Neetel Inside 文芸新都
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 メッサーナ軍三万と官軍四万が、原野に陣を敷いていた。クライヴの弓兵隊が横陣を展開し、射撃の用意を始めている。
 俺は千五百の騎馬隊と共に、陣の最後尾で待機していた。これはサウスに対する備えで、南で何か動きがあった場合、速やかに俺の遊撃隊はその迎撃に出なければならない。俺の側には軍師のヨハンが居て、共に馬上である。
 ピドナの前に陣を敷いた官軍は、今までに相手にしてきたそれとは違う何かを持っていた。それが何なのかは明確には言えないが、一筋縄ではいかないだろう。兵力差はほぼ拮抗しているが、こちらの五千は攻城部隊である。つまり、野戦として展開できるメッサーナ軍は、実質二万五千なのだ。遊撃隊である俺の騎馬隊は、サウスに対する備えで、自由に動くという訳にもいかない。
 苦しい戦いになる。正直、今の段階では勝てるかどうかは分からない。相手の指揮官はフランツの部下だと言うし、陣の敷き方を見てもこれと言う隙は見えないのだ。それに加え、南のサウスが動く、という懸念材料も抱えている。
 無論、戦はぶつかってみないと分からない事が多い。だから、気持ちが大事だった。精神論になるが、始めから負けると思っていれば、勝てるものも勝てなくなる。
 鐘が鳴った。
 総大将であるクライヴが、右手を上げた。弓兵隊が、一斉に前に出る。兵達が、矢を弓につがえた。
「放てぇっ」
 矢の嵐。天空が、矢で覆われた。陣の最後尾であるここからでは、まさにそれは矢の嵐にしか見えなかった。矢によって、敵の前衛が、少しずつ散っていく。だが、陣を崩す程では無かった。こちらの攻撃が終わるのを、ジッと待っているようにも見える。ひとしきり、矢を撃った。
 すると、今度は敵が矢の雨を降らせてきた。すぐに弓兵隊は下がり、シグナスとクリスの槍・戟兵隊と入れ換わる。大盾を持っているようだ。敵の矢は大盾に次々と突き刺さり、針鼠のようになっている。
 歩兵が大盾を捨てた。槍兵隊と戟兵隊が二人一組となり、前進する。それに合わせて、クライヴの弓兵隊が二つに割れた。側面から、援護射撃を浴びせている。
「そのまま突き進め」
 思わず、俺は声に出していた。敵の弓兵隊は縦二列となり、交代で矢を放っている。しかし、シグナス軍とクリス軍は止まらない。
 先頭を馬で突っ走るシグナスが、敵前衛に取りついた。一騎である。しかし、その一騎が、敵前衛を圧しまくっていた。敵が連続で宙へと放り出され、シグナスが槍を横に払えば、そこに空隙が出来る。
「あの無双ぶり、さすがに槍のシグナスですね」
 ヨハンが横で言った。俺の手は汗で濡れている。やはり、シグナスは強い。
 そのシグナスの周囲に、敵歩兵が群がっていく。
「早く抜け出ろ。囲まれるぞ」
 言っていた。
「大丈夫です、馬を返します」
 シグナスが敵をあしらいつつ下がる。それと入れ換わるかの如く、歩兵での乱戦が始まった。喊声が戦場を支配し、金属音がここまで聞こえてきた。
 クライヴの弓兵隊が、前進した。後方の騎馬隊に向けて、矢を放とうとしているのだろう。その中で、シーザー軍が妙に逸っていた。
「シーザー将軍が待ち切れるかどうか。これで戦の情勢は大きく変化します」
 ヨハンには、戦の一手、二手の先が見えているのだろう。これは軍師の眼であり、才能の一つだ。俺には、そういった才はない。戦全体の情勢よりも、一軍の情勢の把握に走ってしまう。
 敵の騎馬隊が、クライヴの弓を鬱陶しがるかのように、突撃を開始した。それに呼応するかの如く、シーザーの騎馬隊が動く。戦場が轟きをあげた。騎馬隊同士がぶつかり合いを始めたのだ。
 情勢が、少しずつ変化を迎えていた。
「歩兵が」
 押され始めている。兵力差がそれの要因だろう。これを押し返すには、騎馬隊の力が必要だ。敵の歩兵の中を騎馬が一回でも突っ切れば、それで敵は算を乱す。そうなれば、歩兵は楽になるのだ。だが、シーザーは敵の騎馬隊の相手に夢中だった。
「あの馬鹿」
 剣の束に手をやった。俺の遊撃隊で。
「駄目です、ロアーヌ将軍」
 ヨハンが手で制してきた。
「歩兵が押されている。シーザーの視野が狭い」
「違います。シーザー将軍は騎馬隊の相手に手一杯なのですよ。それだけ、相手が手強い」
 ヨハンの語気が、僅かに強くなっている事に俺は気付いた。
「俺の遊撃隊で」
「駄目です、サウス軍に対する備えがなくなります」
「来るかどうかも分からない軍だ」
「あなたが献策されたのですよ、ロアーヌ将軍」
 言われて、舌打ちした。やはり、俺は現場の人間らしい。つまり、戦人(いくさびと)なのだ。どこか、冷静になり切れない。兵と共に戦っている方が、落ち着ける。そんな気がするほどだ。
「ルイスが居ます。何とかするはずです」
 何ができるのだ。クリスとシグナスは押され気味で、シーザーは敵の騎馬隊で手一杯だ。クライヴの弓兵隊は乱戦では役には立たない。五千の攻城部隊もそれは同じだ。何ができる。
 その時だった。斥候が、駆けてきた。
「サウス軍が動きました。編成は騎馬隊のみ。疾走してきます」
「来ましたね。しかし、騎馬隊のみとは」
 ヨハンが僅かに考えるような表情を見せた。
「数は分かりますか?」
「およそ、三千」
 俺の遊撃隊の二倍だ。だが、二倍なら抑えられる。
「やはり、ここは出鼻をくじきましょう。手筈通り、攻城部隊五百を連れていきます」
 俺は頷き、兵を呼んだ。伝令を担う兵である。
「クライヴ将軍に伝令です。ロアーヌ・ヨハンの両名はサウス軍迎撃に向かう。攻城部隊五百と共に、隘路にて迎撃戦を展開予定」
 兵がヨハンの伝令を復唱し、駆け去っていく。
「さぁ、行きましょうか」
「あぁ」
 返事をして、俺は前線に目をやった。まだ、歩兵は押され続けている。一体、どこまで踏ん張れるのか。
「ルイスを信じましょう。私達は、サウスを抑えます。しかし、この戦況では、シーザー将軍は私達の方には来れないでしょうね」
 ヨハンが言った。つまり、俺の騎馬隊だけでサウスを抑えなければならない、という事だ。だが、元より、俺はそのつもりだった。いや、それだけではない。俺はサウスの首を取る。
 前線から、目を離した。
「進発。行軍速度は通常の二倍。攻城部隊は遅れを取るな」
 声をあげ、俺は馬腹を蹴った。

       

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