Neetel Inside 文芸新都
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「いや、特に何もするつもりはない」
 俺は改めて謎の女性と向き合うと、真正面から言い放った。
「ただ、謎が知りたかっただけだ。どうやって過去に飛ばしたとか、なぜ彼らを過去に飛ばそうと思ったのか。あんたには何か理由があるんだろう?」
 俺が訊くと、黒髪の女は目を細くして笑う。それにしてもこの女は一体何者なんだ。身体が透けているってことは、幽霊か何かなのか? でも、俺に霊感があるとは思えない。
「神とあろう者が、困っている人間を助けてはいけないでしょうか?」
「神? あんたは神様なのか?」
「ええ。でも、神とは若干違います。神に最も近い絶対存在とでも言いましょうかね」
「ははあ」言ってることは良く分からないが、要するに神様みたいなものか。要するに女神様か。その女神様は俺の顔をじっと見つめたかと思うと、俺の思考でも汲み取ったかのように目を見開いた。やはり女神と言うからには、俺の考えてることなんてお見通しなのだろうか。
「あなた、昨日に戻れなくてもいいと言いましたよね?」
「ん、ああ。昨日に戻ってまでやりたいことはないし、過去には未練も何もない」
 俺は思っていることを、ありのままに、愚痴るように漏らした。
「過去なんていつまでも引きずってちゃ、いいことなんてないんだよ」
 分かりきったことだ。過去をいつまでも見つめていたところで、何も変わることはない。未来は変えることが出来るが、過去は決して変えることは出来ない。それは自然界の法則において絶対で、逆らうことの出来ないものだ。歩いてきた道は変わらない。それは絶対に覆らない事実だ。

「――――本当に、そうでしょうか?」
「え?」
 今度こそ俺の思考を読んだように、女神様は語り始めた。
「確かに、過去をいつまでも引きずっていては、人間は前に進むことは出来ません。それは全てあなたが言っている通りのことです。……しかし裏を返せば、人間は前だけを見つめて生きていくことが出来るでしょうか? 過去に行った過ちを二度と繰り返さないためには、数度にわたる省みが必要です。故きを温ねて新しきを知ると言う諺があるように、過去と未来は実に密接した関係にあるのです」
「だけど、過去にすがることは決していいことじゃないだろう?」
「そうです。“極端に”過去にすがりつくのは、悪いことです。しかしですね。たとえ合衆国大統領だろうと、都道府県知事だろうと、高校生だろうと、ニートだろうと、どの道を選んでも少なからず後ろを振り向きたくなるのは仕方のないことです。大事なのは、いつまでも振り向いたままでいないことです」
「ッ…………」
 俺は思わず二の句が告げなくなった。女神様の言っていることには、筋が通っている。俺がいくら過去を気にしない主義だとしても、それでも過去にやり直したいことはある。それを気にせずに歩んできただけで、確かに俺にも戻りたい過去は存在する。
「そもそも人間は未来を向いて歩んでいるわけではありません。一寸先は闇、という諺があるように、人間の歩く道は常に暗闇なのです。その先が未来なのか過去なのか、人間には分かりえません。だから私たちがこうして導いて、何か後悔することがあったときは、そっと過去に戻すのです」
「……知らず知らずのうちに、過去に戻っていると言うのか?」
「その通りですね。戻ってからの数日間はしばらく記憶がありますが、それ以降はおそらく思い出すことが出来ないはず。ただ一つ――――“私と直接接触した場合”を除いて」
「ってことは、俺の記憶の中にはこの事実が刻み込まれたってわけか」
「随分とお察しが良いようで」女神様は悪戯っぽく笑う。これは、何かを企んでいる顔に違いない。
「女神様。あんた、何か企んではいやしませんか?」
 俺がそう訊くと、女神様は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに元の笑みに戻した。
「あらあら、企んでいるだなんて人聞きが悪いですね。あなたに少し、お願い事をしようと思っていただけですのに」
「何かを考えてたってことには間違いないみたいだな。で、お願いってのは?」
「うふふ。あなたの運営しているサイトに、『昨日ノート』という作品がありますでしょう? 完結目前の小説です」
 あ、あの時気になってた作品か。どれ、ちょっと開いてみるか。……うお、もうだいぶ更新されてるな。どういうことなんだよ、これは。
「ああ……確かにあるな。これがどうかしたのか?」
「あなたに加筆していただきたいのです。この小説の最終更新として」
 え? いや、この女神様だか何様は何をおっしゃっていらっしゃるんだか。
「おいおい。俺は作者じゃないんだが」「大丈夫です。この小説の作者はこの世の中の誰でもありませんから」何だそれ。それじゃあ一体、“誰”が書いたんだよ……?
「……よく分からないが、それで俺に何をどう書けって言うんだ?」
「あなたは私の言う通りに書いてもらえればよいです。その後であなたがその文章を消そうが残そうが私は干渉しませんし、それ以降私があなたと接触することもないでしょう」
「へえ、随分と早い別れだったな。……それじゃまあ、その内容とやらをよろしく頼む。今メモ帳開くから」
「分かりました。私が書いてほしいのは――――」


       

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