Neetel Inside ニートノベル
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第五部第一話「黄金は命題に劣る」


 自分が思うに、「フラグ」という物は重要な物です。
 一般的にフラグと言えば、真っ先に思い浮かぶのは死亡フラグだと推察され、使い古されてボロく擦り切れた例を今更挙げるのもやや癪ですが、「この戦いが終わったら故郷に帰って結婚するんだ」等とのたまう者のその背後に死神が見えて仕方なくなっているというのも、言ってみれば一種の現代病であるのかもしれません。とは言え、一応そう宣言し、フラグを立てておく事によってその後の展開の悲惨さが際立ち、物語に深みが出るというのもまた否定できない事実ではある訳です。
 上記の例のみならず恋愛においても、あるいは戦闘においても、フラグという物はやはり重要だと思うのです。突拍子もない展開という物は時に見る側の気持ちを置いてけぼりにし、誰にも追いつけなくなったその孤高の作品は、最初からTwitterで監督が毒を垂れ流す為だけに存在したかのようにWikipediaの一節に刻まれ、記憶に残らず記録に残る最悪のパターンを再現する訳です。ああ、予定調和の素晴らしさたるや。
 しかしながら現実は非情かつ残酷かつ唐突です。
 フラグは旗工場から出荷される前に叩き折られ、思いも寄らない光景は朝起きていきなりやってきたりする事もあるのです。
「僕の性癖はロリコンだ」
 普段ならば、くりちゃんが持つ48の殺人技を駆使されて目覚める自分の耳にその日最初に届いてきたのは、甘ったるくも清々しいイケボでした。
 続けざまに瞼をぶち破って飛び込んできたのは、同級生春木虎の胸糞悪い爽やかな微笑と、全裸の女子小学生でした。無論、見覚えがあります。幼女化したくりちゃん、の形をした、人間かどうかも良く分からない存在、通称「偽くりちゃん」にまず間違いありません。
「あの、ここは自分の家なのですが」
 混乱する頭の中で、自身でも確認がてらにそう言うと、春木氏はいつの間にやら作った合鍵をその手に光らせ、「入らせてもらったよ」と不法侵入を自供しました。
「何故、なんて当たり前の事は尋ねないでくれよ? HVDO能力者が2人いたら、する事は1つしかない」
「オセロしましょう」
「性癖バトルだ!」
 言うや否や、全裸の幼女が横たわる自分に飛びついてきました。そのままマウントを取られ、余りの勢いに殴られるかと身構えると、パジャマの下とパンツを同時に脱がされます。
「やめてえええええ」
 と叫んでみるも特に効果はなく、既に偽くりちゃんの手は自分の剛直を握り締め、亀頭に向かって涎をつつーっと垂らし始めていました。
 やられる。二重の意味で。


 確信した自分は咄嗟に腰を捻り、その水蜜桃の汗のような妖艶な液体をかわしました。ならば、と喰らいついてくる偽くりちゃんの頭をドッジボールよろしく両手で掴み、拒否マチオの体勢でクビの皮一枚堪えました。この間僅か0.5秒。有無を言わせぬ速攻をかろうじて凌いだ自分は、絶叫に近い質問を春木氏に投げかけます。
「なぜ自分と春木氏が戦う必要があるんですか!?」
 自分は春木氏に1度性癖バトルにて負けていますので、春木氏からしてみればここで自分に勝っても新たな能力は得られないはずです。つまり正確に言えば、春木氏にのみ必要のない戦いであり、むしろ自分の方にこそ戦いの必然性があるという理屈はあるのですが、それにしたっていくらなんでも唐突ですし、その上敗色濃厚です。
「僕は運命を信じている。君と僕とは今、ここで、戦う運命なんだ」
 まったく答えになっていませんが、ここは一応返しておきましょう。
「自分も運命は信じています。乗り越えるべき高い壁として、抗うべき物として。運命があったとしても、それに従うつもりはありません」
「つまり?」と春木氏。
「……逃げます!」
 偽くりちゃんを春木氏のいる方向に突き飛ばし、すぐさま窓のカーテンを開きました。春木氏は部屋の入り口に陣取っており、おそらく脱出しようと試みれば、羽交い絞めにされて強制フェラの餌食となってしまう事は確実でした。よって、ここは突き飛ばされた偽くりちゃんを春木氏が受け止めているその隙に、窓から脱出するのがベストな選択です。自分の家の窓からは、隣の木下家に飛び移る事が出来ます。
 鍵を上げ、窓を開きました。そして身を乗り出した瞬間、肩をぐいと掴まれました。
 馬鹿な、速すぎる。
 春木氏がいるはずの位置からは4、5メートルは離れているはずで、また、突き飛ばされた偽くりちゃんを春木氏が無視して受け止めないというのも考えられません。
 何故なら彼ほど幼女を愛する者はおらず、そして彼ほど紳士な高校生もいません。自分が何の躊躇いもなく、(得体が知れないとはいえ)女子を突き飛ばせたのは、そんな彼に信頼を置いているからに他なりません。
 にも関わらず、何故自分は捕らわれてしまったのか?
 その答えは自分が少し振り向くだけで解決しました。
 手が伸びていたのです。
 1つの疑問の解決と共に新たに疑問が生まれました。
 なんで手が伸びているのか?
 偽くりちゃんが実は悪魔の実の能力者であったという事実が発覚した訳ではないとしたら、これは間違いなくHVDO能力の一部であり、そしてその発生源はおのずとこの男に限られます。


