Neetel Inside ニートノベル
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キツネの嫁入り
第五話

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   五章

 翌日、ルチアーノは学校には現れなかった。空也以外の人間は誰一人とて気にも留めない。むしろ昨日校門前で起こした逃避劇のせいで、空也に注目が集まり周りから根掘り葉掘り好奇の質問と詰問を浴びたがそれ等に対し丁寧に答える気にはなれなかった。
 依然として自分はルチアーノの親友のつもりでいる。土暦はきっと難色を示すだろうが。
 無論空也は染野山も大好きである。一年中出入りしている。
 厳密に言えば山を管理しているのは地元の組合だ。伸びすぎた竹やケヤキはその都度伐採され、登山道舗装、清掃、整備とて彼等が主体となって行っている。だがそこでも土山厳蔵の名前は大きい。農林業共同組合と染野山の保護組合。二つに名を連ねることは、何もないこの静かな街の手綱を握るに等しい。だからこそ厳蔵は自分の権限が市の深くに食い込むことを恐れ自ら辞退しているが、山の麓で育ち、無名の街から全国的なるブランド野菜を作り出したその手腕と知識を街の人間から求められ、結局は染野山にもその老獪なる生き字引を披露し惜しみなく協力している。自分が二歳の時に両親は交通事故で亡くなったと聞いた。それ以降空也は、祖父の背中を見続けて育ったのだ。人々の先頭に立ち、激流のように速く、強く、逞しく、神懸り的な才幹を遺憾なく発揮し農林業をこなしていく厳蔵を。
 だが親友も大切なのだ。
 クラスメイトの男子がテレビアニメのヒーローや最新ゲーム機に夢中になっている時も、空也は厳蔵と共に山へ入り、畑を耕し、商店街の農業組合にも参加していた。友達はそれなりにいたが、それでも休み時間に深く何かについて話し合える人間は周りにいなかったのだ。無論それは空也が歳相応の趣味を持たなかったためである。
 行き場をなくしたその目は教室の隅にいる一人のクラスメイトに向けられる。
 自然の真っ只中で太陽と水と土の下に生きる空也には、下らない俗世のしがらみなどなかった。
 噂、暴言、そんなジメジメしたものなど、炎天下でトマトを収穫する時に流れ出る滝のような汗と比べれば何と矮小なことか。
 二人は規格に当てはまる人間ではなかった。ルチアーノがあまりに自由気ままに話をするので空也も農業の話に遠慮はいらない。お互いが全く興味のない事柄を延々と話し続けていられた。何の気兼ねもなかった。だから……いつからかルチアーノは空也をブラザーと呼び始めたのだ。
「話してみると結構面白いヤツなんだ」
「はい。旦那様が以前ご紹介して下さった時、その楽しそうなお顔を拝見しすぐに分かりました」
 空也はハツネと共に、所々漆喰にヒビの入った日本的なる白塗りの壁の隣を歩いていた。外周りがとにかく広い家だ。自分の背丈を越える壁の天辺には厳めしく並べられた伝統的なる瓦が日の光を反射させている。黒光りはしない。おそらく汚れが表面にこびりついているのだろう。端から端まで歩いて五分はかかってしまうのだから、この家の年間維持費の金額を是非聞いてみたいものだ。
「それより空也。昨夜はやったのか?」
「何をさ」
 四方を金具で補強した、角張った黒布のケースを手に持って先行する厳蔵が振り返る。
「だから! ……やったのか、と聞いておるのだ馬鹿者!」
「だから何をさ!」
 厳蔵の吐息が荒い。もっと間近にいけばその両目が血走っていることにも気づいただろう。
