Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 次の一手の準備は出来ていた。もう一度、奇襲をかける。いや、これは奇襲というよりも、騙し討ちに近いものになるだろう。儂は、その始まりの合図だけを待っていた。
 ブラウの帰りは待たなかった。待つ必要がないのだ。メッサーナ軍とブラウが次に取るべきであろう行動を紡ぎ合わせれば、自然とやるべき事が見えてくる。今までも、儂はそうやって戦をしてきた。戦で重要なのは、先を読む力と決断力だ。この二つが卓越していれば、人は戦の覇者になる事ができる。
 ブラウの奇襲は成功するはずだ。あの奇襲は、変な欲を出さない限り、敵にハッキリとした姿を認識される事もなく、突入・戦闘・離脱ができる。すなわち、次の一手に繋げるための布石が出来上がる。そして、ブラウは欲を出さない男だ。
 やられたメッサーナ軍は、何かしらの反撃を考えるだろう。バロンは負けず嫌いな男だ。プライドも高い。そんな男が、やられっ放しのまま朝を迎えるというのは考えにくい。だが、慎重な所もある。
 凡愚ならば、奇襲の仕返しを考える。もしくは、逃げる奇襲の軍に追撃をかける。しかし、メッサーナ軍は、このどちらもやらないだろう。バロンは凡愚ではない。それに、メッサーナ軍には軍師としてヨハンが付いているのだ。では、ヨハンならどうするのか。
 おそらくだが、無難で確実な反撃方法を取りたがる。ヨハンの性格や戦のやり方から分析すると、そういう結果になるのだ。そして、その反撃方法とは、声だけの奇襲。つまり、敵を眠らせないという事だ。
 ブラウはここまで読んでいる。あの男の奇をてらう戦法の卓越ぶりは、儂が知り得る者達の中でもダントツだ。ブラウはどこかに兵を伏せ、のこのことやってきたメッサーナ軍を刈り取るだろう。そして、刈り取った敵の軍装をはぎ取り、身に付ける。つまり、メッサーナ軍に偽装する。
 儂は、その完了の合図を待っていた。
 合図が出た瞬間、戦闘の用意をさせている騎馬隊を出す。指揮はハルトレインで、恰好としてはブラウの偽装軍を追いかける、という形にする。逃げるブラウがメッサーナ軍の陣門で、敵軍に追われている、と切羽詰まった声で叫ぶ。おそらく、門番は混乱するだろう。もしかしたら、上の人間の判断を仰ごうとするかもしれない。そこをさらに突っ掛ける。ここが最大の勝負所だが、成功するはずだ。ブラウにこれ系の芝居をさせたら、右に出る者は居ない。
 門さえ開けば、あとは暴れ回るだけだ。ハルトレインの騎馬隊とブラウの軽騎兵が、メッサーナ軍の陣を食い荒らす。そこに、儂とエルマンが取り付く。
 これで壊滅すれば、メッサーナ軍はただ野戦の、それも正攻法にだけ滅法強い軍、という事になる。この程度の軍なら、今までに何度か見てきた。そして、叩き潰してきた。
「期待はずれ、という事にはなるなよ」
 独り言だった。
「大将軍、何か言われましたか」
 側に居たエルマンが言った。
「いや。そろそろだな、エルマン」
「えぇ。ハルトレインも落ち着いているようです」
 エルマンのハルトレインに対する普段の物言いは敬語だが、戦時中では部下に対しての物言いになった。階級で言えば、エルマンの方がハルトレインよりも上なのだ。
「初陣の時のような青さが出ねば良いが」
「それはないでしょう。出陣前、少し話をしましたが、気負いもありませんでした」
 だが、まだ過剰な自信が垣間見える時がある。つまり、未だに傲慢さを捨て切れていない。これはもう性格だろう。何か強烈な出来事を経験しない限り、この性格は覆る事がなさそうだった。ただ、傲慢さを表に出さず、抑えられるようにはなっている。
「さて、メッサーナ軍はどこまでやれるのかな」
「どうでしょうな。バロンの器量が気になります」
「それならば、儂はむしろロアーヌだな」
 バロンやヨハンの動き、考えは読める。だが、ロアーヌは読めない部分が多い。あの男は、サウスとの戦を経て、武将としての質を各段に上げた。この騙し討ちからの初戦で鍵を握るのは、おそらくロアーヌだ。というより、スズメバチ隊である。このスズメバチが何をする事もなく終われば、メッサーナ軍はそれまでという事になる。
 そんな思案をしていると、遠い闇の中で光が動いた。松明の火である。ブラウの合図だった。
「成功したようですな、大将軍」
「うむ。ハルトレインに伝令。出陣だ」
 儂は側に居る兵に言った。すぐに兵が松明を振り、合図を出す。それを見たハルトレインの騎馬隊が、動き出した。その動き方は落ち着いている。つまり、気負ってはいない。
 メッサーナ軍の陣を墓場に変えてこい。儂は心の中でそう言った。
 今度はさっきの奇襲ほど甘くない。直接戦闘するだけではなく、火も放つ。さらに儂とエルマンも動くのだ。バロン、お前はどこまで持ち堪える事ができる。まさか、これで消えたりはしないだろう。
「儂を楽しませろよ」
 独り言だった。
 今度は、エルマンは反応しなかった。

       

表紙
Tweet

Neetsha