Neetel Inside 文芸新都
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 兵糧を都から運び込ませていた。
 俺は今、コモン関所に居る。この関所はピドナと都を繋ぐ役目を果たしており、関所自体は数百年前に築かれたものである。当時は外敵を防ぐ目的で建造されたらしいのだが、その数十年後には国の天下統一の為の拠点となった。数百年前の王は、ここに腰を据えて、東を統一したのだ。だが、今はその東が乱れている。メッサーナという反乱軍の手によってだ。そして、ついにはピドナが陥落した。そのメッサーナの次の狙いは、この関所だろう。
 戦の時が近い。だから、俺は兵糧をコモンに運び込ませていた。コモン関所の弱点はこの兵糧である。関所そのものは石造りのおかげか頑強で、火攻めにも屈しない。しかし、周囲には畑が無かった。つまり、関所単体では食料を確保できないのだ。だから、これについては後方からの輸送に頼らねばならない。
 兵糧は関所とは別の場所に保管させていた。関所の中にも蔵はあるのだが、小さいのである。保管できても、それはせいぜい一週間分ぐらいなもので、籠城戦となれば一週間などあってないようなものだった。
 今回の戦は難しいものになるだろう。まず最初に選択しなければならないのは、こちらから攻め込むか否かである。今まで、官軍はメッサーナに対しては防戦一方だった。攻められて、防衛する。しかし、負ける。この繰り返しだった。例外としてはタンメルとかいう屑が攻めただけで、これはメッサーナを勢い付かせただけだ。フランツが攻めるように命令したという噂だから、あいつがタンメルを使って、何か小細工を弄したのかもしれない。
 南方の雄と呼ばれた俺が防衛をするのか。そう考えると、どこか自嘲に似た思いが沸き起こって来る。南での防戦は、ただの腰抜けとされていた。異民族どもは血気盛んで、身を縮こまらせていると調子に乗って来る。だから、こちらから攻めた方が良かった。それでも最初の方は、俺も混乱するばかりで、よく負けたものだった。南の異民族の間には兵法というものが存在しておらず、良く言えば奇をてらった、悪く言えば滅茶苦茶な戦法ばかりだったのだ。
 だが、今回の相手はメッサーナだ。兵法を知り、政治を知り、軍事を知る者たちが集まる軍である。しかし、俺が防衛をするのか。
「ウィンセ、兵糧はきちんと貯め込まれているのか?」
 俺は城塔に立って、兵の調練を眺めていた。俺の調練は普通とは違って、とにかく兵を走らせる。体力を付けさせるのだ。戦では機動力がものを言う時が多い。それは追撃でもそうだし、逃走でも同じだ。最終的にはどれだけ敵を討ち、どれだけ犠牲を出さないかが勝敗を決める。だから、戦では機動力が最も重要だと俺は考えていた。
「はい。すでに半年分ほどは貯め込んでいます。籠城戦をするにしても、こちらから攻め込むにしても、十分な量でしょう」
 物言いが小憎(こにく)らしい。俺はそう思った。ウィンセは、まだ二十代半ばの若僧だ。俺はすでに四十の半ばを過ぎている。しかし、ウィンセは能力はある男だ。兵を指揮させても非凡なものを見せるし、ウィンセ自身の武芸も中々のものである。先の戦では、獅子軍のシーザーに重傷を負わせたとの話だったが、それも頷ける程の手並みだった。さすがにフランツのお気に入りである。今は俺の副官なのだが、これは形だけの事で、蓋を開ければフランツが寄越してきた助っ人のようなものだった。
「俺は攻めようと思ってるんだがな」
「フランツ様もそうされるだろう、と申していました」
 ウィンセのその言葉に、俺は舌打ちした。政治家如きの言いなりか。そう言おうと思ったが、抑えた。相手は若僧なのだ。ムキになる必要もない。
「メッサーナは攻めさせると手強い。これは軍の強さ、という意味ではなくてな」