「言うまでもなく、僕は幼女を愛している」
 と、春木氏はまず自らの犯罪を告白しました。
「そしてそれは幼女がどんな形になっても愛するという事を意味する」
 偽くりちゃんの手を見て、自分はなんとなく事情を察します。
「幼女の状態変化。これは僕が君を倒した時に目覚めた第9の能力だ」
 なるほど春木氏は知らぬ内に更にディープな世界へと足を踏み入れているようでした。石化、金属化、球体化、箱化、食品化、ケモ化、平面化、オナホ化、レディポット。それら常軌を逸しているとしか思えない「女性の状態変化」は多岐に渡り、確かにそれに比べれば腕が伸びるくらいの事はむしろ常識的なくらいだと思われました。
「僕は個人的に、この能力を試練だと受け取っている。幼女がどこまで変化したら幼女でなくなるのか。僕の愛せる幼女はどこまでが幼女なのか。はっきり言って、異形化するり……彼女を見ているのは辛い。しかしそれでもなお、僕は幼女を愛している」
 春木氏の偏執じみた演説を聞きながら、自分は次の策を考えていました。肩を掴まれたとはいえ、これは振り払う事が出来るでしょう。しかし手は2本あります。もう一方の手は既に服を掴んでおり、自分を逃がすまいと力を込めているのが分かりました。これを振り払うのは至難の業ですし、揉みあっている内に窓から落ちてしまったら、2階とはいえ体勢によっては骨折もありえますので洒落になりません。
 窓から落ちる。
 ふいに思考が繋がりました。やっと目が覚めてきたとも言えるでしょう。
「……分かりました。降参です。逃げるのは諦めます」
 と、まず自分は宣言します。
「うん。その方が賢明だと思うね」
 偽くりちゃんは手を離さず、自らの腕を縮ませながらゆっくりと近づいてきます。まだ逃亡を一応警戒しているのか、春木氏はドアのそばに立ったままです。
「正々堂々、性癖バトルといきましょう」
「ああ、望む所だ」と、春木氏は自分の挑戦に答えます。
 そこで自分はわざとらしく思い出したように、
「あ、そうだ。ですがその前に、毎日の日課を済ませてしまっても良いですか?」
「何だい? 僕を倒す良い策でも思いついたのかな?」
 その通りですが、ここは飛びっきりの笑顔で否定します。
「そんなんじゃあありませんよ。母の花壇に水をあげたくてね。ほら、窓から下に見えるでしょう?」
 指さしましたが当然春木氏の位置からは見えません。偽くりちゃんが確認し、実在する事を春木氏に伝えます。
「うん、それで?」と、春木氏。
「偽くりちゃんを少しばかり貸してくれませんか?」
 互いの性癖を知っている変態同士であればこそ、この依頼がどういった意味を持っているかも理解出来るのです。「偽くりちゃんを」と言いましたが、より正確に言えば「偽くりちゃんの膀胱を」という意味です。
「五十妻君」と、春木氏は確認するように問いかけます。「それは君自身の首を絞める行為であるという事を分かって言っているんだろうね?」
 我に秘策あり。自分は「もちろん」と大きく頷きました。


