Neetel Inside 文芸新都
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 私は弓騎兵と共に、タフターン山を登っていた。この山の険しさは相当なもので、ロアーヌの騎馬隊もここで力を付けたという。対抗心ではないが、私の弓騎兵もこのタフターン山で鍛え上げる事にしたのだ。
 そして、この山にはシグナスの墓があった。このタフターン山は、あの槍のシグナスが死んだ場所なのだ。シグナスはここで死闘を繰り広げ、最期には闘神としてこの世を去った。
 闘神。英傑の死ということで、多少の誇張はあるにしても、凄まじい異名である。シグナスは、三百という人数を相手に、最期の最期まで闘い抜き、果てた。志半ばだったという事を考えると、これ程の無念はなかっただろう。
 私も死の覚悟をした経験が一度だけあるが、その時には後悔はなかった。何故かと問われれば明確な答えは出せないが、死ぬ寸前には全てをやり切った、という思いがあった。だが、シグナスはどうだったのか。
 シグナスには一人の息子が居たという。だが、その息子は孤児となった。両親を同時に失ったのだ。今ではロアーヌが親代わりだという話を聞いているが、あの男に親が務まるのかは疑問だった。剣と馬があれば、それで良いというような男なのだ。少なくとも、私にはそう見える。
 生きるという事は、実に不思議な事だった。今の私は本当に充実していると言い切れる。ランスと共に天下を目指し、ロアーヌと肩を並べて戦場を駆ける。今の私は、これを夢に見ていると言っていい。そしてこの夢は、すぐにでも実現できる事だった。
 しばらく、山中を駆け続けた。頂上に到着する。そこには、大きな石碑があった。これが、シグナスの墓だろう。
「闘神シグナス、ここに眠る、か」
 地面に視線を落とすと、剣と槍が地に突き立っていた。すでに二つの武器は錆ついていて、ここから時間の経過が読み取れる。
 風が吹く。その風が、妙に寂しい気持ちにさせた。気付くと、私は涙を流していた。
「将軍」
 それに気付いた旗本が、声をかけてくる。
「シグナスの死は、人々の心に訴えかけてくるな。死は、みんな平等に迎え入れなくてはならん。シグナスは、自分が死ぬと解った時、どのような心持ちだったのだろうか。無念で心を埋め尽くされていたのか。それとも、一人の友に全てを託し、未来を感じていたのか」
 あるいは、一人息子の身を案じていたのか。どちらにしろ、残された者達には、一生わからない事だ。死に目にあえた、あのロアーヌでさえも分からないだろう。死とは、そういうものだった。
 しばらく、涙が止まらなかった。シグナスとは話をした事すらないのに、それなのに、その死は心に響く。
「一代の英傑に祈りを捧げよ」
 弓騎兵にそう命じ、私は目を瞑った。
 貴方の志は、今も尚、人々の心の中で生きている。輝きを見せている。心の中で、私はそう言った。
「帰還する」
 再び目を開いた時、私の中の大志は一層、大きくなっていた。天下を取る。国を、私の矢で撃ち貫く。
 タフターン山を降りて、北の大地に向かう前に、私はピドナに入った。今のピドナは北の大地と共に、軍備拡張を行っており、兵の入替はもちろん、馬の入替もやっている。
 特に馬は北の大地のものを取り入れ、ロアーヌのスズメバチに至っては、全ての馬を北の大地の名馬と入れ替えた。これにより、あの騎馬隊はとんでもない魔物となった。馬の質・兵の練度・指揮官。どれを取っても、もはや天下最強だろう。指揮官に関しては評価が分かれるかもしれないが、私の中ではタイクーンを得たロアーヌはまさに鬼神であり、天下最強の男だった。
 私はそのロアーヌの家に向かっていた。メッサーナに入ってから、私はあの男とは一度も会っていない。ロアーヌの方から会いにくるという事がないので、放っておくと二度と会わないような男である。
 まもなく家につき、訪いを入れると、小さな子供が出てきた。年齢は五歳か六歳ぐらいか。
「こんにちは。ご主人は居るかな」
「ご主人? あなたは誰?」
「これは失礼した。私はバロン。人々には鷹の目と呼ばれている。誰か大人は?」
 私がそう言うと、子供の目に輝きが浮かび上がった。
「あっ、たかのめ、たかのめだぁっ」
 ワッとはしゃぎながら、子供が奥に引っ込む。それから、父上、はやく、という声が聞こえてきた。
「父上? そうか、なるほど」
 あれがシグナスの息子か。私はそう思った、となると、父上はロアーヌだろう。あれが父と呼ばれているのを考えると、どこか笑いたくなる。あまりにも不似合いなのだ。
「バロンか」
 ようやく出てきたかと思うと、ロアーヌはそれだけを言った。
「久しいな、ロアーヌ。その腰に抱きついている子供は、シグナスの息子か?」
「いや、俺の子だ」
「ほう」
 言い切った。私が想像しているロアーヌとは、少し違ったロアーヌである。
「たかのめ、弓の腕を見せてっ」
「レン、その前に自己紹介をしなさい。武技に興味を持つのは悪くはないが、その前に礼儀だ」
 それを聞いて、私は思わず笑ってしまった。誰よりも武技に興味を持ち、人に興味を示さない男が何を言うのか。そう思ったのだ。
「はい、ごめんなさい。えと、名前はレンです。歳は六歳です。夢は天下で一番強くなること。あと、馬に乗ることっ」
「元気がいいな、レン。よし、褒美に私の弓の腕を見せようか」
 私がそう言うと、レンは大はしゃぎで私に抱きついてきた。
「しかし、ロアーヌ。何故、レンは私の弓の腕を知っている?」
「俺が話した。剣を教えろとねだってくるが、まだ早いと判断した。それで、戦の話を聞かせてやっている」
「シグナスの息子だろう。槍は?」
「毎日、飽きもせずに棒を振り回している。俺と違ってすでに友人を何人も作ったが、その中では一番の腕だ」
 私はそれを聞いて、声をあげて笑った。友人が少ない。この男は、それを自覚していたのだ。
「たかのめ、はやく、はやく」
「よし。じゃあ、調練場に行こう」
 私はレンを肩の上に担ぎあげた。レンの歓声があがる。
「ロアーヌ、お前はどうする?」
「行く」
 それだけ言って、ロアーヌはタイクーンを曳いてきた。相変わらず、絵になる光景だ。
 私はレンを懐に抱え、ホークに跨った。ロアーヌのタイクーンは荒馬である。レンが乗るには、まだ辛いだろう。
「行こうか、ホーク。レンが乗っているから、優しくな」
 言って、馬腹を蹴った。ホークが駆け出す。
「馬だぁっ」
 そんなレンの歓声が、ピドナの中でこだましていた。

       

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