Neetel Inside 文芸新都
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 弓騎兵隊一万が、風を切って原野を駆け抜ける。
 メッサーナ軍で手強いのは、ロアーヌのスズメバチだけではなかった。槍のシグナスが遺した槍兵隊、クライヴが率いる弓兵隊。これらは、私が想像していたものよりも、数段、手強かった。いや、もしかしたら、こちらの歩兵を上回っているかもしれない。何度、攻め立てようとも、メッサーナ軍は一向に崩れる気配を見せなかったのだ。指揮はシルベンだが、遠目からみても問題のない、むしろ的確な指揮だった。しかしそれでも、メッサーナ軍は持ち応えた。それ所か、さらに闘志を倍増させて、こちらの士気を削いできた。
 兵力では勝っている。こちらは五万で、メッサーナ軍は三万なのだ。しかしそれでも、私達の方が劣勢だった。まだロアーヌのスズメバチは動いていない。それなのに、劣勢だった。
 特に、シグナスの遺した槍兵隊の活躍ぶりには、目を見張るものがあった。あの針鼠のような円陣は、まさに要塞だ。あれは対騎馬を徹底しており、戦法うんぬんの話ではなく、騎馬という兵科で崩すのは不可能に思えた。勢いを乗せた突撃でも、跳ね返されたのだ。かといって、歩兵で崩すのも難しい。クライヴの弓兵隊が援護に回っているからだ。だから、槍兵隊を崩すには、まずはクライヴを蹴散らす必要があった。
 このクライヴを蹴散らすのは騎馬隊の仕事だが、クライヴは老練だった。エイン平原には丘が四つあるが、クライヴはその内の二つの丘を陣取り、援護射撃を繰り出しているのである。騎馬隊が攻撃を仕掛けるには、丘の斜面を駆け上がらなければならない。だが、その時、騎馬隊は弓矢の嵐を受けるだろう。つまり、騎馬隊では崩す事が出来ないのだ。
 戦の総指揮は軍師のヨハンが取っていると思われた。そうだとすれば、さすがにメッサーナ軍の頭脳の一人である。ヨハンは、お互いの軍の特性をきちんと理解し、戦を展開しているのだ。こちらは動。メッサーナは静とし、攻撃軍だというのに、メッサーナは地形を味方に付けて守りを主体にしている。一方、こちらは動であるが故に、派手に動き回るしかなかった。言い換えれば、攻め立てるしかなかった。防衛軍なのにも関わらずだ。
 北の軍を知り尽くしている。私はそう思った。北の軍は、騎馬が主体だった。名馬が多いのだ。騎馬は機動力と攻撃力に優れた兵科だ。そして、北の騎馬は精兵だと言い切れる。
 だが、メッサーナは、その騎馬で対抗して来なかった。代わりに、騎馬に対して有効な槍兵を前面に持ってきた。
 何故、自分の頭から槍兵隊の事が抜けてしまっていたのか。いや、何故、槍兵隊は大した事ないと決めつけてしまっていたのか。
 自分の中で、メッサーナ=ロアーヌのスズメバチ、という方式を作っていなかったか。シルベンから、槍のシグナスが死んだと聞いた時、槍兵隊の事が頭から抜けなかったか。もう怖くはない。そう思わなかったか。原野を駆けながら、そういった考えが頭を巡った。同時に、もう遅いという考えも巡った。
 すでに戦は始まっているのだ。そして、メッサーナ軍は歩兵も手強い事が分かった。騎馬隊で崩すのは不可能だという事も分かった。ならば、次にすべき事は。
「この現状を打開する事だ」
 呟いていた。
「ホーク、私とお前で戦況を変えよう」
 愛馬に話しかけ、私は腰元の弓に手をやった。騎馬と歩兵だけではメッサーナ軍には勝てない。ならば、弓騎兵で戦況をひっくり返す。私の弓で、戦況を変えてみせる。
「ホーク、お前は私の最高のパートナーだ。お前と共に駆ければ、出来ない事など無いように思えてくる」
 ホークの勇気が、私の身体の芯を貫いていた。ホークは、気性は大人しいが、恐れを知らない所があった。つまり、勇気がある馬なのだ。
 馬一頭分ほど、前へと駆け出た。その後ろを、一万の弓騎兵が駆けてくる。
 槍兵隊が見えた。針鼠。こちらの騎馬隊の突撃を何度も受け切ったからか、陣形から闘志が溢れ出ている。何でも来い。陣形が、そう言っている。
 弓。握り締めた。さらに右手を背の矢筒へと持っていく。指先で矢羽根に触れ、その中の一本を取り出した。
 もう集中していた。
「あの男が、指揮官か」
 馬上で懸命に指揮を執っている男。あれが、シグナスの後任なのか。
 原野を駆ける。弓矢を構えた。狙いはあの馬上の男。槍兵隊の指揮官。まずはあれを一矢で貫き、その後で残りの槍兵隊を殲滅させる。重装備のせいで時間はかかるだろうが、指揮官を殺せば話は変わる。
「ホーク、いくぞ」
 グイっと弓を引き絞る。片目を瞑り、狙いをすました。騎乗による振動で、狙いが上下する。
 集中。視界が狭まった。馬上の男。もう、それしか見えない。いや、それ以外必要ない。私は鷹の目。
「バロンだっ」
 放つ。風。矢が、光を切り裂いていく。その刹那、何かが割り込んできた。獣。違う。
 矢と馬上の男の間。一騎が割り込んでいた。金属音。矢が虚空へと消えた。剣。刃を光が照り返している。
「剣のロアーヌっ」
 そして、タイクーン。その十数秒後、スズメバチの千五百騎が追い付き、ロアーヌの周りを固めた。
「まずはお前との決着が先のようだな」
 心臓の鼓動が速くなっていた。それなのに、口元は緩んでいた。

       

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