 全裸の幼女が、股間を強調するような姿勢で自宅の窓際に立っています。
 近隣住民に見られたら即通報の事態ですが、今はそんな事気にしていられません。自分は偽くりちゃんにHVDO能力「黄命」を発動し、やがてそのひっそりと閉じたつぼみから黄金の液体が流れ出しました。
 偽くりちゃんは腰をくいっと動かしながら、花壇目掛けて放尿しているようでしたが、流石に2階からですと狙いが定まらず、ましてや自前のホースを持った男子とは違いますので、少しずれた所に水溜りが出来ました。無論、これは自分も計算済みでしたが、そのいじらしい姿への興奮による勃起は当初の予想を遥かに上回るダメージでした。
「ありがとうございました。えっと、偽くりちゃん」
 ふと、名前があるのか気になりました。先ほど春木氏が何かを言いかけていましたが、聞き正したとしてもおそらく答えてはくれないでしょうし、それに、すぐ解決するはずです。
「随分と一物にキているようじゃないか、五十妻君。」
「ええ、正直かなりぐっと来ました。でも、これで良いんですよ」
「やはり何か策があるようだね?」
「はい」
 と、自分は一変して素直に答えます。
「春木氏に負けてから、自分も数々の死闘を潜り抜けてきました。そしてあの日以来、自分はまだ1度も負けていません。即ち、自分には春木氏も知らない新しい能力があと『3つ』あるという事です」
「ほう。興味深いね」外面はいつもと変わらず余裕綽々の春木氏ですが、内心では分かりません。
「戦いの公正さの為に、あえてその内の1つを説明しておきましょう。自分の新たな能力の1つは、対象者の尿を触媒にして、巨大なゴーレムを召還します。そのゴーレムは莫大な破壊力を持ち、この家程度なら簡単に破壊してしまうでしょう」
「……恐ろしいね。でも、嘘をつくならもう少しちゃんと考えた方がいい。その能力は、あまりにも『君の性癖に関係が無さ過ぎる』」
「果たしてそうでしょうか? 三枝委員長の『マジックミラー号』だって、似たような物では?」
「彼女のは規格外だ。それに、彼女自身の異常な露出欲を満たすのにあの能力は確かに便利だからね」
「ふむ、そう思うのならば、自分の目で確かめるのが1番確実だと自分は思いますね。ほら、もうすぐ偽くりちゃんの尿からニョーレムが誕生しつつありますよ。あ、ちなみに尿主である偽くりちゃんからはその姿は確認出来ないので悪しからず」
 そう言って自分が窓の真下にある偽くりちゃんの出来立て水溜りを指さしました。
「……何を企んでいるのかは知らないけれど、あえて乗ってみようじゃないか」
 春木氏がこちらに近づいてきます。そして自分が道を譲ると、春木氏は窓から身を乗り出し、下を覗き込みました。
「……ふむ、何も変化は無いように見え……」
 言いかけた所に、自分がタックルをかまします。春木氏はバランスを崩し、その上半身はほとんど外に放り出されましたが、なんとか堪えました。が、自分はそれでもなお攻撃をやめません。偽くりちゃんの制止を振り払い、取っ組み合いに突入。無我夢中のまま自分と春木氏は2階から落ちたのです。
 ポイントは1度目の降参でした。偽くりちゃんとの乱戦を避け、窓から落ちる事に恐怖していると「思わせた」事。それが春木氏を罠に嵌める事に成功した秘訣でした。いや、実際自分は窓から落ちたくなどありません。怪我するのは嫌ですから。では何故、今回は落ちようとしているのか?
 春木氏はきっとこう思っているはずです。「僕の事を突き落として事態を解決しようとしているなら奇妙だ。それなら何故、彼自身も僕と一緒に落下しているのだろうか?」
 2つの疑問の答えは1つ。今我々の落下地点には、水溜りがあります。先ほど偽くりちゃんが作ってくれた、黄金の水溜りが。
 『ヨンゴーダイバー』発動。
 自分と春木氏の身体は、そのおしっこの水溜りへと着水し、そして沈んでいきました。

       

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