Neetel Inside ニートノベル
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「リーダーが……夜逃げ!?」
「はい、今朝お部屋を伺ったところ、既にもぬけの殻でして……」
「くっ……今すぐリーダーを探せっ!」
「はっ!」
 報告に来た兵士はすぐさま戻っていく。
 その一報を聞いた男、つまりは昨晩リーダーの部屋を訪れていた男は思わず舌打ちをする。
 昨晩はあのまま睡眠に入り、そして一夜を明かしたのだが、今朝になって今の報告だ。
 リーダーが、夜逃げした。
 理由だって何かしらあるんだろうが、今は理由なんかに構っている暇は無い。リーダーがいなくなったというその事実。それこそが問題だった。
 彼女は、今まさに世界を統一せんとする国のリーダーだったのだ。政務はもちろんのこと、時には戦場での現場指揮だってしたことがあった。そんな彼女、国の長が――今このタイミングでいなくなったのだ。
 当然国は混乱するだろうし、リーダーなしでは他の国の制圧だってままならない。あと少しで世界の統一、というところだったのに、それがまた巻き返されるかもしれない。
 この国の次に大きな力を持っていた国は、つい最近やっとのことで落とし、これからは残りの諸勢力の制圧に取り掛かろうとしていたというのに、そんな状況下での夜逃げだ。
 政務がいやになった?
 それはないだろう、と男は思う。彼女はそんなことで根を上げるような人じゃなかった。いつも兵士たちを元気付け、民にも慕われ、知略に長け、容姿端麗で(これはオマケだ)、とにかく完璧としか言いようのないほどの尊敬できる人だった。実際、彼女の次に権力がある俺や、あと二人の彼と彼女だって彼女を尊敬していたし、そして同時に彼女には到底何もかも及ばないと感じていた。それほどのカリスマ性を、彼女は持っていた。
 だからこそ――なぜ彼女が今のタイミングで夜逃げなどという行動に出たのか。そんなことより大切なことがあるのも事実だけれど、やはり男はそれを気にせずにはいられなかった。
「……ははっ、なるほどな。『言動の九割は冗談』、か。よく言ったもんだ。今回は残りの一割の方だったってか」
 皮肉交じりに彼は一人呟く。
 昨日の何気ない普通の会話。あの時に実は示唆していたとは流石に思いもよらなかった。
「あんな会話で、本当に夜逃げするんだと思う奴なんていないっての、ったく……」
 誰に語るでもなく、男は疲れきった顔で再び呟いた。


「……で、私は夜逃げしたはいいとして、これからどうしよっかな」
 と、街道を歩きながら呟く女がいた。もちろん、リーダーである。
 とにかく夜逃げをしたので遠くに逃げよう……という考えの下、彼女はひたすらに歩き続ける(最初は走っていたが疲れたので)。
「夜逃げ……しちゃってもよかったのかなあ」
 今更ながらに考える。
 仮にも、どころか本当に一国の長だった彼女だ。いくら彼女なりの考えがあったとしても、その行為が正しいとは限らない。もしかしたら、ただ皆に迷惑をかけるだけなのかもしれない。そう彼女は考え、そして悩んでいた。
 いやまあもちろん既に夜逃げをしてしまっている以上、そう簡単に戻れもしないから今更悩んだって仕方ないのだが、それは彼女の責任感の強さを表しているのだろう。
「だけど……これは正しい未来じゃないと私は思うのよね……」
 彼女は言う。
 彼女はもちろん理由無しに夜逃げなどしたのではない。理由は、ある。けれど、それはとても一国の長が言うべきようなものでは決して無い。
 『戦いで全てを統一したところで、それは皆の幸せではない』。
 つまり、戦争で世界を統一したところで、それは本当に平和へと繋がるのか。それが彼女には疑問だったのだ。
 一つの国は、その国の中で全てを決めた方が幸せではないのか。無理に戦争をしかけることで、むしろ相手の国の人々の幸せを奪うことに繋がるのではないか。そう、彼女は考えていた。
 そんなことを言い出したらきりが無い。事実その通りだろう。
 けれど、一度そのことを考え出してからそう一度戦争を仕掛けるなどというのは、彼女には到底不可能なことだった。悲しくも、それが彼女の性だ。
 もちろん、今このタイミングで夜逃げをする事の方がよっぽど多くの人々の幸せを奪う事になるのではないか、ということは考えた。それもたぶん事実だろう、と彼女は感じている。
 結局のところ、彼女には何が正しくて、何が間違っているのか――それが分からないのだ。どちらも正しいように感じてしまう。そういうことだ。
 それでも、彼女は夜逃げするという選択肢を取った。彼女にとって何が正しいのかは分からなかったけれど……少なくとも、今のままよりはそっちの方が正しい。そう考えた末の、夜逃げだった。
「奇麗事よね……」
 こんなこと、許されるようなことではない。
 それは重々承知だ。
 あくまで彼女は『罪人』であって、『善人』ではない。
「今から戻ったら冗談で済ませてもらえるかしらね……」
 つい、そんなことも考えてしまう。
 だが、ここまできたならもう引けない。それもまた、彼女の性だった。
「……。よしっ!」
 彼女は自分に気合を入れる。
 いつまでも悩んでいても仕方が無い。自分のするべきことをしないといけない、と彼女は思った。
「まずは、私の思う、あるべき世界に戻すために協力者を集めないといけないよね。いくつかの国を回って説得してみようかな」
 自分で自分に言い聞かせる。
 これから、自分のするべき行動。それを再確認するかのように、彼女は復唱する。
(急いだって仕方が無い。たぶん皆は私の後始末で忙しいはずだから、まだ時間は結構あるはず……!)
 そう思って、彼女は走りはせず、あくまで歩いて街道を進む。
 一度決めたからには、その信念を貫き通すしかないと彼女は考えて。

       

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