「年には勝てん、ワシも昨晩はすぐに床についてしまったからな。……空也! あの後、ワシが寝静まったのを見計らってハツネさんとやったのか!!?」
 隣を歩く着物少女の頭から湯気が噴き上がった。
 頂上で叫んだら山彦が発生しそうなほどの大声で厳蔵は鼻息を強く詰め寄ってくる。
「その……そのはちきれんばかりの、きょ、きょきょ巨乳を、これでもかと言わんばかりに揉み解したのかと聞いておるのだ!! 恥じらいながらも、男の猛々しい攻勢を前に、同時に普段むっつりで通している男があらわした夜の本性を前に、あられもない声を上げながらも徐々に徐々に体を開いてしまうその助平な体を嘗め回したのかと聞いておるのだ空也!!」
「近い、近いからじいちゃん! 顔近い!」
 唾が飛んだ。
「……昨日は遅かったから俺もすぐに眠っちゃったよ! それよりじいちゃん、お願いだから声下げて! もうルチアーノの家のそばまできているんだからここでお腹壊さないでよ!? 俺達真面目なお願いをしにきているんだから!」
「ちっ。何じゃ、つまらん。……ハツネさんはいつでも待っているのに。のう? ぐっへへへ」
 夫の溜息を隣に俯いて顔を隠すハツネは厳蔵のセクハラで羞恥心に塗れながらも、これが彼なりの緊張の解し方であることを知っていた。空也が学校へ行っている間は厳蔵から家事を教えられる日々。家には二人きり。だが一度たりとも厳蔵はハツネに触れたことはないし、言葉はおろか視線に不浄が含まれたことさえない。彼があられもない暴走を始めるのはいつだって空也がいる前だけなのだ。
 ──ちなみに厳蔵は、仕掛けたビデオカメラで二人に何もなかったのは知っていた。
「それよりさ。本当にそれ、手土産に出すつもりなの?」
 空也の懸念は、厳蔵の持つ横幅三十センチに満たない小型のケース。中身はさほど重い物でもないので老人の手でも軽々と運べる代物だ。尋ねてきた茶部から渡され、その中身を目の当たりにした時は凝然とした。「掻き集めてきた」。そう言って笑う古狸の笑顔。
「やむを得まいよ。連中に渡りをつけるにはこいつが一番。そもそも愚かに密猟などしようとしたのも、それが原因じゃろう」
「……話をしにいくにしては、真っ当な手土産じゃないよねそれ」
「相手が真っ当でないのだから妥当じゃい」
 地元の人間は通ることさえ嫌がるその一帯を堂々たる足取りで行く。人の賑わう街通りと比べ、何と物静かなことか。孤城と呼んでも差し支えないほどに薄ら寒い日本家屋。ルチアーノの自宅であり、小野寺組の事務所。その正門に空也達は立った。
 ハツネを連れて行くことには最後まで反対していた空也だが、昨日のことがあった手前、ハツネがいなければ入ることさえも難しいとは厳蔵の論。万が一危なくなったらハツネは狐の姿となって逃げますから、と安心させるように語る彼女を前に、空也はハツネ本来の姿が人でなく動物なのだという事実を思い出す。気づけばすっかり人対人として接していた。
「何だお前等? とっとと失せろやァ!」
 用件を告げる前から、張り詰めた空気を凝縮して飛ばすかのような威嚇が飛んできた。
 門番というヤツだろうか。開かれた木造正門の左右に崩した体勢で立っていた二人が、空也達を見るなり首を突き出し、細めた瞼と眉間に寄った多重のシワを持って出迎えてくれる。
「消えろや! ここをどこだと思っておるんじゃ!!」
「まぁまぁ、待って下さいな。若い者は本当にせっかちなんじゃからのう。……でもいいんかい? ワシ等を追い払った、なんてあんた達のボスに伝えてみなさいな。指が飛ぶかもしれんぞい? 何しろこっちは、小野寺岩鷲から直々に、いつでもこいと言われているんじゃ」
 そう言って意味ありげに、震えながら空也の背中に隠れているハツネを振り返る厳蔵。
