Neetel Inside 文芸新都
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 私がシグナス槍兵隊に入ってから、数ヶ月が経とうとしていた。
 この数ヶ月で、いくつか分かった事がある。一つは、シグナスとその周囲の人間の絆の強さだ。特にロアーヌとの絆の強さは相当なもので、これを崩す事は不可能に思えた。互いが互いを信頼し、助け合う。特に精神面でのそれは、家族以上のものかもしれない。
 私には家族が居なかった。家族どころか、親しい人間さえも居ない。唯一、師だけが居たが、それも自分の手で殺めた。だから、私は絆というものを知らなかった。
 だが、今の私はナイツである。ナイツはごく普通の家庭で育ち、両親からの愛情を一身に受けて育った。そして、国を倒す、という強い志を持ってメッサーナの兵になったのだ。
 メッサーナからシグナスを切り離す。私は、この任務を遂行するためにここに居る。そのために、私はナイツになっている。だが、シグナスと共に過ごせば過ごすほど、メッサーナから官軍に寝返らせるのは無理だという風に思えた。ここには、シグナスにとって国に無い物が多すぎる。それは親友や戦友であったり、家族であったりする。これは何物にも代え難いだろう。私は闇の中で生きてきたために、これらとは無縁だったが、理解はできるつもりだった。
 寝返らせるのが無理ならば、やはり殺すしかない。元々、そういう任務だったのだ。これは別段、難しい事ではない。今、シグナスは私の事を気に入り始めているし、このまま接し続ければやがて副官に抜擢されるだろう。あとは家族への想いを利用して、シグナスの命を奪えば良い。
 筋書きは完全に出来ていた。といより、最初から殺すつもりだったのかもしれない。私はシグナスが嫌いなのだ。真っ直ぐ過ぎる。明るすぎる。これだけでも殺す価値はあるだろう。
 しかし、嫌いというのは私情であり、感情だった。私は今まで、任務に感情を伴った事は無い。だから私は、これに対して微かな不安を抱いていた。感情は任務遂行の妨げになりかねない。自分では上手くやっているつもりでも、実際はそうではなかった、というのが起こり得る。だから、任務に感情を持ちだすのは一つの禁忌と言っても過言ではなかった。
 だが、自覚は出来ている。ならば後は、全ての事に細心の注意を払う事だろう。そして、出来る事ならば感情を消す。そうすれば、自ずと結果もついてくるというものだ。
「シグナス、居るか」
 私が軍議室の中で業務をやっていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
 剣のロアーヌの声である。
「入るぞ」
 扉が開けられた。軍議室の中に居るのは私だけで、他には誰も居ない。
「シグナスはどうした?」
 毎回、思うが、この男の眼は何か違和感がある。冷たいようで、冷たくない。決して熱くはないのに、冷淡とは思わせない。話してみると、闇の人間に合いそうなのだが、眼を見ると違うな、とも思わせる。
「さぁ、わかりません」
「調練場に居なかったので、ここだろうと思ったのだがな」
「はぁ。では、家ではないでしょうか」
 シグナスには息子が居て、この所は家に帰るのが早い。だが、軍務はきちんとこなしていて、調練も厳しいものだった。
「息子が風邪を引いたと言っていたからな。有り得るかもしれん」
「風邪ですか。それは大変ですね」
 これで会話が終わった。話そうと思えば、いくらでも話せるが、ナイツは話したがらないだろう。ロアーヌのような人間は不得手なのだ。
「最近、シグナスからお前の名前がよく出る」
 不意に、ロアーヌが言った。眼の光が強い。それに気圧されそうになった。
「お前には何か、影があるという気がする。これは俺の勘だがな」
 言われて、ゾクリとした。ロアーヌの眼が私を射抜いてくる。だが、慌てなかった。こういう事は何度もあったのだ。
「誰にでも影はあると思います」
 神妙な口調で、私は言った。笑って誤魔化そうとすれば、疑心を深めるだけだ。
「まぁ、それもそうだな。話は変わるが、お前は近い内に、副官に抜擢されるかもしれん」
「何を。私はそんな器ではありません」
「それを決めるのはシグナスだ」
「はい」
 私がそう言うと、ロアーヌは口元だけに笑みを浮かべた。そして、部屋を出て行く。
 探りを入れてきた、と私は思った。ロアーヌの真意は読めないが、そう考えた方が良い。そしてやはり、感情が任務の妨げになっている。ロアーヌがどうやって、疑心にまで辿り着いたのかは分からないが、感情がその一端を担っているというのは否めない。
 気を引き締めた。そして、もう一度ナイツを自分に刻み込んだ。そうして、確実にシグナスを殺す。
 ロアーヌは、私が副官に抜擢されるかもしれない、と言っていた。もしこれが本当なら、任務の成功に大きく近付く事にはなる。今はとにかく、シグナス本人と、その周囲の人間に近付く事だった。それも信頼される形で、だ。そういう意味では、ロアーヌは最も手強い相手だろう。
 だが、着実に成功に近付いている。このまま順調に行けば、戦の準備が整うまでにはシグナスを殺す事が出来るはずだ。
 油断はしない。言葉にはせず、心の中で言った。何故なら、扉の向こうに人の気配があったからだ。
 剣のロアーヌの、気配だった。

       

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