Neetel Inside ニートノベル
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 助ける? 柚之原を? どうやって?
「友貴、あなたのHVDO能力で」
「お嬢様、仰っている意味が……」
 俺が1歩下がると、お嬢様は3歩近づいて、俺の首根っこを捕まえた。
「今はふざけている場合じゃないわ」
 いや、本当に……と弁明しようとした時、再び大きな歓声が熱を持って沸き上がった。反射的に俺はリングへと目を向ける。あろう事か、覆面男は柚之原の身体の自由を奪いながらも、その右手で乳房を鷲掴みにしていた。
 それは「攻撃」ではなく、紛れもない「愛撫」。正反対に位置する行為だ。
「やめなさい!」
 お嬢様がそれを見て声をあげたが、この歓声の中では覆面男の耳に届いたかさえ分からない。例え届いたとしても、覆面男は行為をやめなかったはずだ。何故なら罰則規定に、「相手の乳を揉んではいけない」という一文は含まれていない。
 柚之原の両腕は、覆面男の左手1つで完全に押さえ込まれ、足も絡んで動けなくされていた。ただただ観客達の前で乳を揉みしだかれ、辱めを受け続けるしか選択肢のない状態。
 まだ試合の決着もついていないというのに、これだけの事をされている絶望感。いやむしろ、試合中にも関わらずまるで最初から相手にされていない事が、柚之原という人格を完全に否定し、これ以上なく侮辱している。
「あの、お嬢様。俺にはどうする事も出来ません。努力はしましたが、まだ、俺は変態には……」
「目覚めているわ」
 お嬢様の即否定に気圧され、俺は冷や汗を流す。
「私の第三能力が発動した時、あなたは射程範囲内に確実にいた。それと私の公開オナニーを見てあなたが興奮していないはずがない。にも関わらず、影響を受けていないという事は、あなたが効果の対象外。つまり、HVDO能力者だからよ」
 お嬢様の理屈は正しい。確かに俺は、いざという時に備えて五十妻達からは隠れていたが、あの場にいた。そして尋常ではなく興奮もした。にも関わらず能力の影響は受けていない。記憶は無事だし、事実俺は我慢出来ず、数時間ほど前、昨日の件を思い出してふがふがしてしまった。
「俺が……HVDO能力者?」
 それは認めがたい事実だった。まるで実感がない。羽もないのに「君は空が飛べる」と太鼓判を押されているような気分だ。俺は正直に述べる。
「お嬢様の仰っている事は分かります。……ですが、俺には能力がありません。あったとしても、発動のさせ方が全く分かりません」
「おそらく……」と、お嬢様は何かを思い出しつつ、「柚之原の妹、命さんのような、いわゆる『天然の能力者』は、最初意識せずに能力を発動させているのではないかしら。命さんも、動物になる夢を見た時に、実際に動物になっていたようだし」
 仮に、もしそうだったとしても、重要な問題が1つある。
「俺は……変態ではありませんよ」
 お嬢様は明らかに苛ついた様子で、俺を責める。リング上の戦況は悪化している。柚之原の身体は拘束されたまま、乳首に覆面男がむしゃぶりついていた。覆面男の唾液にまみれた柚之原の乳首がふいに露わになる。柚之原が汚されていく。
「今はふざけている場合じゃないの。白状しなさい。あなたはどんな性癖の変態なの?」
「いや、ですから、俺は……」
 お嬢様は俺の胸ぐらを離さない。更にきつく、意外な腕力。俺の首が絞まる。
 その時、ゴングが鳴った。