 どこか、戦をやらせるのが上手い。つまり、軍を外に出させるのが上手いのだ。ピドナにしてもそうだったが、ただ単に籠城していれば陥落する事は無かったはずだ。もしくは、俺の援軍が辿り着けていれば、である。あの時はロアーヌの遊撃隊に阻まれ、俺は援軍には行けなかった。
「戦ってみたい、そう思わせる何かを、メッサーナ軍は持っているのでしょうか」
「かもしれん。少なくとも、ピドナは籠城していれば良かった。だが、フランツの部下は何故か陣を敷いた。その何故か、という部分が俺には分かる気がする」
 血が騒ぐ。結局は、こういう事だろう。
「だから、サウス将軍は攻めますか」
「そうした方が楽しめそうだろう」
「しかし、剣のロアーヌ、槍のシグナスが居ます。それに獅子軍のシーザーも」
「だからだ。特にロアーヌとシグナスの二人とはやり合ってみたい。出来れば単体ではなく、組み合わせとしてな」
「慢心は敗北を招きます」
「この俺が慢心だと? 違うな。これは自信だ。俺には戦の実績がある。そして、俺を補佐するお前が居る」
「策謀家のルイスも居ます。メッサーナは手強いと思うのですが」
「お前、俺に籠城戦をしろ、と言っているのか?」
「そうではありません。しかし、フランツ様はこの関所を守れるかどうか、という事を一つの局面として考えておられます」
 正論だろう。俺はそう思った。この関所を抜かれたら、東に対する壁が存在しなくなる。そうなればメッサーナは、一つ一つ、蚕が桑の葉を食べるようにして街を落として行けば良い。それは少しずつ都へと接近し、いつの間にか兵力も物産も逆転する事になるだろう。だから、関所を抜かれた時点で、国は守りを主体とした姿勢を変えなければならない。つまり、国がメッサーナを攻める、という状況になるという事だ。
 密かに、俺はそれを望んでいた。何故なら、国がメッサーナを攻めなければならない、という事は、軍が力を持たなければならない、という事になるからだ。そうなれば、地方に散らばった将軍達にも権力が戻る。軍は活性化し、フランツのような政治家などよりも、大将軍を筆頭にした軍人が力を持つようにもなる。
 今は官軍の兵が弱兵である。俺が前線に戻って来て、前線の兵はそうではなくなったが、戦とは無縁の地域に駐屯する兵は未だに軟弱な者ばかりだ。だから、今、国からメッサーナ軍を攻めたとしても、それはいたずらに死者を出すだけだろう。こういった意味でも、関所は抜かれた方が良い。そうすれば、軍はきちんと再生できる。
 だが、戦の勝敗は別だった。コモン関所の総指揮官はこの俺で、負ける事など考えてもいない。むしろ、勝つ。そのために俺は兵を鍛え、攻めようとしているのだ。
「そういえば、面白い情報を手に入れたぞ、ウィンセ」
 ふと思い出して、俺は口を開いた。
 ピドナには間者を送り込んでいた。間者には、戦に関わる事はもちろんだが、猛者どもの身辺情報も調べさせている。そこから、何か掴めるかもしれないのだ。中でも、ロアーヌが俺との戦の敗北から立ち直り、あのスズメバチ軍を尚も強化中だという話は、俺の中の何かを熱くさせた。
 そして、もう一つ。
「シグナスが妻を娶ったそうだ」
「? それが何か」
「分からんのか」
 俺は微かに笑った。まぁ、まだ若い。だから、女の持つ力も知らないだろう。
「まぁ、いい。シグナスが結婚した。そうフランツに報告しておけ」
 それだけ言うと、俺はピドナのある方角へと眼をやった。
「戦が近い。ロアーヌとシグナス。南方の雄であるこの俺に、お前達は勝てるのか」
 そして、スズメバチ。アレと、もう一度戦える。
 今夜は女を抱く回数が増えそうだ。俺は、そう思った。

       

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