 小野寺岩鷲という名前、厳蔵の自信あり気な声、清廉たる美貌を持つハツネを目の当たりにし、二十代前半のチンピラ二人は気概が一挙に薄まっていく。代わりに浮き出るは僅かな狼狽だ。完全なる縦社会。それに背いた代価は最悪命までも差し出す必要があるのが彼等の世界。金がなければ血と苦痛を代価として詫びを入れるより他ない。
「おい。ちょっと確認してこい」
「分かりました」
 だからこそ彼等は途端慎重になった。一般人にナメられ組の看板に汚点をつけることなど論外だが、もし本当に目の前の平和そうな顔をした三人が岩鷲の客ならば自分達の体は汚点はおろか、風通しのよい穴が空くことにだってなりかねない。
 証拠なしに真偽を見定め、組の誇りと自らの命を天秤にかける。
 門番とは使い走りの役目であり、重要であり──だからこそ誰もやりたがらない。
 内心只ならぬ気持ちでいた門番達は、しかしその言葉に救われることとなった。
「そいつ等は間違いなく親父の客だぜ。ケツに火が点いたマヌケのようにとっとと走って親父に報告してきな。ここは俺が受け持つ」
「坊っちゃん!」
「早く行きな。晩メシにミサイルか手榴弾を食わされるはめになってもいいのか?」
「へ、へい!!」
 一礼すると脱兎の如くチンピラ達は屋敷の奥へと駆け出して行った。ある意味潔い。だが空也の意識にはもう二人の姿は消え去っている。驚きはない、学校にいないのなら家にいるのは至極当然。
 ルチアーノが三人を出迎えたとしても何の不思議もなかったのだ。
「遅刻はともかく──学校に欠席なんて滅多にしないのにな、ルチアーノ」
「HAHAHA! そこは突っ込まないでくれやブラザー! 今までは確かにそうだったさ」
 ある種の境界に立ったような空虚感と達観を覚えた親友の瞳。だがそこには意思の光もある。季節によって山の色合いが変わるように。ルチアーノは──変わろうとしていた。
「でも……そうだな。これからは遅刻も欠席も多少増えるかもしれねえ。なに、まぁ自由に行こうじゃねえか。束縛なんて鎖、この俺には似合わねえぜ。HAHAHAHAHA!!」
「どうして──あんなことをしようとした?」
 知らずして空也の口からは、氷柱のように酷寒たる凍えと鋭利さを秘めた言葉が飛び出た。昨夜と同等の質問。異なる答えが返ってくるのを自分は期待しているとでもいうのだろうか。
 一時の沈黙。瞼が眼を覆い隠し──再びそっと開かれる。
 口元に浮かぶのは皮肉めいた微笑。
 クラスから疎まれ、恐怖され、孤独や陰口など笑い飛ばしてきたルチアーノが、空也の知らない素顔を覗かせる。
「BIGになるためだ。俺もそろそろ血の味を覚える時がきたんだよ……ブラザー」
 その言葉が空也の導火線に火を点けた。
「旦那様!」
 桔梗のような色をしたシャツの胸倉を、ボタンが千切れそうなほどに掴み上げる。慌てて制止の声を飛ばすのはハツネのみ。厳蔵は無表情でそれを見守っていた。
 可笑しな話であるが──
 もしこの時、ルチアーノが血に飢えた獣のように、狂気を模した瞳と抑えきれぬ興奮を持って夢見るようにその言葉を紡いだのなら、空也も冷静でいられたかもしれない。もしくは、吹っ切るように、本当にビッグなマフィアとやらになるために心を捨て始めたのなら納得していたかもしれない。
 彼は中途半端だった。
「ふざけるな!! そんな下らない理由で!!」
 言葉と裏腹に、ルチアーノの表情は明らかに優れなかったのだ。
 もしこんな態度でアメリカ全土を支配しようと言うのなら、それこそ最高級のジョークだ。彼等の世界のことは知らないが、マフィア界に対して失礼にさえ値するほどに。
 昨晩の祭りを思い出す。
