Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 春木氏を倒す。
 言葉にしてたった6文字の事が、自分には到底達成不可能な目標のように思え、ただでさえ縮こまった股間のいちぢくが、より一層小さく萎縮するのです。
 そもそも、ロリコンの能力者というのが卑怯極まりない。
 物言いがつくかもしれませんが、恐れずに意見を申し上げさせていただきますと、「男は皆ロリコン」なのです。姉好きや人妻好きや老婆好きの方々を真っ向から否定し、年上好きは人に非ずと攻撃する訳では断じてありませんが、生物学的に見て、身体さえ完成していれば、若ければ若いほど安全に子供を出産出来るというのは確固たる事実なのですから、2人の女性を並べた時、男がより強く欲情するのは、若い方であるはずなのです。しかしながら現状は、倫理的問題や経済的問題や物理的問題は枚挙にいとまがなく、むしろそれらあらゆる問題が存在する事によって社会の平穏は守られている訳です。
 ……ですが、これだけは断言させてください。言った後は、缶でも生卵でもトマトでも好きなだけぶつけてくださって構いません。しかしこれは、男、ひいてはペニスの総意と見てもらって一向に構いません。
 ババアはお呼びじゃねえんだよ!
 以上をもって、「ロリコン友の会講演」閉会の挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました(拍手喝采)。
 とそんな具合に、春木氏の持つロリコンという能力は、ただそれだけでもあらゆる男に対する圧倒的攻撃力を誇っている訳ですが、加えて、彼は高レベルHVDO能力者。自分とのバトルが始まったその時には、既に7つの能力を操る怪物だった訳で、今は少なくとも9個以上の能力を持っています。つまり、勝てる訳がない。
 自分は、勝算の無い戦いを好むタイプではありません。ましてや男にとって最も大事な物がかかっている勝負。最低でも7割、いえ、8割程度勝てる自信がなければ、自分から挑む事などもっての他です。
「ずいぶんと怖気づいてるのね」
 三枝委員長がからかうように言うので、Twitterが重い時に表示されるクジラより温厚と言われている自分も、流石に少しは言い返しました。
「三枝委員長は春木氏の恐ろしさを知らないだけです」
「ほら、怖いだけじゃない」
「彼は年端も行かない子供に欲情出来る変態ですよ!?」
「あなたも似たようなものだと思うけれど」
「男は皆ロリコンなのです」
「軽蔑に値するわ」
 三枝委員長の方こそ軽蔑されるべきド変態ではないですか! と、言いかけた時、くりちゃんが「あ!」と大声をあげました。


「かわいーーー!」
 見ると、くりちゃんの手には小さなハムスターが乗っかっていました。小さなくりちゃんの小さな手の平に乗るくらいのハムスターですから、それは小さな小さなハムスターです。
 ハムスターなど、一体どこから? 自分が疑問符を浮かべると、白い手がすっと、くりちゃんに向かって伸び、その瞬間、自分はハッと気づいたのです。メイドの柚之原さんの存在に。訂正すると、この人の存在感の無さは、色えんぴつの白を越えて透明並です。
 柚之原さんの手にはひまわりの種が握られており、くりちゃんはハムスターをテーブルの上に置いて、ひまわりの種をエサとして与えて喜んでいました。ハムスターはくりちゃんからもらったひまわりの種をかじかじしながら、きょろきょろと自分と三枝委員長を交互に見ていました。
 しかし危ない所です。間一髪で飲み込んだ、三枝委員長に対する罵倒を口にしていたら、何らかの追及は免れなかった事でしょう。三枝委員長は、学校でも自宅でも超一流のお嬢様で通っているはずですし、変態としての顔を知っているのは、自分を含むごくごく一部の人間だけであり、露出癖を持つ彼女にとってみると、それが「良い」という訳で、もしも彼女に「変態露出マゾ雌ビッチ!」などと挨拶代わりの軽い罵倒をしていたら、それを叩き壊してしまう所でした。
「柚之原」
 名前を呼ばれた柚之原さんは、ほとんど表情を変えずに立ち上がると、三枝委員長に向き直りました。その所作の中には一切の音が無く、居合いの達人の抜刀を彷彿とさせました。
「木下さんと一緒に別の部屋で遊んできてくれる? 私は彼と、少し話があるから」
「かしこまりました」
 柚之原さんはハムスターをメイドエプロンのポケットに仕舞うと(突如として現れたハムスターの出所が分かった瞬間でした)、くりちゃんの頭を撫でて、また音をたてずにすすす、と移動しました。くりちゃんは少し困った様子で、自分に視線を送ってきましたので、「行ってきていいですよ」と答えると、くりちゃんは嬉しそうに、飛び跳ねるようにして柚之原さんの後についていきました。
 2人の姿が見えなくなった後、三枝委員長はため息をつき、自分の顔を不思議そうに見つめました。自分は手持無沙汰に呟きます。
「2人っきりですね」
「そうね」
 血液中に確かに含まれる、妙な緊張に自分は気づきました。それは先ほどまでの、豪華な邸宅に呼ばれたという事に対する緊張ではなく、おそらくはもっと深い場所から流れ出していて、あっという間に頭を支配してしまう類の成分である事に気づきましたが、かといって有効な対抗策などなく、ただ自分は「緊張している」という事実を受け入れるしかなかったのです。
「私の部屋に来ない?」
 自宅へ来ませんか、という招待の手紙が三枝委員長から届いて、まず自分の頭をよぎったのは、深夜の公園での、三枝委員長の痴態でした。その柔らかい唇が自分の陰茎に近づいていき、徐々に昂ぶっていく欲求。結果、野良犬に邪魔されて行為は未遂に終わってしまった訳ですが、もしもあのまま続けていたら、自分のEDは治り、能力が戻っていたかもしれません。
 あの時の続きを、今、これから。
 緊張の原因に気づき、それは精神的陰茎の怒張へとすぐに形を変えました。