 レフェリーが素早くリングに入り、ラウンド終了を告げて両者を引き離す。柚之原の身体はようやく自由になり、セコンドに戻ってきた。お嬢様が俺を離してくれたので、俺は椅子を用意して柚之原を迎える。
 椅子に座った柚之原は、近くで見るとますます酷い状態だった。全身についた痣と、口元の切り傷。瞼も腫れて、表情からは恐怖と疲労が漂っている。俺はとりあえずタンクトップを下ろし、丸出しになった乳を隠した。
「友貴。まだしらばっくれるの?」
 柚之原の傷の応急処置をする俺の背中に、お嬢様がそう声をかけた。どんなに責められても、俺が変態ではないという事は俺自身がよく分かっている。
「友貴。あなたがHVDO能力者なのは、さっきも言ったように明らかなのよ。今更隠した所でどうなるのというの」
 仕方なく、俺は答える。
「……百歩譲って、もし俺がHVDO能力者だったとしても、その能力でこの状況を解決出来るかは分かりません。むしろお嬢様がリング上で公開オナニーして記憶を飛ばした方が良いのではないですか?」
 我ながら凄い事を言っている、とは思ったが、お嬢様は冷静に反論された。
「だから、私の能力はHVDO能力者には効かないの。仮に公開オナニーをして観客を全員気絶させた所で、阿竹と御代が健在ならすぐに崇拝者へ柚之原の処女が引き渡されてしまう。公開オナニーする事自体は一向に構わないというかむしろ望む所だけれど、それでは解決どころか対処療法にすらならないのよ」
 最後の変態じみた宣言はいらないんじゃないかと思いつつも、お嬢様の仰っている理屈に間違いはなかった。が、
「だから、あなたのHVDO能力が何かは分からないけれど、とにかく何とかしなさいと言っているのよ」
 これに関しては滅茶苦茶だった。冷静なように見えて、内心では切羽詰まっているのだろう。これは命令ではなくただのわがままだ。
「しかし……」
 それでも身に覚えのない俺が、仕方なく否定を繰り返そうとした時、柚之原がぼそりと呟いた。
「……ラッキースケベ」
 何?
「ラッキースケベ!」
 お嬢様が小声のまま叫んだ。何だその間抜け極まりない単語は。と訝しがる俺。
「それ以外、考えられないようね」
 と、お嬢様。俺は質問する。
「あの、ラッキースケベって何ですか?」
「知らないの? エロ要素の多い恋愛少年漫画の主人公などが標準装備している能力よ。目の前でやたらと女の子が転んでパンツが見えたり、たまたまバランスを崩した先におっぱいがあったり、話の流れで体育館倉庫に2人きりで閉じこめられたり。とにかく意図せずエッチな目にあう事を、ラッキースケベというの」
 確かに、お嬢様が今並べられたそれらのパターンは、これまで死ぬほど見てきた気がする。ベタというか王道というか、いわゆるサービスシーンとして、これらの要素がいきなり介入してくる作品はそれこそいくらでもある。
 その現象を総じて、「ラッキースケベ」と呼称するのは実に正確で的確だ。思わず納得する。
「ずっと考えていたんです……どうしてサイコロ勝負でこの男に4連敗もしてしまったかについて」
 こんな状態になりながらも、柚之原は闘志と敵意を忘れていなかった。もちろん、俺に対しての。
「この男がラッキースケベの能力を持っているのなら、全ての辻褄があいます。ここ数日の事故的なのぞき行為だとか、お嬢様が公開露出を行った際にじゃんけんで負けた事とか。気づくとこの男は破廉恥な幸運に恵まれているのです」
 確かに、柚之原の言う通りだ。牢獄から解放された次の日から、早速俺はお嬢様の偶発的パンチラを拝んでいる。
 だが、俺は別に「ラッキースケベ」に特別な感情を抱いていたりなどしない。恋愛漫画からラッキースケベシーンを切り抜いたりなどしないし、何の苦労もなくいやらしい目に遭いたいなどと思った事は……まあ1度か2度はあるかもしれないが、身を焦がす程に切望した覚えもない。むしろそれは、誰でも思う事ではないだろうか。そこの所が引っかかっていると、お嬢様は思い詰めたように言った。
「幸運とは『無意識下』であるからこそ味わえる特別な甘美。自分からエロを求めれば、その時点でラッキースケベは成立しなくなる。なるほど。納得したわ」
 お嬢様の高貴なる頭脳を、このようなくだらない理屈の為に僅かでも回転させて良いのだろうかと不安に思う。
 しかし確かに、「ラッキースケベ」とは、エロにこだわらないからこそ味わえる状況と言える。HVDO能力に目覚めるほどの性的固執とは、ある意味最も遠くにある概念。「こだわらないというこだわり」とでも言うのか?
 しかし俺がそういう「無意識の変態」であり、「天然の能力者」であり、「ラッキースケベ野郎」だった事を全て認めたとしても、それをどうやってこの状況で生かすのか。すでに試合は始まっている。陵辱公開処刑という名のワンサイドゲームは、既に確定し進行してしまっているのだ。
 そんな俺の失望に、一陣の風が吹き込んだ。
「勝ったわね」
 俺の耳がおかしくなったのか。それとも余りの絶望的な戦況に、お嬢様の頭がおかしくなられたのか。後者は疑う事すら万死に値する。ならば前者か、あるいは事実か。
 それを確かめる時間はなくあっという間に1分が経過し、再びゴングは鳴った。2ラウンド目。俺とお嬢様はリングを降りた。


 勝つ。
 とは、相手に負けを認めさせる事だ。屈服させる事だ。何かを奪う事だ。殺す事だ。
 今の柚之原には、覆面男をそれらの状態に陥らせる事は出来そうにない。ラウンド開始早々、柚之原は相手に向かって突っ込んだ。イチかバチか、乱戦にもつれこみ金的を喰らわせられれば勝機はあると見たのか。その作戦は一見正しいが、しかし現実は相変わらず無情だった。
 体躯に似合わない素早い身のこなしで、決死のタックルを避けた覆面男は、すぐ様柚之原の身体を捉え、今度は寝技に持ち込んだ。そして再びチョークスリーパーから、両腕も巻き込んで固定。右だけの腕力で強引に押さえつけ、あいた左手は柚之原の股間に伸びる。
「処女膜が破れないように気をつけなくちゃな」
 そう、覆面男が柚之原の耳元でささやくのがこの位置からでもギリギリ聞こえた。柚之原は当然暴れたが、無駄な抵抗とはまさにこの事で、何の成果もあげられない。パワー、スピード、スタミナ、根本的な力が桁違いすぎる。
 上がっていく観客の興奮度に反し、再び冷えきっていく俺の感情。そこにお嬢様が再び熱湯をそそぎ込む。
「友貴、これから私の言う事をよく聞きなさい」
 俺は振り向き、お嬢様の目をのぞき込む。何か、お嬢様の黒目の周りに、一瞬輝きのような物が見えた。これが希望か? ユダはジーザスの瞳にこれを見たのか。
 お嬢様は一呼吸おいて、
「この試合、柚之原がもしも勝ったら、あなたは私のおっぱいを10分だけ好きなようにしなさい」
 と、静寂より静かな声で俺に命じられた。

       

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