 誰もが楽しそうに生を謳っていた。撃退に成功したというだけではない。余分な文化や道具がない故に、彼等は全身全霊で生きる喜びを表現する。頭の天辺から足の爪先まで、全てを使ってその身を天へと捧げる。元々動物達に対しては人よりも思い入れが強い空也であったが、あの宴を目の当たりにしてしまって以降、彼等を人間より下に見ることに抵抗を覚えてしまった。それを愚かと笑う者もいることだろう。でもそんな人間が一人くらいいてもいいではないか。
「ヘイヘイヘイ! 何熱くなってんだよブラザー! その元気はガールフレンドとの夜のために取っておけよな! ……悪いことをしているとは思ってる。でも相手は動物だろ?」
「ルチアーノ!!」
「やらなきゃ俺がやられる。お前、昨日俺達が親父に何て報告したか知ってるか? 動物に追い掛け回されて、一頭も仕留められず逃げ帰ってきました。だぞ!? 俺はかろうじて制裁を免れた! だが先陣切ってた連中はなぁ……!!」
 何と自分勝手な──! そう怒鳴ってしまいそうになった空也の心に、昨夜の土暦の言葉が甦ってくる。
 人間よ。お前は動物と人間、どちらの側につく──
「冷てえぜブラザー。アレが縮んでしまうほど冷てえ。動物と俺、どっちが大事なんだよ。次失敗したら俺だってやべえ」
「ルチアーノ」
 両肩に手を食い込ませた。どこか悄然とした感じが拭えないルチアーノだったが、その痛みに空也の双眸を真っ向から見据えるはめとなる。だがそれは空也も同じだった。人生の半分以上の年月を共に過ごしてきた親友である。ルチアーノの瞳には殺伐たる荒野のような、無味乾燥な色が見受けられた。そこには動物はおろかまともな生命さえ息づいているようには見えない。
「もうやめるんだ。お前が望んで密猟に手を染めているわけでないのは分かった。今ならまだ間に合う。親父さんが怖いのなら、うちを頼れ!」
「はーぁーん? 何知った風な口聞いてんだブラザー。俺はBIGなマフィアになるんだぜ? 人間どころか、動物をぶっ殺すのにビビッているとでも思ってるのか!? 俺は餓鬼じゃねえんだ。既に自由への一歩は踏み出しているんだよ。昨夜お前がそれを邪魔しなければな!」
「何が自由だ!! 父親の恐怖に従って行動しているだけだろ!? お前──これのどこがビッグなんだよ! 昔からずっと言ってたじゃないか。俺は大物になる、ビッグなマフィアになるって! ルチアーノ、こんなの──ただの下っ端の雑魚じゃないかよ!!」
「……初めは仕方ねえ。着実に足場を固めていくんだ」
 ルチアーノは怯えていた。
 お上から突付かれ機嫌の悪い岩鷲が、この城を魔窟たる根城へと代えているのは想像に難くない。岩鷲に対し反論一つでその口を削がれるのだろうか。部外者である空也には分からない。
「……動物は大切だよ。染野山は大事な山だ。俺が今ここにいる用件くらい分かっているだろう? お前の親父さんに直談判しにきたんだ。でもな……ルチアーノ」
 嘘偽りない言葉。親友に送れる唯一無二の確かなる証。
「俺はお前のことだって大事なんだ! 動物だって、人間だって、どっちだって大事さ! どうして二者択一なんだよ? 両方の手を握って何がいけない!!」
 聖人君子たる罪深き意見。人が口にすることほど滑稽なことはないだろう。
 それでも。空也は勿論、ルチアーノとて昔は染野山を駆け巡って、その息吹きをめいっぱい吸い込みながら無数の木々と共にダンスに興じていたのだ。それは昨晩の祭りと一体何が違うというのだろう。
「──ブラザー」
 空也の言葉がルチアーノの体内にこびりついた煤を幾分か払い落としたのか。掠れるように出た言葉には僅かな純朴たる心を覗くことができた。つまりそれは本心の欠片だ。
