Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 リスを1匹、見かけました。このような住宅街に、珍しいなと思います。誰かが飼っていたのが逃げ出したのでしょうか。それとも近くの公園に代々住んでいるのでしょうか。リスは警戒気味に私の様子を見ていましたが、やがて飽きたのかどこかへ行ってしまいました。
 その日は朝から、空一面を白い影が埋め尽くし、太陽の存在すら信じがたいような曇天でした。私は一人、一向に流れる気配のない雲を見上げながら、降らないと良いな、と祈っていました。自宅である廃病院の近くには細い川が通っており、遥か昔は生活用水としてこの街の役に立っていたようですが、今はその役目を終え、誰にも気にされる事の無い寂しい川となってしまっているようです。やや窪地になっているのと、近くに高いマンションが何棟か立っており、日陰になっているせいもあってか人通りは少なく、平日の昼間にはほとんど人の来ない場所です。特に病院裏には橋すらかかっていないので、ここに好んで訪れる人はよっぽどの物好きと言えるでしょう。しかし私は今そこに立っています。
 細くて狭いとはいえ一応は川なので、ポールのような水位計が一本立っています。すっかり錆び付いており、洪水時に本当に役に立つのかも怪しい存在ですが、鉄製なので私1人の手では壊せそうにありません。とはいえ私が隠れられる程の太さはなく、また、私の背では頂点まで手が届きません。
 いくら人の通りが少ないとはいえ、もちろんここは外です。誰かに見つかる可能性は0とは言い切れません。特に子供が外で遊び始める昼過ぎくらいになると、危険度はかなり増すような気がします。興味津々な男子小学生達に、このような姿を見られたら何をされるか分かった物ではありません。早くマスターが帰ってきてくれないだろうかと願いつつ、その一方で、もしも見つかった時の事を想像する自分がいました。
 ただ立っていても何もする事がないので、頭を過ぎるのはマスターの事か、天気の事か、あるいは性的な事くらいなのです。もしもホームレスの方に見つかったら。汚い手で全身をくまなく触られて、助けを呼ぼうと声を出しても無理やり塞がれて、そのまま犯されてしまうのかも。平気で膣に射精され、ホームレス仲間を沢山呼ばれ、手もお尻の穴も脇も全て使われて、黄色の混ざった精液でドロドロになるまで輪姦される映像が簡単に浮かびました。こんな事を考えていた、とこうして書く事すら、私は女の子として、マスターの理想の幼女として、失格なのかもしれません。
 しかしそれも、私を全裸のまま手錠をかけて放置したマスターがいけないのではないか、と、ここは私も勇気を持って訴えさせてもらいます。外で裸になる事自体まだ抵抗があるというのに、マスターが手の届く所におらず、しかも身動きも取れない状態で放置するという鬼畜的所業。もちろん私は何も悪い事をしていません。100%、マスターの趣味による、気分に任せたプレイと言い切れます。人としてどうか、と思います。
 前回、私の書いた日記をマスターが読んでいただいた際、「僕に遠慮せず、もっと好きに書いていいよ。君の意見は実に興味深いし、僕の知らない僕がここには書いてある」というありがたいお言葉をいただいたので、身分違いは承知の上で、思った事は例えそれが批評する事になっても書いていこうと決意しました。
 当たり前の事を言うようですが、マスターは変態です。変態すぎます。小学生女子を裸のまま、外に手錠をつけて放置するという行為に興奮し、遠慮なくそれを実行するのですから、間違いなく変態です。ド変態の頂点に立つお方と言って差し支えないでしょう。だからこそHVDO能力を与えられ、そして負け知らずなのですから、これはやはり当たり前の事です。
 マスターが変態である事は、この大地が存在するという事よりも揺るがしがたい事実ですが、では私はどうなんでしょう? 少なくともここ最近はマスターの1番傍にいて、性的には強く結びついています。であるならば、私も変態であるのか。HVDOという馬鹿げた組織の狙い通りに、変態に調教されつつあるとも解釈出来ます。
 巡る考えに、私は俯き、自制します。私はあくまでもマスターによって召喚された存在であり、マスターにとっての都合の良い幼女でいる事が出来れば、それ以外の物は必要無いのです。与えられる快楽も、それはマスターが与えたいと望むから受け取るだけで、自分から求めてはいけない。あまつさえ幸福など望む事は、許されるはずがない。よって、私が変態であろうとなかろうと、私という存在には関係のない話であると、これまた当たり前の事を、何度も何度も心に念じ、決して忘れないように、一応はここにも書いておきます。
 そんな私を笑うように、その時雨が降り始めました。遠くで子供達の声が聞こえ、いよいよ私の運もこれまでかと思った矢先、すっと空が暗くなりました。
「いやぁ、待たせたね。なかなか目当ての物が見つからなくて」
 そう言うマスターは、片手に傘を、片手に紙袋を持って、雨の日とは思えない晴れ晴れしい微笑みで、私を見下ろしていました。


