Neetel Inside ニートノベル
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 ロッカーが2つと、パイプ椅子が4つ、折りたたみ式のテーブルが1つに、スタンドミラーが1つという殺風景な選手控え室は、シンプルながら自宅を彷彿とさせ、少しばかり気分を落ち着かせる要因となってくれましたが、とはいえ緊張していないと言えば嘘になりました。
 何せ私は、万が一にも負けられないのです。格闘に伴う痛みは既に覚悟していますが、マスターの命令により絶対にレイプされる訳にはいきません。いえ、そもそもマスターの命令がなかったとしても、マスター以外の人間に犯される事など、私にとってはあってはならない事態です。
「言っておくけど、僕はどんな事になろうともタオルを投げ入れる気はないよ」
 その声は至って日常の範疇にあり、私のナーバスを微塵も気にしてなどいないようでした。
 当たり前の事ながら、この地下闘技場にはセコンドがタオルを投げ入れて選手をギブアップさせるなどという生ぬるい行為は認められていませんので、マスターの指す「タオル」という言葉はHVDO能力の解除による私の回収を意味します。
 つまり、私がもしも敗北し、ザンギエフのような輩にその捻じ曲がった大きな一物を性器に放り込まれる瞬間にあったとしても、マスターは私の召喚を解かず、レイプされる私を眺めるという宣言であるのです。
 NTRというジャンルが存在します。これは「ネトラレ」と読み、NTRなら「ネトリ」とも読めるのではないかという細かい所もちょっと気になりますが、寝取られは古より伝わるれっきとした性的嗜好の1つです。愛する者が目の前で他人に奪われる所を(これはあくまでも寝取られに関しての一般論であり、愛する者という言葉に他意はありません)楽しむという歪んでいるとしか言いようのない趣味ですが、もしかするとマスターはこれに興味が湧いてしまったのかもしれません。
 マスターの性格を思うに、むしろ寝取る側の方が似合う事は言うまでもありませんが、だからこそ未知なる者に惹かれ、月を目指したかつての人類のように、未踏の世界を望んだのかもしれません。
 しかし命令は命令です。
 そんなマスターの内なる望みを察したつもりになり、わざと負けるなど言語道断。私は勝たねばなりません。いかなる卑怯な手を用いようとも、この肉体が砕け散ろうとも。勝って勝って勝ち続け、限定的貞操を守り続けなければならないのです。
「さて、そろそろ時間だ。行こうか」
 マスターが私に声をかけ、私は立ち上がりました。白地にピンクのストライプの入ったレオタードに、蝶々を模した仮面と、フリフリのシュシュは酷く滑稽で侮辱的でしたが、幼女として参加する以上、格闘それ自体より見た目で観客達を楽しませる必要があるという主催者の依頼で、仕方なく私はこの時代遅れのスーパーヒーローのような衣装を纏いました。マスターも気に入ってしまった事は残念でならず、しかし喜んでいただけるならばと私は反論を飲み込んだのです。
 暗い廊下を私がマスターより前に立って、光と雑声のする方向へと歩きました。2人きりでいる1秒1秒が愛おしく感ぜられ、これから始まる地獄の日々も、さして気にならない程に心強くマスターの存在を、距離を保ちつつ確かめました。
 幼女、死地へ。
 ふと自分の置かれた環境が可笑しく思えたのでした。


 結果から言えば、私のデビュー戦はおそろしく呆気ない程の「一撃」にて決着がつきました。考えてみれば、元々主催者側は私の事をただのその辺にいる幼女だと思っているのですから、当たり前の事かもしれません。私はデビューまでの1週間、街にいるならず者を探して戦い、時には警察に追われながらも、道場破りなどという古風な真似をしてまで実戦経験を積んだのです。
 そんな私の最初の対戦相手は、おそらくは同じ年くらいの、男の子でした。リングネームはヒロキ君、本名かどうかは知りませんが、ふくよかな身体に苦労を知らない幼い顔つきは試合でなくともぶん殴りたい衝動を起こさせました。おそらくは体重差からか、オッズはヒロキ君の方が優勢なようでした。
 開始のゴングと同時に私の跳び蹴りが決まり、私の2倍以上はあると思われる体重が後方へと吹っ飛びました。ロープの上を跳ね、観客席へと叩きつけられたヒロキ君は白目を剥いて気絶してしまったようで、一時騒然となった場も、5秒後には圧倒的な歓声に包まれ、自惚れさせていただければ、それは新たな強者の誕生を祝っているようでもありました。
 その後、私は気を失ったままのヒロキ君のアナルを適当に犯し、「何か一言」とマイクを渡されたので、「どうでもいいですがロリ・マスクリスというリングネームを変えてもらえませんか」とだけ提案しておきましたが、ついぞその願いが叶えられる事はありませんでした。それと後から聞いた話によれば、ヒロキ君はあばらを何本か折ったものの、命に別状はなかったそうです。
 華々しくデビューした私には、すぐ1週間後に試合が組まれました。今度はヒロキ君より遥か格上の、きちんと格闘技経験のある猛者をあてがわれましたが、これまたわざわざここで語るまでもない圧勝でした。
 はっきり言って、レベルが違うのです。
 まず圧倒的に違うのはスピードで、例えば相手が打撃を繰り出そうとして筋肉に力を込めた瞬間、私の拳は相手の鼻っ柱に命中し、そしてロクに体重も乗ってないように見せかけたストレートは、鉄塊のように重く、幻想じみた鋭さを持って骨を砕きます。このような言葉をあまり安易には使いたくありませんが、はっきりいって「チート」でした。
 どうにか私の一撃を耐え、寝かせてから関節を取りにきた柔道家もいましたが、結果は同じ事でした。私の頭には古今東西あらゆる関節技が叩き込まれており、その全てを瞬時に繋げ、極める事が可能です。そこに前述のスピードが加わりますから、私からすればむしろ組まれた瞬間にこそ勝負が決まったような物です。体重差を利用して巴投げをされそうになった時は、叩きつけられる瞬間に反動を利用して膝蹴りを入れました。徹底したアウトボクシングで対応された時は低空タックルからのマウントポジションで肉を削り切りました。
 試合において私はほとんどダメージをもらわないのと、闘士の中に八百長を疑っている者があまりにも多くいる事から対戦希望者が増え、私のマッチングはほぼ3日に1回というハイペースになりました。そして敵はどんどん強大に、しかしオッズはどんどん低くなっていきました。
 既に私はこの地下闘技場にて、無敵のヒロインでした。
 仮面で顔を隠し、細い腕で難度の高い技を繰り出し、自分の何倍も大きな相手を圧倒し、修羅場を駆け抜ける小さな女子ファイター。試合後のプレイは恐ろしい程に淡白で、その興味の無さ加減がかえって対戦相手のプライドを粉々に砕くと評判で、私の試合はいつも満席でした。
 そしてマスターは試合後、鮮やかに勝利を決めた私を出来るだけ無残な方法で陵辱するのです。
 私は満足でした。マスターの望む私になって、マスターの望む物を提供出来る。私の努力は実ったのです。私の拙い命を人生と呼ぶ事がもしも許されるのならば、私はこの時、私の人生における絶頂にいたはずなのです。
 ですが、この絶頂はそう長くは続きませんでした。


