Neetel Inside 文芸新都
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 天下の趨勢は、メッサーナに傾いていた。
 コモンが落ちた。これにより、国は喉元に剣先を突き付けられた形になった。まさに、国家存亡の危機である。政治家達は今更になって顔を青くして、儂の動向を窺っている。肝心のフランツは、堂々と腰を据えて、国の内政に励んでいた。
 これから、どうなるのか。戦が近いのは間違いない事だが、即座にそれが始まるとは思えない。メッサーナが攻め込んでくるルートもまだよく掴めておらず、一挙に都に攻め込んでくる、という事もないだろう。まずはコモン周辺を鎮撫し、都攻めの基盤を作ろうとするはずだ。
 サウスが討たれていた。戦を実際に見た訳ではないので、正確な事までは言えないが、サウスの動きが悪かった、という訳ではなかった。要は、敵軍の将が優秀すぎただけの話だ。中でもロアーヌとバロンの武将としての質は、類稀なものである。ロアーヌは少数精鋭の指揮に長けていて、バロンは大軍の指揮に長けている。そして、このどちらも天下に音を鳴らす豪傑なのだ。
 その他の将軍についても、これは、という者ばかりだ。性格などを加味すると綻びも見えてくるが、弱点という程でもない。これが、今のメッサーナ軍だった。はっきり言って、官軍よりも数段強い。将軍だけでなく、兵もだ。
 勝てるのか。儂が戦に出て、メッサーナを倒せるのか。そういう自問自答を繰り返していた。不安だとか、恐怖ではない。単純に興味があっての事だ。そして、その答えは勝てるのか、ではなく、勝つ事だった。
 もはやこの身体も老いたが、気持ちまでは老いてはいない。サウスは、ここの所をよく理解していなかった。若い者達と、同じ土俵で勝負をしようとした。サウスの悪かった所を挙げるとするならば、この部分だ。
 若い世代を育てる事だった。人はいつかは死ぬ。死ぬ前に、自分の何かを後世に伝える。それで始めて、人は人生を全うしたと言えるのだ。
 ハルトレインが大きくなって帰って来ていた。側につけていた兵の話を聞くと、かなり危うい所まで追い込まれたという話だったが、命は拾った。というより、ロアーヌに生かされていた。
 ほんの数合で、勝負は決まっていた。ハルトレインはまともに武器を振るう事もなく、戦闘能力を封じられ、誇りを踏みにじられたのだ。
 ハルトレインにとっては、これは大きな経験となっただろう。慢心の塊であった性格は粉々に打ち砕かれ、今では寝る間も惜しんで調練を重ねている。特に兵卒と共に泥にまみれながら調練に参加し始めた事には、儂も少々驚かされた。今までは、兵卒を下種扱いしていたのだ。
 良い傾向だった。人はこうやって大きくなる。ロアーヌには感謝するべきだろう。ハルトレインに、天下の武を見せてくれたのだ。元々、素質はある。あとは、この経験をどう活かすのか、という事だった。
「エルマンとブラウを呼べ」
 儂は、自室の外で控えている従者にそう言い付けた。
 エルマンとブラウは、儂の副官だった。本来なら一軍を率いる将になっていて当然の二人で、儂もそう勧めたが、二人はそれを良しとしなかった。儂の下で働く事を望み、あえて副官という地位に甘んじている。
「お呼びですか、大将軍」
 エルマンが言った。エルマンは筋骨隆々の偉丈夫で、髪の毛を剃って丸坊主にしている。力押し戦法が好きな所が目立つが、細かい思慮も出来る男だ。決断も早い。
 もう一方のブラウは無言で立っていた。細い体躯と色白の肌で、武人とは思えない外見ではあるが、それなりに腕は立つ。ハルトレインの最初の稽古相手が、このブラウである。軍の指揮も丁寧で、奇をてらう戦法が得意だ。また、敵の奇を見破る力にも長けていて、それを逆に利用したりもする。そのせいか、性格が明朗ではなかった。
「メッサーナがコモンを奪った事は知っているな」
「はい」
「サウスも討たれた」
「存じております」
「サウスは良い将軍であったと思うか?」
「地方の将軍としては。メッサーナ軍の相手をするには、少々荷が重かったのではないかと思います」
 喋っているのは、エルマンだった。ブラウは儂の目をジッと見つめるだけで、口を開こうとしない。こういう所が兵から気味悪がられていたりするが、他意はないのだろう。人と接するのが不得意なだけなのだ。それに、エルマンと共に将としての質は抜きん出ている。
「サウスの将軍としての力量は、儂も認めていた」
「あの人は他を寄せ付けませんでした。良い軍師か副官が一人付いていれば、また変わっていたのかもしれません」
「フランツの子飼いに、ウィンセという男が居たのだがな」
「あの男は政治家の道に進んだのでしょう」
「まぁ、それで正解だと思ったが。武将としての力量も、それなりであった。ただ、サウスとの相性は良かったな」
 それで、サウスの話題は終わらせた。いつまでも死人の話など、していたくはない。
「二人に問いたい。メッサーナ軍に勝てるか?」
「それは、攻め込んで、という意味ですか?」
 エルマンが言い、ブラウが頷いた。さすがに、二人は儂の質問の意味をよく理解している。
「うむ」
「それは難しいでしょう。メッサーナ軍が攻めてきて、これを打ち払うなら話は別ですが」
「原野戦か」
「大将軍の軍は、攻城戦をするために存在しているわけではありません。攻城戦なら、別にもっと適した軍があります」
 エルマンの言う通りだった。儂の軍は、敵を壊滅させるために存在しているのだ。儂が描く構想としては、攻めてきたメッサーナ軍を追いに追い、コモンまで追い込む。その後で、別の軍を呼び出して攻城戦をする事だった。攻城戦に長けている将軍も、何人かは目星を付けている。そして、エルマンとブラウも、儂と同じ事を考えていた。
「ハルトが変わった。今後、大きくなるやもしれん。二人で、よく躾をしてくれ」
「もはや、我らが教える事はありませんが」
「いや、武術や戦術の事ではない。日常的な事だ。お前達との会話で、儂はそれを感じた」
 エルマンとブラウは、本質を見抜く力を持っている。というより、儂と共に過ごす事で、それを得たのだ。ハルトレインと儂は親子である。身内以外の人間と過ごさせるのも、大事な事の一つだった。
「儂は、息子と共に戦陣に出たいのだよ」
「武神の息子、ですか」
 エルマンの何気ない一言から、儂はハルトレインは不運な男なのかもしれない、と思った。親の名声が高ければ高い程、その子は苦労する。だが、ハルトレインはそれすらも乗り越えるはずだ。そして、いつかは儂を超える。
 ブラウが、未だに儂の目を見つめ続けていた。

       

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