「はい、これ」
 部屋に戻り、正座をさせられた後、差し出された物体を私は凝視します。ピンク色をしたカプセル型の物体。大きさは私の手に収まるくらいで、コードが一本伸び、それはスイッチに繋がっています。
「マスター、これは何ですか?」
 私は尋ねましたが、マスターはにっこりとしたまま答えません。
 何も「フリ」をしていた訳ではなく、実際に私はその物体の事を知りませんでした。今ではどうやって使うのか、何という名称をしているのかを教えてもらったので知っていますが、その時は本当に知らなかったのです。どうやら私の知識は、マスターの知識の中で、「私に知っておいて欲しい事」は知っていて、「私に知っていて欲しくない事」は知らないように出来ているようです。マスターにとって最も都合のよく出来た存在であるのですから、これも当然と言えば当然の事です。
 それから約1時間の後、初めてのピンクローターに何度かイカされてほとほと疲れた私にマスターは言いました。
「僕からのほんの気持ちだ。受け取ってくれ。1人でしたくなった時にセルフプレジャーでもするといい」
 それはマスターなりの気遣いだったのかもしれません。あるいは1人で自慰に耽る幼女を想像して悦に浸るといった種類のハイレベルなプレイだったのかもしれません。しかし私はその時、言いようの無い不安に襲われたのです。もしかしてもしかすると、マスターは私の身体に飽きられたのではないだろうか、あるいは私との性交渉に、つまらなさを感じているのではないだろうか。ほぼ毎日、私が召喚されている間はずっと、私の肉体は、いや精神も、マスターは遊び倒してこられたのですから、飽きが来てもおかしくはなく、むしろ自然な事です。そして私が勝手に判断するマスターの性格は、飽きたおもちゃを平気で捨てる人です。それは人間としての冷たさだとかそういう次元の話ではなく、常に前を目指し、新しさを求めるがゆえの新陳代謝であるのだと思います。しかし私にとって、マスターが私に飽きるという事実は、形容のない死を意味します。
 しかし私はその時、そのような不安や葛藤を一切口にはしませんでした。そんな事を言い出す女は面倒だからです。マスターにとって「面倒な女」に私がなる事は、更なる寿命の短縮を意味しますので、努めて冷静に、何の懸念も無い風を装いましたが、その時点で既に、もしもまた日記を書くようにと命じられたら、この悩みは必ず吐露しようと思っていたくらいには私もずるいのです。
「ありがとうございますマスター。とってもうれしいです」
 私はマスターの好みの笑顔を浮かべ、マスターの好みの言葉を口に出しました。出したつもりです。私の努力の成果があったのか、それともマスターの気まぐれか、マスターは続けてこんな事を提案しました。
「何か他に欲しい物はあるかい? あんまり高い物は駄目だけれど、何かあるなら今度はそれを買ってきてあげよう」
 ああ、何と優しいお方でしょうか。私のような有象無象にも慈悲をかけてくれる。私は恐る恐ると確認します。
「それは性的な物でなくても良いのですか?」
「構わないよ」
 私の欲しい物は、生まれた時からたった1つでした。
 しかしそれは、望んだり要求したりすれば手に入るような物ではないという事も私は承知していました。だからこう願ったのです。
「良ければ、私に1人で外出する許可をください」


 私は生まれて初めて外に出ました。マスターもさぞや気になっている事でしょう。私が今日どこに出かけ、何を見て、何をして帰ってきたのか。だからこの日記を再び渡した訳ですから、私も書くつもりで受け取りました。
 昼間、私が1人で訪れたのは、住宅街にある何の変哲も無いとある一軒家でした。そこには中学生と小学生が2人で暮らしており、片方は変態で、片方は何も知らない幼女でした。変態は幼女に欲情し、幼女は変態に生活を依存している。ちょうどマスターと私の関係と同じと言えます。
 私には、どうしても会わなければならない人間がいました。それはおそらく私が私として生まれたきっかけでもあり、私がマスターの心を繋ぎ止める為のヒントとなる人です。変態の方ではありません。私が会いたかったのは、マスターが幼女化能力を使用し、今でもまだそれを解除していない人物。つまり、木下くりでした。
 家の前で見張る事丸1日。近隣住民に何度か声をかけられましたが、友達を待っていると答えれば怪しまれる事はありませんでしたが、時々場所を変えながら、なるべく目立たないようにと監視を続けました。出来れば、あの変態は抜きで木下くりと1対1で話をしたかったのですが、そうそう1人にはしないようで、仕方なく家に直接乗り込もうかと思っていた矢先、チャンスは訪れました。
 突如やってきた小型ヘリが家の上でホバリングし、中から縄ハシゴが放たれると、そこから1人の女性が降りてきました。女性はアタッシュケースを大事そうに抱えながら器用に着地し、家の中へと入っていきました。何事かと私は訝しみましたが、しばらくすると謎は解けました。時計は0時をとっくに回り、深夜と呼べる時間に差し掛かった頃に、家の中から2人が出てきました。女性は首輪を付けて、その他の衣服は一切まとわず、そして首輪から伸びる手綱は、あの変態が握っていました。
 どうやら2人は変態仲間だったようです。おそらくこれから露出散歩プレイを楽しむつもりなのでしょう。数多の羞恥プレイをマスターから享受されてきた私にとってみれば、変態雌犬ウォーキングなどまだまだ低レベルなプレイですが、遠目から見るに2人はかなり興奮しているようでした。人にとって幸福はそれぞれですが、これも1つの形なのかもしれません。
 とにかくチャンスでした。家主も訪問者も外出し、家の中には幼女が1人。2人きりで会話をする為には、この機を置いて他にはないと思われました。あとはいかに侵入するか、という問題がありましたが、これについては何の心配もいりませんでした。鍵が開いていたのです。おそらくあの変態も、プレイに集中しすぎていてうっかり忘れていたのでしょう。私は容易く家の中へと忍び込む事に成功しました。
「木下くりさん、起きてください」
 ベッドの上で眠るその幼女に、私は優しく話しかけました。
「むにゃむにゃ……もうおしっこ出ないよう……」
 普段どのような性的虐待を受けているかが丸分かりの寝言に、私はやや同情します。
「起きてください」
 繰り返し、私は身体を揺すったり頬を軽く叩いたりして、木下くりを起こしました。
「んにゃ……誰ぇ?」
 そう問われ、私はあらかじめ用意しておいた答えを返します。
「私はあなたの双子の妹です」


