Neetel Inside 文芸新都
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 弓騎兵隊一万が先行中。先に放っていた斥候が、そういう情報を持ち帰って来ていた。
 今回、出陣している将軍は俺とクライヴのみで、他に兵の指揮が出来るのは大隊長のアクトのみだった。軍師としてはヨハンが従軍してきており、残りの者はピドナで防衛任務である。だが、サウスに動きはないようだった。
「弓騎兵隊が出てくるとは、バロンが自ら指揮を執っている可能性が高いな」
 クライヴが、ぽつりと言った。いつもの貧乏ゆすりで、膝が小刻みに動いている。
「そのバロンという男、戦は上手いのですか?」
「上手い。だが、サウス程の老練さはないだろう。軍歴も、お前よりいくらか上なだけだ、ロアーヌ」
「しかし、今回の構成、攻撃力が決定的に足りない気がするのです」
 不意にヨハンが言った。アクトは無言で地図に見入っている。エイン平原の地形を頭に叩き込もうとしているのだろう。
「シーザー将軍がおられない。獅子軍の攻撃力は、やはり欲しい」
 もしくはシグナス。だが、それは誰も口には出さなかった。
「バロンはサウスのように大胆な戦法は取らん。むしろ、きめ細かな戦い方を好む所がある。名門出の特徴の一つだ」
「詳しいですね、クライヴ将軍」
「弓術をたしなむ者であれば、バロンをよく知りたくもなるのだ、ロアーヌ」
「それほどの腕で?」
「槍で言えばシグナス。剣で言えばお前のような男だ。そして戦が上手い。ただ、感情的な所がある。これが唯一にして最大の欠点だ」
「どちらにしても、迎撃はしなくてはなりますまい」
 ヨハンが言った。
「俺のスズメバチで迎撃する」
「それしかないでしょうね。弓騎兵隊単体に対して、歩兵とはいかにも相性が悪すぎる」
 機動力が違いすぎる。これは致命的である。それにこれは、前哨戦のようなものだろう。とは言っても、勝っておきたいのが本音である。どんな戦であるにせよ、勝てば勢いに繋がるのだ。
「しかし、出陣の意図が読めません。弓騎兵隊単体で先行してくる意味がない。そして、バロンが自ら出てくる事も」
「感情で出陣したのではないのか?」
 言って、クライヴが鼻で笑った。
「ヨハン、お前は考え過ぎる所がある。敵が出てきた。だから迎え撃つ。それで良いだろう。あとは軍師として、ロアーヌに策を授けろ」
 そう言われて、ヨハンは頭を掻いた。
「それもそうですね。失敬いたしました。ロアーヌ将軍のスズメバチは僅かに千五百。対する相手は一万。つまり、数の優位はあちらにある。まずは、様子見で戦を展開してください」
「そのつもりだ」
「さらに、エイン平原には丘が多数あります。これは逆落としで使える。実際に使えるかどうかは、ロアーヌ将軍の目で」
 要は、この段階ではバロンとまともにぶつかるな、という事だった。ヨハンらしいと言えばヨハンらしいが、少し慎重過ぎる。ルイスなら、突撃の一回ぐらい命じてくるだろう。そして、勝てそうなら勝つ。ルイスなら、そういう指示を出すはずだ。
「バロンの弓の腕を忘れていませんか、ロアーヌ将軍。相手は走る弓兵です。騎馬隊で崩す相手ではありません」
 まるで俺の心の内を見透かしたかのように、ヨハンが言った。
「この戦で大事なのは、自分と相手の力量をはかる事。これまで、敵にはロアーヌ将軍のスズメバチ隊に比肩する騎馬隊は居ませんでした。しかし、弓騎兵隊は違うかもしれない。これを念頭に置いてください」
「分かった」
「ご武運を祈ります」
 二コリと笑うヨハンを背にして、俺は幕舎を出た。
 すぐに部下を招集し、戦の準備を整えさせた。今回の戦では、弓と歩兵が主力となってくる。だからではないが、俺の騎馬隊も重装備で固めようかと思ったが、それはやめておいた。俺の軍はスズメバチなのだ。速く、鋭く、細かくなければならない。重装備にすれば、それが殺される。
「進発するっ」
 声をあげた。
 一斉に千五百騎が動き始める。
 鷹の目、バロン。一体、どういう男なのか。あのクライヴが、高く評価した男だ。少なくとも、甘くはないだろう。俺の中で、手強い将軍は何人かいるが、その中での筆頭はサウスである。あのサウスに比肩し得るのか。
 エイン平原が見えてきた。両脇に丘が四つ。まず、これを頭の中に叩き込んだ。地形は弓の盾にもなる。抗しきれなくなったら、ここに拠る事も大事なのだ。
 土煙。前方。同時に馬蹄が聞こえてきた。バロンの弓騎兵隊のものだろう。さすがに一万ともなると、馬蹄はさながら地鳴りのようである。
 相手はすでに戦闘態勢なのか。これを思ったが、土煙に加え、距離が遠すぎてよく様子が見えない。ただ、バロンも斥候を放ち、俺の存在を知っているはずだ。
「全員」
 武器構え、そう言おうとした瞬間だった。風が鳴った。光、いや。
「まずいっ」
 剣を抜いていた。同時に振る。金属音。何かが虚空に消えた。
 何か。一体、何に向けて剣を振ったのか。光。そうとしか言えない。
「矢です、将軍。矢ですよ」
 後ろで部下が呻くように言った、手が、痺れている。
 矢だと。こんな距離から。
 刹那、また光。剣を振る。僅かに剣の軌跡が捻じ曲げられていた。重い。そして速い。矢だと意識して、やっと矢と分かった。それまでは、光としか思えなかった。
 だが、こんな距離から。しかも、この威力。そして何より、照準精度が凄まじい。俺の眉間を目がけて、寸分すらも違わずに矢が飛んできたのだ。それも二度連続。
「鷹の目、バロン」
 強敵。シグナス以来の、血の騒ぎようだった。

       

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