 私がHVDO能力の副産物である事が、主催者側にバレました。いえ、もしかすると最初から主催者側は気づいていたのかもしれません。気づいた上で、戦いを盛り上げる為に私を「普通の闘士」と戦わせていたのだと思われます。
 その日、観客席は一部を除いて全て空席でした。何せ普段興行が行われている深夜ではなく、平日の真昼間ですから、人がいないのは当然の事です。その代わり、普段よりもカメラの台数が多く、どの角度からでも戦いを撮り逃さないようにと注意しているようでした。
 マスターと私を呼び出した2人は、こちらを向かず、向かい合って座りながら私達に宣告します。
「HVDO能力者及び能力の影響する人間が出場する事は禁止していない」
「ならば当然、HVDO能力者同士の対戦という物も存在する」
「しかしHVDOの存在が表沙汰になる事は好ましくない」
「例えアンダーグラウンドの限られた世界であっても」
「よって、今回の対戦は事前録画という形を取り」
「観客の皆様には編集した映像をお届けする」
「地上最強の幼女がいかにして負けるか」
「賭けなどしなくとも興味深い」
 この唐突にして無茶な要求に対し、マスターは確認しました。
「つまり、これから出てくるそのHVDO能力者が、この闘技場で最強の闘士という事かな? それに勝てば、もう彼女に敵はいない、と」
 主催者2人は答えます。
「そう思ってくれて」
「構わない」
 マスターは私の肩を叩き、耳元でこう囁きました。
「どうやらこれが君にとって最後の戦いだ」
 私は頷きつつも、少しの不安を拭い去る為に尋ねます。
「これまでの私に、ご満足いただけましたか?」
「ああ、君は素晴らしかった。さあ、最後に勝って終わりとしよう」
 これには私も深く頷きました。
 いつもの衣装でリングに上がると、普段の大歓声とは別の、もっと質の高いプレッシャーが私にのしかかりました。敵はHVDO能力者。しかも最強の闘士。そしてこの試合は、マスターに捧げる為にのみあるのです。
 やがて敵が入場してきました。
 その姿は異形の者としか言いようがありませんでした。


 まず、遠目から見た段階で、人間ではないと気づきました。胴体と思わしき物は地面にべったりと張り付いて蠢き、足は見当たりません。また、これが頭部であると確信を持てる物もおよそ発見出来ず、その代わりと言っては難ですが、腕っぽい物は数十本と余計に多くありました。しかしながら、そのどれも関節があるとは思えない動きをし、天を仰いだり、地を摩ったり、はたまた虚空を彷徨ったりと、実に自分勝手な動きで、絶えず何かを求めているようでもありました。
 色は全体的に紫色。所々に緑色の丸いブツブツが散りばめられ、血管のような物も満遍なく這っており、どこで呼吸をしているのかは全くの不明でしたが脈動を繰り返していました。巨大化した、気味の悪いイソギンチャクが陸地に上がってきた様を想像していただけると分かりやすいでしょう。いわゆる名状しがたいもの。普通の幼女ならこのクリーチャーがリングに上がってきた時点で悲鳴をあげて逃げ去っている所です。
「彼は『触手』の性癖を持つHVDO能力者」
「好き過ぎるあまり、自分自身を『触手』にしてしまった悲しき人」
 悲しいではなく恐ろしいの間違いではないでしょうか。
「これは驚いた。まだ自我はあるのかな?」
 マスターは初めて見る物に興味津々といった様子で、これから私がこの5マナくらいの生物と戦う事などまるで忘れているようでした。
「……あの、1ついいですか?」私は主催者側及びマスターに向かって尋ねます。「この場合、どうしたら私の勝ちなのですか?」
 主催者は答えます。
「犯される事なく」
「全ての触手を掻いくぐり」
「数十本の触手の中に1本だけある」
「本体由来の生殖器を見つけ出して破壊する」
 急所だらけの人間相手と比べれば、随分と難しいKOの条件ですが、それでも私は勝たなければなりません。
 幼女vs触手。
 この日記を終わらせるのに相応しい戦いであるように思います。

       

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