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HVDO〜変態少女開発機構〜
第五部 第四話「日曜日」

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 前日とは打って変わって、その日は深夜ごろから雨がしとしと地面を濡らし、朝起きる頃には既に土砂降りというお世辞にもデート日和とは言えない天候でした。約束をした段階では晴れの予想でしたが、気まぐれな低気圧のせいか、それとも誰かの気分なのか、くりちゃんの恵まれなさがこれでもかという程に発揮されてしまったこの結果に、自分は同情を禁じ得ませんでしたが、とはいえ約束は約束であり、明日には自分はこの童貞を捧げ、生涯の伴侶とする運命の相手を決めなければならないのですから、これもカルマによるものであると諦めましょう。
 今日1日が始まる前に、少しだけ昨日の話をします。三枝委員長とのデートは、お父様への挨拶から始まり、何故かバイトをする流れを経て、やがてファンタジー世界への突入という東京ウォーカーにもるるぶにも乗っていないデートスポットを辿った訳ですが、最後の最後は予約していたレストランでの食事に落ち着く事が出来ました。というのも、ラブホテルを後にした時、「ディナーくらいは予定通りに済ませたいわ。少しばかり付き合ってくれる?」と三枝委員長が仰り、バイトで得たお金を元手にインターネットカフェからしばらく証券取引をしました。結果は火を見るよりも明らかで、類まれなる直観力と圧倒的知識を持った三枝委員長が万が一にも損をするはずなどなく、数万いくらかのバイト収入は、僅か2、3時間で100倍まで膨れ上がりました。とはいえそれも予約していた超豪華ディナー1回で消し飛ぶ金額だったのですが、自分がこの時本当に驚いたのは、三枝委員長の卓越した金策手腕でも無ければ、新車の買える1回分のディナーでもありません。三枝委員長のお父様が予約をキャンセルしていなかった事です。
 これはつまり、朝、我が娘に私財を使うな、甘えるなと説教をしたその一方で、娘ならば夜のディナーまでにはその金額をきっちり揃えると信頼していたという事に他なりません。その絆の深さと信頼の厚さを目の当たりに出来た事に比べれば、豪華ディナーもかすむという物です。まあ死ぬ程美味しかったですが。
 その後、自分と三枝委員長は正真正銘何もなく、お別れしました。これだけは誓って、キスの1つもしていませんし、したくなかったといえば嘘になりますが、満足感は十分にありました。長い時間、それこそ月単位で一緒にいたという経験は、たった1度の行為よりも重く、良い経験になったからだと自分では思います。
 家に帰ってくると、母は既に帰っていました。
「おかえり。何もしなかっただろうね?」
「していません。半年くらい裸を眺めていただけです」
「あっそ。あんたにお客さん来てるよ。いつ帰ってくるか分からなかったからあんたの部屋で待ってもらってる」
 お客さん? 自分は疑問符を浮かべます。もしもくりちゃんなら母の言い方が妙ですし、他にこんな夜に会いに来る人物に思いあたりがありません。しかし自分の部屋にいるという事はおもらし系エロ本コレクションやおもらし系AVコレクションやおもらし系HDDを見られている可能性があり、気が気ではありません。自分は急いで階段を駆け上り、ドアを開けました
「あ、五十妻先輩。ご無沙汰ッス」


 そこにいたのは、金髪サイドテールと赤縁メガネが印象的な、中学時代の後輩であり音羽君でした。覚えてらっしゃらない方の為に一応説明すると、性癖「ふたなり」を持ったHVDO能力者で、過去自分が倒しています。
 まさかここに来てのリベンジか、と自分は咄嗟に身構えます。自分が春木氏にしたように、彼女には復讐する権利がありのです。
「性癖バトルですか?」
「え? 違うッス」
 自分の緊張とは裏腹に、あっさりと返ってきた答えには若干拍子抜けしましたが、まだ緊張を解くのは早計です。
「もうHVDO能力は戻ってるんですよね?」
「ええ、戻ってるッスよ。いつでもびんびんにちんこ生やせるッス。でも別に今日は先輩にリベンジしに来た訳じゃなくて、ちょっと言いたい事があって来ただけッス」
 見れば、音羽君の表情はそのふざけた敬語を駆使する口調とは違って真剣で、その裏に怒りすら見て取れる物でした。
「五十妻先輩。当然くり先輩を選ぶんスよね?」
 不意に投げかけられた質問に戸惑いました。以前は確か木下先輩と呼んでいたはずでしたが、いつの間にか下の名前で呼ぶほど親密な関係になっていたという発見は、やはりくりちゃんの友達いなさ加減による物であると思われます。そして音羽君は自分の動揺などまるで意に介さず、続けざまに、
「本当は、くり先輩には自分みたいな女の子が似合うと思うんスけどね、でもくり先輩の気持ちは大事にしたいし、ここは譲るッスよ。だからくり先輩と付き合い始めたら、絶対大事にしなきゃ駄目ッスからね。くり先輩泣かしたらちんこ引っこ抜きますよ」
 恐ろしい事を平然と口にする目の前の女子から、まずは何としてでもペースを取り返さないといけません。まず、どうして例の二者択一の件を知っているのか?
「今日くり先輩の家に及ばれしたんスよ。実はさっきまで隣で一緒にいたんス。いやーくり先輩の方からお呼ばれしたのは初めてだったんでちょっと緊張したんスけど、結局五十妻先輩との話っつか悩み相談だったんで、内心すげーガッカリしたッス。箱でコンドーム買って損しました」
 何をするつもりだったのかはさておいて、悩み相談とは一体。
「まあ、同じ女子として、同じ変態として、色々ッスね。女子会の内容は部外秘ッスから、詳しくは言えないッスけど。でも励ましておいたッス。『くり先輩は世界で1番魅力的な女の子なんだから、五十妻先輩も絶対くり先輩を選ぶッス』って感じで」
 何を余計な事を、と不覚にも思ってしまいましたが、次の一言でそう言わせてはもらえませんでした。
「だってくり先輩があんなに落ち込んでいる所、見た事無いッスもん。三枝さんでしたっけ? 勝てる訳が無いって、何度も言ってたッス」
 女子会の中身が駄々漏れなのはお約束として、くりちゃんのそんな姿は、自分は想像だに出来ませんでした。
「でも大丈夫ッスよねー? 五十妻先輩、くり先輩の方を選ぶッスよねー?」 
 ノリで高圧的に攻めてくる音羽君に、自分は一言冷静に答えます。
「……まだ決めていません」
「はああぁぁぁ!?」


