Neetel Inside 文芸新都
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 私はヨハンと共に、眼下に広がるピドナの街並みを眺めていた。民には活気があり、それを見ていると、戦乱の世という事がまるで信じられなくなる。そして、この民の姿が本来あるべき姿なのだ、とも思う。天下を取るという事は、全ての民を救うという事だった。その為に、私達は戦ってきたのだ。
 コモンを手に入れた。これで天下はメッサーナにぐっと近付いた。だが、ここからが難関である。まだ、大将軍が居る。国の最大にして、最強の切り札。これを打ち破らぬ限り、我らは勝ったとは言えない。
「兵力二十万。私達は、本当に大きくなったものだ」
 独り言だった。ヨハンを風に吹かれながら、遠くを眺めている。
 最初、メッサーナは僅かに二万の兵力だった。そして、この二万で、国をひっくり返そうと決意したのだ。今思えば、無謀すぎる事だった。言い換えれば、まるで雲を掴むかのような話だったが、時を経て、メッサーナは天下を二分するほどの勢力になった。
「次の一戦で、天下は決まります。すなわち、大将軍に勝てるか否かが、最大の焦点となるでしょう」
「さて、勝てるのかな」
「分かりませんな。昔の大将軍は武勇で音を鳴らしていたと聞きますが、やがてそれは知略へと変化を遂げ、近年ではその両方が合わさったと聞きます。つまり、隙がない」
「噂は人を誇大化させる」
「私もそれは思いますが」
 ヨハンが、言葉を切って目を閉じた。
 レオンハルトは、まさしく歴史に名を刻む軍人だ。時代を超越した英雄とされ、その戦ぶりは神とまで評された。比喩として、未来を予知する力があるとまで言われている。これは、敵軍の動きが手に取るように分かるからだ。次にどう攻撃してくるのか。どう防ごうとするのか。どう移動するのか。これらが全て分かってしまう。いや、分かっているかのように、軍を動かす。
「また、副官にエルマンとブラウという者達が居て、これも非凡です。大将軍の軍は、やはり別格として然るべきでしょう」
「その両人については、私はよく知らないが」
「世に出ておりません。将軍となっていれば、サウスと並び立っていたか、もしくは超えていたか、という所でしょうな」
「バロンもサウスと並び立っていた。そして、超えた」
「ロアーヌ将軍は、その二人を大きく超えています」
 大将軍と勝負が出来るのは、やはりロアーヌしか居ないだろう。全体の指揮はバロンが適切だとして、大将軍の本陣叩きはロアーヌにやらせるべきだ。もっとも、私は軍人でないので、正しい事は言えない。だが、これは予感だった。
「大将軍の息子の一人に、ハルトレインという者が居ます」
「知らないな。初耳だ」
「最近になって世に出てきました。噂では、相当の大器だとか。まだ歳は十六か十七らしいですが、看過できる存在ではありません」
「やはり、一度は腐っても、国は大きいという事かな。次から次へと、新たな人材が出てくる」
 分かり切っている事だ。だが、そう実感せざるを得ない。国は何度も何度も負けた。しかしそれでも、立ち続けている。新たな人材を見出し、尚も立ち続けようとする。一方のメッサーナは、一度の敗北が命取りだ。これは国力の差であり、歴史の差だった。天下で並び立ったと言えども、これはまだ変わっていないのだ。いつも、ギリギリの所で勝負している。それが、メッサーナだった。
「シグナスの息子であるレンも、大器だと聞いているが」
「えぇ。今はルイスが軍学を教えております。歳は十歳と聞きますが、頭も良いそうですよ」
「武芸に関しても、非凡らしい」
 あのロアーヌが直接、稽古をつけている。今では、同年代でレンに敵う者は誰一人として居ないという話だった。それでも思い上がる事なく、懸命に物事に取り組む。こういった人間性からか、レンは老若男女問わずに人気があった。ここは、さすがにシグナスの息子と言うべきだろう。
「私は迷っている、ヨハン」
「何をです?」
「すぐに軍を動かし、都攻めをするか否かだ」
 今のメッサーナは勢いに乗っている。勢いというのは大事だ。だが、すぐに軍を動かすという事は、それだけ国力を消費するという事だった。コモン戦はあっさり勝ったと世では言われているが、その実は多大な国力の消耗があった。そして、それは全て民から得たものだ。連戦するという事は、さらに民をきつく絞るという形になってしまう。
 国として大きくなった代償だった。メッサーナの領地から考えて、兵力二十万というのはいかにも多すぎる。戦乱の世という事もあり、兵力過多になるのは当然だとも言えるが、それだけ民が苦労するというのも事実なのだ。
「こうしてみると、民には活気が見えるが、連戦となるとな」
「ランス様の言いたい事は分かります。しかし、天下の趨勢はメッサーナに傾いています」
「連戦すべき、お前はそう思うか?」
「いえ、私は国力を蓄えるべきだと思います。この趨勢は、しばらくは変わりますまい」
「連戦を避け、次に戦をするならば、私は五年後と考えている。都を落とすまで、戦い続けるならば、やはりこれだけの時は必要だ」
「同感です。そして、次の一戦こそが、天下を決めます」
 ヨハンの言葉を聞き、私は頷いた。やはり、まずは国力を蓄えるべきだろう。
 焦る事はない。皺が刻み込まれ始めている自らの手の甲を見ながら、私はそう思った。

       

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