Neetel Inside 文芸新都
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 レンが、木の棒を懸命に振り回していた。まだ足元はおぼつか無いようで、棒を一振りすると身体がよろけている。
「やり、やり」
「それは槍ではない。木の棒だ」
 俺がそう言うと、レンは再び無邪気に棒を振り始めた。
 外に目をやった。
 闇夜だ。街の方では、まだ灯りがともってはいるが、すでに時刻は宵を過ぎている。
 俺は、街から妙なざわつきを感じていた。今日、何かが起こる。それもシグナス絡みでだ。はっきり言って、確証などは無い。だが、予感だけは強くあった。これは武人としての勘で、殺気を感じ取った事に似ていた。
 それで俺は、シグナスの家に行ってレンを借りてきたのだ。これは別に珍しい事ではない。これまでに何度も、俺はレンと遊んでやった事があるのだ。
 最善としては、俺がシグナスの家に居る事が望ましかった。しかし、それはやめておいた。何かが起こるのならば、全ての事が出来る限りいつも通りでなければならない。俺が今回、妙なざわつきを感じ取れた事は、何らかの天命だと思えた。次は感じ取る事すらも出来ないかもしれない。だから、俺はここであえて何かを起こそう、と判断したのだ。
 そして、レンを俺の側に置いておけば、異変を察知しやすくなる。何故なら、何もなければ、シグナスかサラがレンを引き取りにやってくるはずだからだ。
 一時間ほどが経った。レンは遊び疲れたのか、大人しくなっている。だが、シグナスもサラもやってくる気配はない。
 立ち上がった。傍に立てかけてある剣を腰に佩く。
「ランド、居るか」
 声をあげた。ランドは俺の従者である。ランドは無口な所があるが、仕事はきちんとこなす男だった。俺との付き合いも長い。
「お呼びでしょうか」
「あぁ。シグナスを探してくる」
「わかりました。レン様は?」
「シーザーかクリスの所に連れて行け。それと俺の部下を護衛につけろ」
 レンが危険に晒される。これだけは絶対に食い止めなければならない。
「承知しました」
「頼んだぞ」
 言って、家を出た。そして、すぐに馬に乗った。とりあえず、シグナスの家に向かう。
 何も起こっていない、という事はもう考えられなかった。何かが起きている。それも悪い事だ。
 俺の中の何かが、ナイツは信用するな、と言っていた。だから、俺はヨハンに相談して、ナイツに監視をつけたのだ。しかし、それで全てが万全だったと言えるのか。もし、ナイツが監視の目をかいくぐっていたら。
 焦燥感が全身を支配していた。
「急がなければ」
 馬腹を蹴る。疾駆させた。
 シグナスの家。明るいままだ。だが、人の気配が無い。
「馬鹿な」
 玄関の戸が、開いたままだった。家の中の様子を窺うと、やはり誰も居ない。何か妙な痕跡は無いか。外に出て、闇夜の中で目をこらす。
 その瞬間、何かが身体を貫いた。シグナスの鋭気。
「呼んでいる」
 馬に飛び乗った。
 シグナスが俺を呼んでいる。地面に目をこらした。馬の蹄の跡がある。それはずっと続いていて、タフターン山の方に向かっているようだ。
 すぐに駆け出した。
「あいつ、何で一人で」
 何故、誰にも何も言わずに行ったのか。無論、シグナスがタフターン山に居る証拠はない。だが、シグナスは居る。これは確信だ。
 一人で行ったという事は、何か急ぐ理由があったという事だ。ならば、サラの身に何かあったのか。もしくは、何かがあった現場に出くわしたのかもしれない。どの道、急いだ方が良い。
 暗殺。不意に、これが頭の中を過った。
 もし、国がシグナス一人に狙いを絞り、暗殺を企てていたとしたら。仮にそうだとしたら、俺やヨハンの見解はかなり甘かったという事になる。俺達はあくまで、離間の計に的を絞っていたからだ。
 いや、ヨハンなら暗殺にも目を配っていたはずだ。だが、それすらも凌がれたとしたら。もっと言えば、メッサーナの間諜部隊を遥かに凌ぐ闇の部隊を、国が擁していたら。
 事態は、かなり重くなっている。もしかしたら、間に合わないかもしれない。そう考えた時、息が乱れた。身体の内側が、不快にざわついている。
 馬を疾駆させた。疾駆させながら、麾下だけでも一緒に連れて来れば良かったかもしれない、と思った。シグナス暗殺が本当に行われているとしたら、軍を連れてきた方が良い。だが、時間はない。だから、俺一人だけでも。
 タフターン山が見えた。山全体が、殺気に覆われている。強すぎる殺気だ。戦場ですら、こんな殺気は感じられない。
 嫌な予感が強くなった。
 山に駆け込む。戦闘の形跡。やはり、シグナスはここに居る。ちょっと進むと、死体が散乱していた。全員、覆面に黒装束で、闇夜に紛れて動くのに適している外装だ。武器は短剣で、これも動きやすさを重視している。
「やはり」
 闇の軍。国は闇を専門にする軍を擁していた。それも、メッサーナのような間諜のみを行う温い軍じゃない。きちんと戦闘をこなし、本格的に人の命を闇夜に葬る事ができる軍を、国は擁している。
「シグナスっ」
 叫んだ。殺気はずっと先にあって、シグナスの鋭気もそこにある。
 闘っているのか。たった独りで、闇の軍を相手に。
 槍のシグナスならば、切り抜けられるはずだ。当然、この思いはあった。あいつは、天下無敵、天下最強の槍使いなのだ。だから、戦闘で死ぬはずがない。
 だが、この胸騒ぎはなんだ。
「死ぬなよ。俺が行くまで、死ぬなよ」
 呟く。俺は、馬腹を蹴り続けた。

       

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