Neetel Inside ニートノベル
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~~ギルダーさんの記憶の回復~~

 それからまもなく。
 教会から人が来て、ギルダーさんの遺体を引き取っていった。
(そのころには、いいかげん二人も息をきらせて停戦していた)
 遺体は一日安置され、その後埋葬されるとのことだった。
 もともと記憶喪失で身よりもないため、遺品といえば衣服と、いくばくかの小銭と、胸に下げていたロケットだけ。
 そのうち、ロケットはギルダーさんの希望でぼくが(実質上ギルダーさんがだけど)もらいうけておいた。
 親指のつめよりふたまわり大きいくらい。金色の、アーモンド形の、すべすべしたロケット。
 このなかに、ギルダーさんが探している人の写真が入っている、はずだ。
 フェリペ先生は、リアナと似ている、といっていたけれど、どんな人なのだろう。
『おう、そいつが気になるのか? いいぜ、見ても。いずれみせるつもりだったからな』
「ありがとうギルダーさん」
 ふたを開けてみると、小さな小さな写真。
 ハンサムな青年ふたりと、ふたりの間でにっこり笑うきれいな女性。
 女性は髪の色こそ違うけど(きれいな亜麻色だ)、どことなくリアナに似ている。
『ホントね、ちょっと似てる……どういうひとなの? この左右の人たちは?』
『ああ……恋人、だ。左は俺で右はダチ』
 ギルダーさんはそういった。
「え?」
 今ずいぶんはっきり断言したな。ギルダーさんは記憶がないはずなのに。
『?! ちょっとあんた、まさか記憶が』
『ああ、戻ってきたみたいだな。頭の中のつかえがとれてる。
 これも死んだおかげかもしれないな』
『それじゃさっそく会いに行きましょうよ、その人に』
『待て待て待て、そこまで都合よくないわ。
 この三人についちゃ思い出したが、俺がどこから来たかとかそのへんについちゃさっぱりだ。
 まだしばらく聞き込み続ける必要はありそうだな』

「ただいまー」「ただいま帰りましたわ」
 夕方になると、ロビンとリアナが帰ってきた。
 ぼくたちはエプロンをつけたままだったがとりあえず出迎えた。
「お疲れさま。ごめん、手伝えなくて」
「いいって。短気起こして暴れたのは俺だし。
 リアナもごめんな、つきあわせちゃって」
「そんな。だってわたし、ロビンとクレフの奥さんだもの。当たり前のことをしたまでよ」
「あ、そ、そうだよな」
 するとロビンは赤くなって頭をかいた。
「酒場のおじさん、優しい方だったわ。
 わたしたち、今日からしばらくお店を手伝いましょうって申し出たんだけど、そんなことまでしてくれなくていいですってお断りされちゃったの。
 テーブルとか、けっこう壊れちゃってたのに……」
「ほんとに申し訳なく思ってさ。
 せめて掃除だけでもってお願いして、あとできるものだけでも修理してきたんだ」
「あ、あとこれ。お夕飯のお惣菜を買ってきたわ。
 だぶっちゃってたらごめんなさいね」
「ていうかさ。クレフお前、一体いつ料理なんて覚えたんだ?
 すっげーいいにおいしてるし!」
 ふたりの視線は、ぼくがしているエプロンに向いている。
 ぼくはちょっとはずかしくなって、思わず両手でエプロンを隠していた。
「あ、これぼくじゃないんだ」
「え、じゃあアリスか?」
『………つけたのはね』
「まさか」
『ご名答~♪
 ったく、こいつらに任せといたら生命がいくつあっても足りなそうだったからよ。
 仕方ないこの天才ギルダー様が、可愛いお嬢ちゃんたちに代わって極上の晩飯をこさえてやったというわけだ! 大いに感謝しろよお前たち!!』



~~ギルダーさんとロビンの和解~~

「まあ! ありがとうございますギルダーさん。楽しみですわ!」
 リアナはにっこり笑ってお礼を言う。
 しかしロビンはこんなことを言い出した。
「……においがうまそうなのは認める。
 だが、マジで食えるんだろうな?」
『なんだコラ? 俺が先生にまずいものを食わせるとでも』
「俺はお前の味覚を知らない。そしてぶっ壊れた言動は知っている。
 ちょっと食わせろ。自信があるならそれくらいいいだろ」
『な! おいちょっと待て!! 俺の料理のテイソウはてめえなんざにっ』
“料理のていそう”って何だろう? と思ったら、アリスに顔を真っ赤にしてひっぱたかれた。なんでだろう。
 その間にも二人は(まあギルダーさんはぼくの身体なんだけど)とんでもない勢いで、奥の台所へ走ってゆく。
「どうしました?」
 そこへ先生がやってきた。
『先生! こいつが先生のメシを奪おうと!!』
「俺はこいつの味覚を信用してません!! だから先生に食べさせる前に毒見を」
『だから俺が先生に毒を食わせるわけがっ』
 そのとき台所からミューが出てきた。
『何騒いでるニャ?
 メシができてるからはやくしろニャ。
 さっき一口頂いてみたがなかなかのデキだにゃん。ダレだあれ作ったのニャ?』
『……!!』
 するとギルダーさんはがっくりと床に手をついた。
『う、奪われた……
 猫に奪われた……
 さよなら、俺の………』

「なんだ、そういうことですか」
 食卓で事情をきいた先生は声を上げて笑った。
「おふたりとも、僕のためにありがとうございます。
 僕はまったく果報者ですよ」
 先生の前ではロビンが赤くなってうつむいている。
「でもこれで、ロビンさんもギルダーさんを信用できるようになりましたよね?」
「はい……。
 ギルダーさん。すみませんでした。
 俺あなたのことをどうしても、クレフをどうにかされそうになった相手って思ってしまって……
 でも、これからはちゃんと信用します。
 よければあなたも俺のこと、仲間って思って頼ってください。よろしくお願いします」
 ロビンが深々と頭を下げると、ギルダーさんは赤くなって照れ隠しをする。
『どうにかって、俺さすがに男はどうもしないって。最悪脱がせばわかったんだし』
 ぼくのなかでアリスが深呼吸している。ごめんいまは殴らないでアリス。
「ち、ちが、そういう意味じゃ……ちょ、ちょっとはありましたけど……」
 口ごもり、ロビンがさらに赤くなる。
「ロビンったら☆」
 リアナが笑う。
 先生も笑う。
 ぼくもなんだか楽しくなって笑った。
 アリスは呆れたように言う。
『おひとよしなんだから、もう……クレフ、あんたほんともうちょっとしっかりしなさいよね。イザとなったらあたしがふっ飛ばしてあげるけど、どうも心配なのよねあんたは』
「わかった、がんばる」
 すると先生も言った。
「ギルダーさんも。これからは少し、言動を優しくしてあげてくださいね。
 いちおう、彼らは愛すべき人生の後輩なんですから。
 また今日みたく、かっこいいところみせてあげてください。お願いしますね」
『……お、おう。料理とか、今ならタダで教えてやるぜ。
 これでも昔は………
 なにやってたっけ?』
 そのとき一瞬、どこかの風景が頭をよぎった。
 もう一度見ようとしてもそれは、まるで雲に隠されたかのように見えなくなってしまっていた。

       

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