「お前の気持ちは嬉しいぜ。俺だって、お前さえよければずっと友達でいたかった。でもよ、俺達は大人になっていく。俺がこれから進もうとしている道は、きっと大勢の人間を泣かせ、苦しめる道だ。だが引き返せねえんだ。きっと世の中には変わっていくものと、変わらず残るものがある」
 笑う。今度は皮肉めいた睥睨ではない。
 空也に抑えられていなければ外国人俳優のように肩でも竦めていたのだろう。
 ──そんな目だった。
「お前はそのままでいてくれやブラザー。こんな俺だが、お前のおかげでそれなりに楽しい学生生活を送ることができたんだ。きっとお前はそのホットとクールが備わった心で、これからも誰かを救っていくんだろうよ。感謝している。でも……これまでだな。昨日からよ、お前の言葉と心とその顔がカリブ海の夜明けのように眩しいんだ。俺はこれからもっと暗闇に落ちる。スラムの腐り切った便所みてえな場所にな。俺達は別々の道を行くべき時なのかもしれねえ。HAッ! 親父はさぞかし喜ぶだろうがなクソッタレ」
 空気の冷たさは間近に控えた冬の訪れだけではないだろう。
 鷹揚に構えようと必死に自分を作っている目の前の男は、小野寺家に蔓延する毒水を受け入れることを決意し始めていたのだ。
 遠くなっていく。
 目と鼻の先にいる男が、蜃気楼のように霞み始めていく。
「次会う時は完全な敵同士かもしれねえな、ブラザー。……HAHAHA、これもマフィアの宿命ってな。共に酒を飲み交わした仲間でも、抗争次第では銃を突きつけ合う間柄に変わる。これが俺達の運命だったのかもしれねえ」
「受け入れてくれる……。動物達は賢く、でも心は純真無垢なんだ。誠意を持って、お前がこんなことを心から洗う姿勢を見せれば俺達はきっとお前を助けられる。でもそっちにいる間は無理なんだ! だから──」
「脳味噌の代わりに畑の土が入っているお前でも、何でもかんでも万事上手くいくなんて思ってねえだろ? 金も権力もねえ十五歳のお前が、人間と動物、両方の手を掴むことなんてできるはずがないんだ。せいぜい片方だけだ。俺の手を掴むのはやめとけブラザー。でないときっと、お前の大切なモンを掴み上げる力が足りなくなるぞ。……おっと?」
 複数の足音に気づいたルチアーノが、肩にかかっていた空也の手をそっと振りほどく。
 背後から近づいてきたのは門番達とは明らかに違う、重厚たる空気を上半身のスーツから纏わせている男達だった。怒鳴ったり脅したり──などの低劣なる愚行は似合わない。沈黙だ。誰もが口を真一文字に結び、猟銃などよりもよほど物騒に思えるいぶし銀の如き鋭い眼光を持つ。人数は三人。ただのチンピラと一線を画す彼等はまずハツネをその視界に確認し──空也達に頭を下げた。
「失礼があったようで大変申し訳ございません。こちらへどうぞ。若頭がお待ちです」
 話の終わりだった。
 空也は後ろ髪引かれる思いを断ち切り気持ちを新たに切り替える。真の目的を忘れてはならない。昨夜土暦が空へ解き放った大砲のような爆発を思い起こす。相手にそんなつもりは毛頭ないだろうが、これは言わばこの街をかけた二種族間の協議なのだ。空也の後ろにはハツネがいる。土暦が、茶部が、昨日歌と踊りに明け暮れた万の仲間がいる。
「いらっしゃい。どうぞ」
 ルチアーノの風体が変化する。彼もスイッチを切り替えたのだ。いやに落ち着き払った物腰と、一切感情を読み取らせない相貌。ボーイのように片手を奥に流し、客人達を出迎える。
 他人行儀なその姿。
 それこそが今の空也とルチアーノの距離。
 心の中で息を一つ吐くと唐松の並ぶ庭へ空也は一歩を踏み出した。

       

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