようにくるっと振り返って、
「ない、よね?」
韮瀬に向けて傍から見ても分かるくらいの「おねがい!」というオーラを放ちながら言う。
さっきまでが嘘みたいにぽかんとしていた韮瀬の表情が、また変わる。
視線は左に泳いで、口はもにょもにょと何か話すでもなく動いている。
それを固唾を呑んで見守る僕と今西。いい加減離せよ制服。
じっ、とそのまま何秒かが過ぎて、韮瀬の目が閉じられた。軽く息を吐く音。
そして再び開かれた目は、僕を見てきた。
けどそれはほんの僅かで、視線はすっと逸らされる。
斜め下に向けられた視線のまま、韮瀬の口が開いた。
「いて」
そして僕が何のリアクションもとらないうちに、
「戸田くん、いて」
命令のように、それでいてどこかお願いのように、もう一度。
それからは漫画で見るみたいなへの字口になって、それ以上は言わないと耳じゃなくて目に語りかけてきてきた。
こんなの、勝てるはずない。
「で、先に聞かせてほしいんだけど」
「うん」
その後、誰からともなく席について、注いでもらった麦茶のおかわりを少し飲んで。
「なんで奈美に話聞いてもらうと思ったの?」
「あ、えーと」
……やばい、どうしよ。
今西を呼んだ理由の最たるものは二人に元通り仲良くなってほしい、なわけだけどそれを堂々と言ったらそれはもう強制だ。
それじゃ駄目なんだ。ふたりが今どういう風にお互いのことを考えてるかって、できれば自然にわかってほしい。
こういう時適当に答えて失敗し続けてるんだから、今回はちゃんと考えて。
本当じゃない、でも嘘でもない理由がふっと浮かんできた。
「今西ならなんとかしてくれるんじゃないか、って思ったから」
これがいくらか伏せてあるだけで、偽りのない僕の本心。
こんな無茶苦茶な賭けに出たのも、最後は『今西ならなんとかなる』っていう根拠のない自信――いや、信頼からだ。
僕には出来ないことを、今西ならしてくれる。
……いやまあ、」勉強の面では逆も多々あるけれども。
「――そっか」
韮瀬は軽くため息をついて、
「じゃ、あたしも話さないといけないね」
それから、僕の見たことのない顔になった。
顔はさっきみたいに笑っている。のに、明らかに目が違う。
ゴーグルをつけずにプールに潜って水面を見上げたときの、あの景色。
ゆらゆらと、不思議なリズムで歪む太陽の光が韮瀬の目に宿っていた。
「あのね、」
心地よくて、むず痒くて、暖かいような、冷たいような。
水の中のような世界へ、僕を誘いながら。
「ウチ、戸田くんのことが好き」
ぽそりと、韮瀬は言った。