Neetel Inside ニートノベル
表紙

わが地獄(仮)
俺が国家で俺が法

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 革命というものは狂人が起こす。だから、俺は狂人についていくことにした。
 その狂人には俺と違ってカリスマがあった。誰もがやつの言葉を鵜呑みにし、救世主だと信じた。そう信じた方が、毎日が楽しくてハキハキしてくるんだから仕方ない。生きがいの前には何人死のうが構わない話だ。
 日本という国はもうない。アメリカの属国になった。公用語は日本語から英語になった。このおかげでMOD文化が盛んになった。もう日本語訳ファイルを探す必要はない。もう日本語は存在しないのだから。
 文学というものは事実上、すでに死に絶えていたけれども、完全に滅却する必要があった。だから俺たちは火炎放射器を担いで、華氏なんたらかんたらの小説よろしく人と本を焼きまくった。

「おまえだって言葉を使う人間だったんじゃないのか!」

 俺が小説を書いていたことを知っていたやつがいた。友達だったのかもしれない。忘れた。俺は気にせずそいつを焼いた。奥さんと子供もいた。子供は回収した。子供に罪はない。
 俺は狂人に言った。俺たちは家族のせいで、親のせいで、ろくな人格にならなかった。親は免許制にして、血の繋がりではなく心の繋がりを作れる人間だけが親になるべきだと。狂人は俺の意見を取り入れてくれた。

「不思議な気分だ。誰もが俺の言うことを否定したのに、あんたはそうしないのか?」
「ああ。おまえの言う通りにやれば、話が早いからな」

 たしかにそうだ。
 今ではもう姓は存在しない。両親も存在しない。実子も存在しない。誰もが社会のために存在するだけの歯車だ。そしてその歯車には生きがいや優しさや思いやりを与えてやれば効率よく回る。ムチで叩いたところでテレビは直らない。
 民主主義は衆愚政治に過ぎない。だから狂人をトップに据えた哲人政治が敷かれた。俺もその中枢に配置された。狂人はなぜか俺を信頼している。俺はそこまで俺を信頼できない。

 MBTIでINFPと診断されたものだけが政治にかかわることができる。陽キャは末端構成員として搾取される側となった。搾取される耐性が強いからだ。INFPのように適応障害を起こす可能性がゼロに近い。かえのきくコマだ。
 俺たちINFPだけが幸福になれる理想郷。ここでは俺たちの言葉や意見に反論などほとんどないし、あってもお互いの信念に基づいた価値のある議論だ。バカどもの空虚な常識などなんの値打ちもない。ハリボテに存在価値などない。
 毎年何百万人も粛清で殺されるが、その遺体は肥料にされる。燃料にして燃やされることもあるが、あまり効率がよくない。墓などというものは存在しない。そんなものを作ってなんになる? 死者より生者を大切にすべきだ。死人はなにをしても喜ばない。

 野球やサッカーは嫌いだから排除した。スポーツは勝ち負けを決める。そういうのが神経を病むことに繋がる。そんなものよりリングフィットと仏教だ。他人に依存せず、自分の肉体と精神と向き合う。そうすれば他者を圧迫したり脅迫したりするようなバカが減る。まァいても焼いちまえばいいだけだ。人間は焼いて黒焦げにすると素直になる。もう俺に暴言を吐かない。おとなしい良い子たちだ。死は素晴らしいコミュニケーションだ。誰もが大人しくなる。俺と敵対しないでいてくれる。

 日本は島国だから遺伝子が近すぎる。江戸時代で3000万人、それでも都心部に人口密集していたのがなんやかんやで1億2000万人だ。急激に繁殖したのだから実質的な近親相姦もかなり増えていた。ちょっと遡れば先祖は一緒だ。だから不妊しやすくなる。加齢だけじゃない。そもそも俺たちは血が濃すぎる。だから移民をどんどん入れた。治安は悪化したが大したことじゃない。交通事故と何が違う? それにINFPは労働者から除外されている。死ぬのは陽キャどもだ。あいつらはコピペだから減っても構わない。価値があるのは突破者である俺たちだけだ。
 それぐらいにして守らないとINFPは繁殖できない。構造上の問題なのだから仕方がない。

 もう俺は薬を飲んでいない。俺が俺であることを止められる存在がいないからだ。なにをしても自由でいられる。自分の行動が常識的かどうか、敵対するバカが出るかどうか考えなくていい。俺が法であり国家だ。狂人がその保証をしてくれている。俺に逆らえば死だ。それでも向かってくるバカは少ない。どいつもこいつも弱虫だ。逆らってくるのはINFPくらいだ。だからそいつらは見つけ次第に保護する。問答無用で。
 俺たちは数が減りすぎた。少しくらい増える時代をもらっても罰は当たらない。
 動物たちも守ることにした。ペットとか、ブリーダーとか、そのへんの違法繁殖をする連中はすべて駆逐した。人間より動物を選ぶのか! と叫びながら死んでいったやつもいたが、そんなの当たり前だ。俺は人間を見てもリラックスしたり興味深くなったりしない。ゴキブリと変わらない。なるべく減らしたい存在。
 ある程度の去勢で数を抑えることは仕方がない。それは動物も人間も同じだ。ただ、俺たちINFPの数が減ると狩人が減る。陽キャどもは生産性のない社会動物でしかないから、社会が安定し法が成熟すればやつらのご自慢の論説など不要だ。執行は俺たちがやる。陽キャに法など必要ない。ただ黙って従っていればいい。ろくな発想も信念もないくせに。生きていけるだけありがたいと思え。

 もうセックスも必要ない。遺伝子の配合を見て、国が決めた精子と卵子を混ぜ合わせて代理母に妊娠させる。国家のための事業であり、しかも死ぬ可能性があるので軍人レベルの高級役人にした。これはすごく楽しい仕事だった。地球の裏側から取り寄せたブラジル人の精子はどう混ぜても日本人と優れた親和性が見られた。遺伝子の袋小路が一気に突き崩されて優秀な子供がたくさん生まれた。もう逆上がりができなくて、かけっこが遅くて泣く俺みたいな劣等種は生まれない。優秀な子だけが生まれる。それがどれだけありがたいことか? 生は苦痛である。ならば苦痛は少ない方がいい。
 いつか俺たちみたいな子が生まれない世の中がほしい、と狂人に言ったら、それはどうかな、と返された。俺たちのほうが生き残った方がいいのかもしれない、そう思えないのはまだおまえがやつらの価値観の中にいるからだ、と。そうかもしれない。殺しても殺しても、俺はあいつらの愚かな呪縛の中にいるのかも。もっと殺せばよくなるのだろうか?
 狂人はいう。

「おまえが死ぬのは簡単だ。喜ぶやつもいるだろう。でも、おまえが死ぬと俺が困る。俺たちが困る。俺たちは数が少ない。お互い理解者だ。それが減るなんて考えたくもない損失だ。おまえの気持ちがどうであろうと、死んでもらっちゃ困るんだよ」

 そうか。
 そう言われるのは悪い気はしない。だが実感はない。自分が生きていてもいい側にいるというのは。女の子の服を着て褒められているみたいだ。でも、いつかそれも慣れるのかも。それが普通に思えるのかも。

 今日も俺はマントを羽織る。最高級品質の黒いマント。法執行官のあかし。そして火炎放射器を携えて、国家反逆者を狩る。
 宮崎駿は風たちぬで言った。
 ピラミットがある世界とない世界、どっちがいい? と。
 俺は、ピラミッドを見て喜ぶだけで作ろうとしない人間を、狩る。

       

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