Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第八章 天翔

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 風が冷たかった。冬の訪れである。俺は、それを軍営の中で迎えた。
 俺はピドナを攻めるべく、四万の兵を率いていた。総大将は当然、この俺だが、副官にはウィンセを据えた。冷静な判断力と堅実な戦運び。これを俺は買ったのだ。
 コモン関所の留守を守るのは、フランツのもう一人の部下で、関所には二万の兵が居た。俺の軍を抜かない限り、メッサーナがコモンに迫る事は無いのだが、念のため、というやつである。油断は敗北を招く。これは南で何度も経験した事だ。だから、守りにも抜かりはないようにした。懸念はフランツの部下が若いという事だが、他に留守を任せられる人材は居なかった。
 俺は進軍しつつ斥候を放ち、ピドナの様子を探らせていた。メッサーナは、すでに俺が出陣した事は察知しているらしく、ピドナは戦の準備で軍が慌ただしくなっているという。
 どこが戦場になるのか。今回の戦は、この点が重要である。メッサーナ軍がピドナの前面に陣を敷けば、これは厄介な事になる。すぐ後ろにピドナという名の逃げ込む場所があるからだ。籠城戦となると、俺の軍は不利だ。攻城兵器は持って来ていないから、囲んでいる最中にそれを輸送させる必要も出てくる。
 ピドナより離れた場所が戦場になれば良い。俺はそう思った。野戦でなら、メッサーナ軍を思う存分に叩き潰せる。やはり戦は、兵と兵のぶつかり合いこそが醍醐味だった。
 おそらくだが、メッサーナはピドナより離れた場所を戦場に選ぶだろう。都市近郊で戦が起きれば、その都市は荒れる。特にメッサーナはピドナを手に入れてから、それほど時が経っていない。だから、メッサーナは都市近郊での戦はやりたがらないはずだ。
 翌朝、斥候が新しく情報を持って帰って来た。この先の原野で、メッサーナ軍は布陣を開始したらしい。ピドナはそれの後方である。距離で言えば、馬で駆けて半日程度のものだが、これでピドナが戦で荒れる事はないだろう。
「強気だな、メッサーナは。ピドナを背にして戦うつもりはないらしいぞ」
 俺は馬上でウィンセに話しかけた。戦場では俺が主軍を率いて、ウィンセは副軍を率いる。
「これまで勝ち続けた軍です。唯一、負けたのはロアーヌ軍ぐらいなもので、これは局地戦でした」
 だから、全体的な負けではない。メッサーナからしてみれば、ロアーヌ一人が負けた。ただこれだけの話だ。
「俺はナメられているのかな」
「それはないでしょう。むしろ、畏怖されているのでは、と思いますが」
 相変わらず、ウィンセの物言いは小憎らしい。こういうクサい台詞を涼しい顔で言ったりする所も、俺は嫌いだった。
「まぁ、いい。戦ではお前の働きに期待させてもらうぞ」
「はい。しかし、戦は変幻です。私はまだ若く、サウス将軍の実績には及びません。だから、大きな所は」
「わかっている。いちいち、うるさい奴だ。俺はとりあえず、ロアーヌとシグナスを叩き潰したい。あの若僧どもは、官軍時代から名を売っていた。軍人としての資質もピカイチなんだろう」
「シグナスはそれほど大きな経験を積んでいません。戦を分析する限りでも、ルイスという軍師の力がシグナスを引き立てています」
 フランツはこういう戦の分析もやっていた。これは結構、的を得ており、俺の戦の良い点、悪い点を言い当てられたりもした。だから、ウィンセの言っている事には信憑性がある。だが、確実とは言えない。所詮は政治家の分析で、現場で動く軍人のそれとは比べ物にならないのだ。
「しかし、ロアーヌは負けを経験しました」
「だから?」
「以前、戦った時よりも手強くなっていると考えて間違いありません」
 それを聞いて、俺は鼻で笑った。分かり切った事を。それを涼しい顔で言ったのも、どこか腹が立つ。
 当然、ロアーヌは以前より手強くなっているはずだ。以前の戦のロアーヌは、前しか見れていない猪のようなものだった。俺の顔を見た途端に、遮二無二突っ込んできたのだ。総大将の首を取れば、それで戦が終わる。これを考えていたのだろう。