 その後、小突かれまくり、何度も罵声を浴びせられましたが、自分がいよいよ断言しないので、音羽君も顔に唾をかけて去って行きました。くりちゃんが好きなはずの音羽君が、ここまでくりちゃんを自分に薦めるという事は、裏を返せばそれだけ今日のくりちゃんの落ち込み具合が半端ではなかった事になり、その事実は自分の胸を締め付け、眠れなくなりました。
 ですが、眠れなくとも朝は来ます。雨も同じく勝手に降って、くりちゃんとの待ち合わせの時間になりました。 
 チャイムを鳴らし、数十秒。今更考えてみると、くりちゃんの家にお邪魔するのは小学校の時以来ほとんど初めてであり、いつもはくりちゃんが勝手に自分の部屋に入ってくる事を考えると、どちらが得という事はなく、なんだか不公平な気もしてきました。
「……はい」
 たった2文字で今の気持ちが伝わってきました。こんな変態男とデートをする事自体は恥ずかしくて逃げ出したいが、今そうすると確実に自分は選ばれない。だけどそもそも好きかどうかも気持ちは曖昧で、未だに納得がいっていないけれど、例のHVDO能力はどうやら本当にあるらしいし、既に気持ちはバレてしまっている。どの道逃げたくは無いからデートはちゃんとすると決めたのに、よりによってこんなに天気が悪くなるなんて。といった所でしょうか。長年の付き合いですから、これくらいの読心術は朝飯前です。
「あの、今日どうしますか?」
 消極的な自分の質問に、若干の間があいた後、扉が開きました。自分を見上げるくりちゃんは若干涙目で、むすっとした表情でした。この期に及んでまで愛想を良くするつもりはないようで、なんだか少し安心しました。
「……とりあえず入ったら?」
 促されるまま中に入り、何も言わずに2階へ上がるくりちゃんの後ろをついていきました。
「ちなみにご家族は?」
「どっか行った」
 いつもより7割増しで素っ気無い答えでしたが、その後に「変な事するなよ」と釘を刺されないのはしてもいいという事か、それとも想像すらしていないのか、あるいは自分を信頼してくれているのか。
「……入って座ってちょっと待ってろ」
 ドアの前に来て、くりちゃんがそう言うので指示されたようにしました。ドアを1度閉めた後にもう1回開いて、「勝手に物に触るなよ。余計な事すんなよ!」と言われたので、くりちゃんが階段を降りる音が聞こえたのを確認し、早速タンスの中のパンツを物色し始めました。
 くりちゃんの部屋は実にシンプルで、窓際にはいつも乗り越えてるのであろう机。部屋の隅にはクッションの置かれたベッド。中心には小さな丸テーブル。本棚にはぱらぱらと統一性のない本が並び、最下段には中学の時の教科書がありました。全面アイボリーホワイトの壁紙に、掛けられた収納ポケットの中にはポストカードが束で入っており、何の変哲もない、よく整理された部屋です。
 よってメインディッシュであるパンツを探し当てるのは比較的容易であり、くりちゃんが戻ってくるまでの間に吟味を終え、1枚だけおそらくお気に入りであろうやや使い古された物を見つけたので、そっと懐に忍ばせておきました。
 戻ってきたくりちゃんが持っていたのは、皿に乗ったクッキーと飲み物でした。「これは?」と自分が目で尋ねると、くりちゃんは答えます。
「朝ごはんまだなら、食べれば?」
「はあ、ありがとうございます。でもこれ……」
 いびつな形、まだらな焼き加減、明らかに前半と後半でチョコチップの配分を間違えたこの品は、おそらく買ってきた物ではありません。
「昨日あたしが焼いたんだよ! 文句あるなら食うな!」
 頑張ってクッキーを焼くくりちゃんを想像すると、微笑ましく思いました。

       

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