Neetel Inside 文芸新都
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 私とレオンハルトは、互いに向き合う形で腰を降ろした。部屋の中は大広間になっていて、その装飾ぶりは豪華絢爛というにふさわしい。
「大将軍ともなれば、これほどの贅沢もできる」
 皮肉めいた笑みを浮かべながら、レオンハルトが言った。
「民が貧しい生活をしている中、儂はこれほどの富を持て余しておるのだ」
「私も似たようなものです。富は、ある所にはある。いや、あるべき場所になく、必要でない場所にある、と言うのが正しいのかな」
「そんな状態が、メッサーナを生み出した。そして、メッサーナは勢力を拡大し、鷹の目バロンをも飲み込んだ」
 レオンハルトが茶に手を伸ばす。その微かな香りが、私の鼻を撫でた。
「お恥ずかしい話ですが、メッサーナは、もはや私の手に負えません。国が二つに分かれた。そして、気勢はあちらにある」
 これを止める事ができるのは、レオンハルトしか居ない。これは、口には出さなかった。
「この天下には、多くの人が居るな、フランツ殿。人数の事ではなく、有能な人間、という意味だが」
「確かに。ですが、そのほとんどは」
「そう、メッサーナに入った。剣のロアーヌ、槍のシグナス、鷹の目バロン。特にこの三人は、まさに天下に名を連ねる武人だ。儂の目から見ても、あれほどの武人はそうはおらんだろう。しかも、まだ三十代と若い。これは驚異的な事だ」
 だが、官軍では評価されなかった。いや、むしろ疎まれ続けた。例外とするならバロンだが、あの男も英雄の子孫、という肩書だけを評価されていた。
「儂は今更ながらに悔やんでおる。バロンは仕方ないとしても、ロアーヌとシグナスは、本当に惜しい事をした」
「シグナスは」
「貴殿を責めておるわけではない。儂がもっと早くあの二人を見出し、きちんと志を刻み込めていれば、メッサーナに行く事はなかったという気がするのだ」
 レオンハルトの言う事も分からないではなかった。あの二人の明暗を分けたのは、上官であるタンメルだった。タンメルは国の腐りを象徴する人間だったのだ。だが、広い視野で見れば、やはりあの二人はメッサーナへ行っただろう。当時の国は、それほど腐り切っていた。今ならば。そう思っても、すでに過ぎた話だった。
「フランツ殿、今の官軍で、使い物になる将軍はどれほど居るとお思いか?」
「まず、南方の雄であるサウス」
 私がそう言うと、レオンハルトは静かに目を閉じた。
「サウスは使い物にならんよ、フランツ殿。あれは身勝手すぎる。軍人としての能力は確かなものであるが、貴殿の手に負えるものではなかっただろう」
「仰る通りです。政治家を見下している所もあります」
「儂も軍人が政治家に劣るとは微塵も思ってはいないが、見下しはしていない。要は力を発揮する場所が違うだけの事だ。だが、サウスはその分別がない。あれを起用できるのは、あれ自身が認めた『軍人』だけだ」
「となれば、大将軍、あなたしか居ない」
「何があれを増長させたのかは分からんが、南に行ってからサウスは変わった」
 能無しの政治家がサウスを南に飛ばした。それが切欠と言えば切欠だった。だが、サウスの性格の中にそういった部分があったのも事実だろう。
「今の官軍は人が少なすぎるな、フランツ殿」
 私は、黙って頷いた。これに関しては、レオンハルトと私の見解は同じだった。
「今のメッサーナの勢いは、とどまる事を知らず、か」
「だからこそ、大将軍」
「急くな、フランツ殿。シグナスが死んでからのメッサーナは、まさに破竹の勢いだ」
「止める事はできないと?」
「それはできる。だが、滅ぼす事はできんだろう。今のメッサーナは隙がない。考えてもみろ、剣のロアーヌのスズメバチを筆頭に、シグナスの志を受け継いだ槍兵、獅子軍のシーザー、戦術眼に優れるクライヴ、若き将軍のクリス。そして、知略のヨハンとルイス。これに鷹の目バロンの弓騎兵と良馬が揃ったのだ」
「しかし、このままでは」
「時をかけねばならん」
 だが、私達にはもう時間がない。老いという名の抗い難いものが、その身に迫っているのだ。特にレオンハルトは軍人である。六十近くになって前線に立つというのは、もう無理だと言ってもおかしくはない。
「次代を育てているか、フランツ殿?」
 レオンハルトが、話題を変えた。時から、老いと寿命を連想したのかもしれない。
「一人、目をかけている者が居ますが」
 ウィンセ。今は軍事を中心にやらせているが、政治に関しても非凡なものを持っている。私の後は、このウィンセに継がせるつもりだった。
「儂には六人の子が居るが、一人を除いてあとは皆、凡愚だ」
 英傑の子にはありがちな事だった。親が英傑であるが故に、子もその才能を求められる。そして、それは人よりちょっと優れているだけでは評価されず、常に一番で居なくてはならない。この重圧に耐えきれず、英傑の子はよく才能ごと潰れてしまうのだ。
 だから、私は子を成さなかった。自身を英傑だとは思った事はないが、立場が立場である。親が宰相であれば、やはり子もそれ相応の能力を求められるに違いなかった。
「一番の下の子は、まさに天下一の素養を持つ」
 レオンハルトが、ハッキリと言い切った。
「儂の息子であるというのを抜きにしても、あれは非凡だ。まだ歳は十二だが、武術の才は抜きん出ておる。鍛えようによっては、ロアーヌやシグナスも軽く凌ぐであろう」
 この大将軍も、若い時は武神と謳われた。天下無双の豪傑と評されたのだ。やがて老いによって、武神という呼び名は軍神へと変わったが、その血はしっかりと受け継がれたという事なのか。
「名はハルトレイン。儂は、この子に全てを託そうと考えておる」
「大将軍自身は、メッサーナを滅ぼさないと?」
「そうは言わんよ。軍人として、一度ぐらいは干戈を交えたいしな。だが、時がそれを叶えてくれるかは分からん。要は、巡り合わせだ」
「やはり、今のメッサーナは触れない方が良い。そう仰るのですね」
「その通りだ、フランツ殿。儂の予想では、おそらくコモン関所を奪う所までは来る。サウスがどれだけやれるかが焦点ではあるが、あれも老いてきた」
「コモン関所を奪われたら?」
「儂が動く。とりあえず、この目で力を見なければならん」
 これだけ聞ければ、十分だった。そして。
「レオンハルト大将軍、私の軍権を貴方に託します」
「必要ないという気はするが。儂は配下の五万だけで良い」
「私が持っていても、やはり宝の持ち腐れです。特にサウスを使えるのは、大将軍、貴方しか居ない」
「サウスか。確かにあの男は上手く使いたいな」
 例えば、調練である。サウスは元々、調練で有名な将軍だったのだ。大将軍の命令となれば、あれも張り切るだろう。そうなれば、官軍も再生できる。
 そう考えれば、時をかけるのは必ずしも悪い事ではないと思えた。
「内は私が」
「外は儂がやる、という事か」
 互いに、口元を緩めた。
「ハルトレインの成人が楽しみでならんよ、儂は。その時には、官軍全てが天下最強となっているだろう」
 時代は変わった。だが、それと同時に、動いてもいるのだ。レオンハルトの言葉を聞いて、私はそう思った。

       

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