Neetel Inside ニートノベル
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 覆いかぶさる形は、逃がさないように拘束する為ではなく、むしろあらゆる敵から守る為でもあります。
「三枝委員長」
 高校生の男女が2人、ラブホテルで裸で身を重ねあう。これを健全と呼ばずして何を健全と呼ぶのでしょう。
「……何?」
 上気する両頬を視界の端に捉えつつ、潤んだ双眸をまっすぐな視線で捕まえて、段々と合っていく呼吸を離さずに、自分は三枝委員長に問いかけます。
「誰に負けたのですか?」
 諦めたように目を瞑って、ゆるやかに笑う三枝委員長。
「何でもお見通しって訳ね」
「そちらこそ」
 いくらなんでも自分の目は節穴という訳ではありませんし、ましてや他ならぬ三枝委員長の事です。自分の手の内が読まれているその瞬間、相手の手の内もまた、自分の目の前にあります。自分と三枝委員長を結ぶ変態という絆は、時に厄介なくらいに堅く、面白みさえ失ってしまう物なのです。
「だけど、誤解よ。私は誰にも負けていない」
 あれ、なんか間違えたっぽい。
「でも確かに、私は今、HVDO能力を失っているわ」
「やはり、そうでしたか」
 朝からずっと一緒にいて、風呂場に入るまで1度も三枝委員長が脱がないなんて事はありえない事ですし、移動だってわざわざバスなんて使わずに戦艦マジックミラー号を発動させれば良いだけの事です。あえてそれをせず、しかも口にさえ出さず、ましてや思いつかないなんて事は三枝委員長にあるはずもなく、そこにあるのはやはり、HVDO能力に何かしらの制限がかかっているという事に他なりません。
「もしも私が負けていたとしたら、あなたはどうしてくれたの?」
 正直に答えます。
「仇を取ります」
「嘘ね」
「はい、嘘です」
 正直に答えました。
「私は負けた訳ではないけれど、仇はとってもらうかもしれないわね」
「詳しくお願いします」
「いいわ。私がHVDO能力を失った理由、それと、あなたのお父さんである崇拝者に仕えている理由もお話しなければならないわね」
「そうしていただけると助かります」
「こうまでされたら、ね」
 見くびってもらっては困ります。
 自分は何も性欲に負けて三枝委員長を襲った訳ではありません。冷静に、問い詰めるタイミングを見計らっていただけなのです。そして嘘をつかせないこの体勢に持ち込んだ後、ゆっくりと聞き出す。これぞまさしく策略家たる自分のやり方であり、決して流れに身を任せていたらたまたまこうなってしまった訳ではなく、全て計算尽くでの事であったのです。勃起に関しては多めに見てもらえると助かります。


「あなたが私の家に最初に来た時の事を覚えている?」
「はい、招待されて行きました。くりちゃんが幼女化していた頃の事です」
「そう、あの時あなたは、柚之原のHVDO能力に捕まえられて、拷問を受けたわね?」
 思い出したくもない記憶が一瞬蘇り、顔をしかめます。
「あの時、あなたに助け舟を出した人を覚えている?」
 確か自分はあの時、柚之原様のHVDO能力を解除する為に、自分がホモであるという嘘をついて切り抜けようとしました。しかしいまいち騙しきれずに困っていた所に、声が聞こえたのです。
「トム、と確かあの女の声は名乗っていました」
「そう、あれね……」三枝委員長は至って真剣に言います。「きっと私」
 三枝委員長が、トム? 
「で、ですが、三枝委員長は腐女子ではないですよね?」
「ええ、腐女子というのは柚之原とあなたを騙す為の嘘の性癖でしょう。のぞきという行為が不自然に思われない為の」
「しかしですね、三枝委員長のHVDO能力らしくないではないですか。人の行為を覗くだけなんて」
「そうね、それはおそらく、他の人物のHVDO能力を使っていたのでしょう」
 自分は三枝委員長の口ぶりに疑問をぶつけます。
「さっきから『きっと』とか『おそらく』とか、これは三枝委員長ご自身の事ですよね? どうしてそんなに曖昧なのですか。まさか今更多重人格なんて言い出さないでしょうね?」
 少し言い過ぎた感もありましたが、自分には不可解すぎる事実に、苛立ちを覚えていたのも事実でした。
「違うわ。でも、それに近いかもしれない」
「詳しく、具体的にお願いします」
「トムというのは、未来の私。何年、あるいは何十年後かの私が、声だけを過去に飛ばしてあなたを助けた。私が公園でストリップショーをした時も、あなたをそこに誘導してきたのはトムだったはずよ」
 自分はあの時の事を思い出します。
「あ、あの時、トムは自分の身体に触れていたはずです。過去に飛ばせるのが声だけというのなら、説明がいきません」
「そんな事は、誰かを雇っているのだとすれば説明がつくわ。声だけだとしても、中身は未来の私なのだから、講座の番号も金庫の鍵の在り処もみんな知っているはずよ」
 確かに、それで入手した過去のお金を利用して自分を拘束し、能力を使用しているように見せかけているのだとしたら、あり得ない話ではありません。
「未来の私であるからこそ、トムが動いていた時の私のアリバイも完璧」
「それでは……未来の三枝委員長の目的とは……?」
「あなたと私が結ばれる事」