 双子の妹。噴出してしまいそうな嘘でしたが、木下くりは信じたようです。
 何せ見た目はほとんど同じです。境遇も、まあ似たような物かもしれません。最初は自分に妹がいた事に対して心底驚いた様子でしたが、私の作り話には1つも疑いを持たなかったようです。
「……という訳で、私は施設に預けられていたのです。私もつい最近、自分に双子の姉がいる事を知って、どうしても1度話をしたくなったのでここに来ました」
 嘘八百の私の境遇に、木下くりは哀れみを覚えたようです。
「あ、あたしも今まで妹がいるなんて知らなかったよぅ。ねえ、今日からは一緒に暮らそうよ。お金の問題ならきっともとくんが何とかしてくれるし、おしっこを飲まれるのだけ我慢出来れば大丈夫だから」
 感覚が麻痺してきているのではないか、とむしろこちらが哀れんでいる事にも気づかず、木下くりは私にすがりました。私は丁重に、その提案を却下します。
「残念だけど、木下くりさん。私は戻らなくてはいけないの。私を必要としている人がいるから」
 言いながら、私はマスターの顔を思い浮かべていました。
「それに、今日私がここに来た事は、誰にも秘密にして。絶対に」
「ど、どうして……?」
「どうしても。約束出来る?」
「う、うん……分かった」
「ところで、いくつか質問があるんだけれどいい?」
 木下くりはうっすらと涙目で頷きます。私は真剣な表情で尋ねます。
「好きな体位は何?」
「た、たいい?」
 それから私は、木下くりを質問責めにしました。内容は主に卑猥な事であり、言葉のほとんどの意味を彼女は理解していませんでしたが、私が説明する度に顔を赤らめていました。私自身の知識不足もありましたが、マスターとの行為を例に出しながら、咥える時はどこからだとか、1番感じてしまうのはどこだとか、そういった事をとにかく矢継ぎ早に尋ね、ほとんど答えは要領を得ませんでしたが、重要なのはそういった猥褻質問に対しての木下くりの反応でした。
 私の構築には、マスターが持っている木下くりのイメージがまずあり、足りない部分をマスター自身の性格と、元々のHVDO能力に起因するニュートラルな部分が埋めているようです。よって、マスターも知らない木下くりの反応や性格は、私にもインプットされておらず、それを獲得するには私が直接木下くりに会って、分析する必要がありました。
 単刀直入に申し上げましょう。私が欲しいのは、マスターの愛です。そしてマスターの愛が今現在向けられているのが木下くりである事を私は知っており、よって私は木下くりにより近づかなくてはなりません。
 しばらくすると、あの変態達が帰ってきたようでした。見つかると何をされるか分からないので、私は窓から脱出を試みました。
「ま、待って」
 私を木下くりが呼び止めました。
「何ですか?」
 木下くりは悲しそうに、
「秘密は守るから、だから、せめて名前を教えて」
 と言いました。私は少し悩んで、無視しようかとも思いましたが、また再び訪れる事もあるかもしれないと思い直し、適当に答える事にしました。そしてとっさに今朝会った動物の事を思い出し、こう答えたのです。
「り……りす。春木りすと言います」
「りすちゃんだね」
「ええ」
「また会おうよ! あたし、待ってるから」
 そして私は無事に、マスターの元へと戻ってきました。
 りすちゃん。と、木下くりに呼ばれた言葉が頭の中に今も反響していています。
 2人合わせると大変な事になるというのは、今気づきました。

       

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Neetsha