 はっきり言って、間抜けだった。あの時、俺はわざと顔を見せたのだ。これで誘引できれば儲けものだろう、という程度の考えだったのだが、あいつは突っ込んできた。あの様は、間抜けという他にない。
 あぁいう冷静という名の皮を被った人間こそ、内には熱いものを持っている。おそらく、シグナスでは突っ込んでは来なかった。そういう意味では、ロアーヌの方が手玉に取りやすい。
「サウス将軍、そろそろ陣を組ませた方が」
「良いだろう。主軍は横陣。騎馬を中央。槍、戟は左右に置く。あとは敵陣を見て決めるぞ」
 ウィンセが伝令を呼び、俺の言った事を復唱した。すぐ兵達が陣を組み始める。
「出陣前に、もっと女を多く抱いておけば良かったな。興奮しちまってる」
 情欲が、微かに股間を熱くさせていた。俺の戦での興奮は、どこか情欲と似ている。
 それから少し進軍すると、メッサーナ軍の陣が見えてきた。旗が何本も立っている。中央にシーザー、右翼、左翼にシグナスとクリスが居る。陣構えはこちらとほぼ同じである。ロアーヌの遊撃隊はシグナスの側に居て、あの軍だけは他とは違う気を放っていた。
 俺は軍の先頭に馬を進めた。すでに両軍は陣を組んでおり、あとは戦の開始を待つだけだ。
「南方の雄、サウスがお前達を踏み潰す。何か言う事はあるか、雑魚どもっ」
 声が響き渡った。
「俺の槍で、お前を貫く。棺桶の準備は良いのかっ」
 シグナスの声だった。よく通る、良い声だ。槍兵隊もはやし立てている。
「棺桶ならあるぞ。俺のではなく、お前のだがな」
 俺がそう叫ぶと、兵達が笑い声をあげた。シグナスは歯を食い縛らせている。
 右腕をあげる。兵達の笑い声が止んだ。
「勝負だ」
 呟く。
 瞬間、角笛が鳴った。戦の開始の合図だ。
「シーザー軍を調子付かせるな。まずはこれを止める。ウィンセ、横から衝け」
 俺が指示を出すと、ウィンセはすぐに副軍の方へと駆けて行った。
 シーザーが偃月刀を天に掲げ、それを振り下ろす。突撃の合図。喊声。突っ込んできた。さらにそれに呼応し、シグナスとクリスも駆けてくる。
 どいつからあしらうか。シグナスか、シーザーか。クリスは後方で指揮を執るタイプの将軍らしく、前には出てきていない。
 鎖鎌を構えた。
「騎馬、突っ込めっ」
 叫んで、俺も駆けた。歩兵も走り出している。
 ぶつかった。重圧。それを一瞬で感じた。シーザーの騎馬隊の方が圧力は上だ。だが、耐えさせた。ここで退けば、踏み潰される。
 頭上で分銅を振り回した。そして、手当たり次第に敵兵の頭をカチ割っていく。敵騎兵の槍。かわし、鎌で首を飛ばした。
「サウス、覚悟しやがれっ」
 怒号。シーザーだった。偃月刀を振りかぶっている。
 こういう馬鹿はまともに相手にしない事だ。俺は腰元から吹き矢を抜き取り、それを口にくわえた。これで、シーザーには退場してもらう。
「吹き矢だ、シーザーっ」
 右。シグナスだ。馬に乗っている。
 槍を振り回し、兵をなぎ倒しまくっている。懸命に味方の兵が遮ろうとしているが、撥ね上げられ、突き殺され、まるで無人の野を行く勢いだ。このままでは、俺に迫って来る。あれとまともにやり合うのは、上策とは言えない。
 右手を上げた。すぐに麾下の三百が集まって来た。旗も振らせる。ここに敵の大将が二人も居るぞ、突っ込んで来い。ウィンセにそう指示を出したのだ。
 シーザーが突っ込んできた。麾下が遮る。だが、止められていない。
 吹き矢を放った。甲高い金属の音。偃月刀で弾き飛ばされた。
「セコいな、南方の雄。俺とまともに打ち合えねぇのか」
「俺はもう四十半ばのオヤジだ。若い奴の相手など出来ん」
「ほざいてろっ」
 偃月刀。かわす。分銅を飛ばすが、それも弾き返された。
 その瞬間、メッサーナ軍が浮ついた。ウィンセが横から衝いたのだ。本来ならば、これで攻勢に出れば良い。だが、まだ動いてない軍が一つある。
 メッサーナ軍、最強の騎馬隊。スズメバチ。
「剣のロアーヌ。まだ、お前は動いていないっ」
 吼えた。分銅を飛ばし、敵兵の頭を割った。シーザーが馬を返して、退いていく。だが、追わなかった。まだ、攻勢に出る時機ではない。まだ、あの軍を引っ張り出していない。
「俺はここだぞ、剣のロアーヌっ」

       

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