 確かに、この三枝委員長の推理には根拠がありました。「トム」という名称は、覗き魔の俗称である「ピーピング・トム」から来ている事は明白であり、ピーピング・トムという俗称は、ゴダイヴァ夫人の逸話に出てきた人物の事です。と言っても何の事やら自分は分からなかったので、三枝委員長の解説をそのまま言います。
 ゴダイヴァ夫人とは、11世紀イングランドに実在した人物で、領主である夫の圧制を憂いて意見した所、「ならば全裸で馬に乗って街を行進しろ」という無茶振りに応えてそれを実行しました。すると、夫人を慕う領民達は夫人に恥をかかせないようにとその恥ずかしい姿を見なかったという美談です。その時、覗き見をした男が1人いて、その名がピーピングトムだったという訳です。ちなみにゴダイヴァ夫人はベルギーの有名なチョコレート会社の名前とロゴマークにもなっています。
 三枝委員長が語るに、彼女はこのゴダイヴァ夫人の逸話を初めて聞いた幼少時代、「裸で街を歩く」という行為に対して言い知れぬ興奮を覚えていたそうで、トムという人物があえてその名前を使ってきたのは、トムが三枝委員長自身であるからに他ならないという確信を得させる為だったようです。
「三枝委員長は子供の時からアレだったんですね」
「それがきっかけという訳ではないけれど、片鱗はあったという事かしらね」
 色々と事実が分かった所で、やがて会話は最初の疑問に帰結しました。
「それで、三枝委員長がHVDO能力を失った理由は?」
「それが、時をかける能力を発動させる『条件』だったからよ」
「時をかける能力……」
 自分は三枝委員長が隠していた裏の事情を察しましたが、口に出すのは躊躇われました。
「崇拝者のHVDO能力の1つに、そういう物があるの。HVDO能力を生贄にして、時を遡り、過去に影響を与える能力がね。それを手に入れる為に私は、HVDOの幹部となって、崇拝者の命令を聞いた」
 これは春木氏からもらった忠告にも一致します。
「そしてこれらから導かれる結論は1つ」
 世にも恐ろしい事実。
「あなたは2日後の決断において、私ではなく木下さんを選ぶ。そしてあなたと木下さんが結ばれた時、崇拝者は自分のHVDO能力を犠牲にして時間を遡り、あなたが奪ったはずだった木下さんの処女を奪うはず。つまり、『あなたが選ばなかった方の処女をもらう』といのは嘘であり、罠という訳ね」
「息子の奪ったはずの処女を横取りする……確かに、究極的な変態行為と言えますね」
「そうね。だけどあなたなら、崇拝者に勝てるかもしれない」
「くりちゃんが選ばれても、ですか?」
 自分の残酷な質問に、三枝委員長は目を逸らして「ええ」とだけ答えました。
 いよいよ自分は三枝委員長の拘束を解きます。三枝委員長は起き上がりシーツを身体に引き寄せると、部屋の中をうろうろする自分をじっと見つめていました。そして自分は決心します。
「三枝委員長、『ダイブ』させてください」

       

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