Neetel Inside 文芸新都
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 ピドナの軍議室の中で、俺は目を閉じていた。みんな、ランスの言葉を待っている。時は熟した。あとは、ランスの声一つだけである。
 メッサーナと北の大地は、天下へと向けて、互いに手を取り合った。それは各方面に様々な影響を及ぼし、今の世の情勢は天下二分となっている。
 兵はそれぞれの将軍の元へと配され、調練に調練を重ねた。騎馬隊の馬は、北の大地の良馬と入れ替えた。
 俺のスズメバチ隊も、一回り大きくなった。兵数は千五百のままで変化はないが、馬の質が格段に上がったのだ。俺のスズメバチは、天下最強の騎馬隊だ。これは誇りである。大将軍の軍であろうと何であろうと、全て蹴散らしてみせる。
 時は、熟したのだ。
「コモン関所を、攻める」
 ランスの言葉に、俺は目を開いた。
「コモンを守るは、南方の雄であるサウス。あの男は手強い。以前、まだシグナスが生きている頃、我々はあれと戦ったが、敗れた。何故か。それは未熟だったからだ。あの頃のメッサーナは、未熟だった。あの頃のメッサーナは、まだ産まれたばかりの赤子で、国は大きな大人だった。だから、敗れたのは必然だった」
 ランスが立ち上がる。
「だが、今は違う。我々は大きくなった。シグナスを失い、一度、我々の天下は遠のいた。だが、その後に鷹の目バロンを得た。北の大地が、我々の同志となった。今なら、サウスに、国に勝てる」
「コモン関所は、天下への門」
 ヨハンが、静かな口調で言った。
「ここを落とせば、天下に限りなく近付く事が出来ます」
「うむ。今から、コモン関所攻略戦に参戦する将軍を言い渡す」
 ランスが、名を読み上げて行く。
 弓騎兵隊のバロン、戟兵隊のクリスとシルベン、弓兵隊のクライヴ、騎馬隊のシーザー。名を呼ばれる度、それぞれの将軍が立ち上がっていく。
「そして、槍兵隊のアクト」
 アクトは、将軍に昇格していた。これに伴い、槍兵隊は俺の手を完全に離れた。だが、俺はこれで良いと思っていた。槍兵隊は、もうアクトのものなのだ。それにアクトは良い指揮官だ。北の大地での戦で、それを十分に証明してみせた。今の槍兵隊は、シグナスが生きていた頃とは性格が全く異なるものになっているが、それはそれで別の持ち味を出している。
「さらに、スズメバチ隊のロアーヌ」
 名を呼ばれ、俺は何も言わずに立ち上がった。
「軍師は、ゴルドを任命する」
 ランスの言葉に、ゴルドが明らかな驚きの表情を見せた。
「はて、私の聞き間違いですかの。軍師、と聞こえましたが」
「その通りだ、ゴルド」
「私は七十を超えた老いぼれです。もはや、何の役にも立ちませぬ」
「それは違う。七十年という長い時間を生きた。つまり、それだけの経験がある」
「ヨハン様やルイス様がいらっしゃいます」
「この二人は経験が足りない。サウスは戦の妖怪だ。これに対抗できるのは、ゴルド、お前しか居ない。私はそう判断した」
「ゴルド、共に戦場に出よう」
 バロンが言った。他にも頷いている者が居る。これに対して、ゴルドは戸惑いを見せたが、間もなくして目に強い光を宿した。
「この老いぼれで良いのなら」
 ゴルドが、覇気に満ちた声で言った。最後に働く場所を得た。ゴルドはそう思っているのかもしれない。
「最後に、総指揮官はバロン」
 ランスがそう言うと、場が微かにザワついた。
「おい、ランスさん、本気で言ってるのか?」
 シーザーだった。この男は感情をすぐに表に出す。不満を抱いているのがハッキリとわかる口調だ。一方のバロンは、無表情である。
「軍師どころか、総指揮官も北の大地の人間じゃねぇか」
「だから?」
「二人は新参者だ」
 クリスが、視線を下に落としていた。表情は読めないが、シーザーに同調しているように見える。
 シーザーの言う事はよく分かった。バロンは俺と歳がそう変わらないし、戦の経験も似たようなものだろう。それに、バロンがメッサーナ軍の将軍らの性格を、本当に理解しているかも疑問である。ただ、新参者がどうのというのは、俺はどうでも良い。
「バロンが総指揮官なのが、気に食わないか、シーザー」
「そうは言わねぇ。ただ、俺はクライヴのおっさんが適任じゃねぇのか、と思っただけだ」
「私もそこは迷った。それでも、あえて私はバロンを総指揮官に選んだのだ」
「理由を教えてくれよ、ランスさん」
「やらせれば良い」
 俺は言っていた。バロンを除く全員が、俺に視線を向けてくる。
「ランス殿の人を見抜く力は俺も知っている。要は、クライヴ殿よりバロンの方が向いているから、総指揮官に抜擢されただけの話だ。俺はそれで納得できる。スズメバチの命を、託せる」
 バロンは、目を閉じていた。
「私はバロンを推す」
 席につきながら、クライヴが言った。
「サウスは老獪な将軍だ。私もどちらかと言うと、その類の将軍になる。だが、バロンは違う。明瞭さが際立つ将軍で、これはサウスと対極を成す。おそらく、サウス戦ではこういったものが勝敗を分ける」
「バロン、お前自身はどうなのだ?」
 ランスが問いかけると、バロンは目を開いた。
「確かに私は新参者だ。だが、その前に私は皆と同じ志を胸に抱いている。これだけは、忘れて貰いたくない。そして、もし、私が総指揮官である事を皆が認めてくれるのなら、私の矢で、メッサーナ軍で、コモンを撃ち貫いてみせる」
「だそうだ、シーザー」
 ランスのこの言葉に、シーザーが舌打ちした。
「そこまでハッキリ言うんなら」
 シーザーが横を向きながら口を開く。
「付いていこうじゃねぇか。鷹の目の実力、この目で見てやる」
 そう言ったシーザーに向けて、バロンは大きく頷いた。それをシルベンが口元を緩めながら見ている。
「決まったな」
 それからは、細かい話になった。兵力は合計で七万で、これはコモン関所に駐屯する兵力と同じである。今まで、国相手の戦では常に兵力差があった。だが、今回はそれがない。ここまで来て、メッサーナは国と並んだのだ。そして、コモンを奪えば、優位に立てる。国よりも、大きくなれる。コモンは国の急所だ。つまり、これを奪えば、メッサーナは天下に手をかける事が出来るのだ。
 天下は、確実に見え始めていた。

       

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