 三枝委員長の私室は、これまた液晶の向こう側でしか見た事のないような、異次元の異世界の異国の部屋であり、天蓋とカーテン付きのベッドなど、自分は生まれて初めて見ましたし、これからもこの場所以外で見る事はまずないでしょう。整理整頓された本棚には、ソシュール、ヘーゲル、マキャベリ、ブルトン、パスカルといった堂々かつ雑食な名前が並び、そのどれか1つでもうかつに開いてしまったならば、たちまち知識の大洪水に襲われ溺死してしまうであろう事は安易に予想がつきました。
 落として割ったら一生地下暮らしを余儀なくされるであろうアンティークの数々。踏む事さえ躊躇われる絨毯。迷宮のようなクローゼットへと続く扉の隣には、中学生の部屋にまず置いてない物ランキング3位「業務用金庫」が鎮座しています。
 そして評価されるべきは、それら1つ1つのアイテムが、見事複合し調和のとれた色調を奏でている所でしょう。この部屋に匠を呼んだら裸足で逃げ出すであろうこのセンス。あっぱれとしか言いようがありません
「あっぱれ」
「え? 何?」
 好意を持つ相手との夜伽時に、女子が最も優先する物、それは昔も今も変わらず「ムード」です。間接照明、落ち着いた音楽、イランイランのほのかの香り、心を溶かす熱い言葉。ましてやそれが初体験であるならば、思い出す度に夢心地になれるような、素敵な1ページの演出が必須となります。ムードすら満足に作れずにただただ肉にがっつく男など、女子から見れば猿同然です。
 が、単刀直入に申し上げますと、そんな物、糞くらえでございます。
 何せ相手は希代のド淫乱。雌豚と謗られると心の中で喜び、自分の肉体を公然に晒す事を何よりの快感とし、破滅へ下るスリルを楽しむ痴女です。ムード? 雰囲気? だから何。その汚らわしいおまんこに一物をぶち込んでしまえばよかろうなのです。
 自分は不意をついて三枝委員長をベッドに押し倒しました。悲鳴をあげつつも抵抗はせずに仰向けに寝転がり、視線を逸らすその仕草。危うく犬に処女を食われそうになった時、三枝委員長が言ったあの台詞を反芻します。
『初めては、ご主人様に』
 一本勝負。
 性欲の権化と化した自分は、強引に三枝委員長の服を剥ぎ取りました。ブラウスのボタンが弾け飛びます。自分から脱ぐ事には慣れている癖に、他人から脱がされるのは初めての経験と見え、見る見る頬が夕焼け色に染まっていきました。
「……やめ、ちょっと……! 落ち着いて……!」
 言いながら、自分を止めようとする腕には力が入っておらず、それはいとも容易く振りほどけました。
 2つの身体はベッドの中へ泥沼のように沈んでいき、発情しきって沸点に達した意識が、少しずつ頭の天辺から抜けていくのが分かりました。
 最早見慣れたその白い乳房が、ブラジャーから解き放たれた時、自分は股間に違和感を感じました。
 勃起。
 日本の夜明けは、自分の股の下から始まっていました。


 五十妻元樹復ッ活! 五十妻元樹復ッ活! と、もしも中国人の格闘家が隣に居たらまず間違いなくやかましく言われていたと思われるのですが、今この部屋には2人っきりです。野外で行為に及んだ時のように、野犬に邪魔される心配はありません。
 三枝委員長の体を押さえつけたまま、あいた左手で彼女の股間、白布の上から手をあてて、そこにあざとい湿り気を覚えると、ふいに葛藤が巻き上がりました。
 このまま今日ここで童貞を捨てても良いのだろうか?
 無論、童貞は処女ほど貴重視されてはおらず、喪失に何か痛みを伴う訳でもなければ、通説上名誉とされている訳でもなく、税金が安くなる訳でもありません。しからば、中学生最後の年、えいやと放り投げてしまう事にはメリット以外の何物も無いはずです。ならば、このとめどない問いかけは一体何処から来るのでしょうか。
 このまま、この淫乱雌奴隷を快楽の名の下に使役し、めくるめく数々の変態調教を施す。「全男子の夢」とあえて題名させていただきますが、果たしてそれは嘘ではないでしょう。
 うるせえ! やるならとっととやりやがれ! というありがたい激も背中にひしひしと感じてはいるのですが、しかしながら、人の心とは色々と面倒くさい物なのです。失う事は恐ろしい事です。例えそれが童貞であっても。
 しかしここで身を翻し、「やっぱり今日はやめます」とでも言おうものなら、ご主人様としての威厳はがた落ちどころか地下に沈んでブラジルまで到達しサンバを踊るであろう事は確実です。両親不在の家で(こんなに広いと、もし居たとしてもあまり変わりはないかもしれませんが)、互いの性癖を深く理解している男女が密室に2人っきりになり、性器の準備も万端に整って、ついでに「露出プレイの幅を広げる為」というセックス大義名分すらある。
 これでやらずして何がやれるか!
 意を決し、唾を飲み込み、三枝委員長の放り出した乳房に優しく触れそうになった自分を戒め、向かって左側を、乳首を含めて乱暴に鷲掴みにすると、心臓が逆についているのではないかと思えるくらいにドキドキしていました。それに連鎖して、吐息の混ざった「あ……っ」という声が零れたので、「三枝委員長は救いようの無い淫乱ですね」と罵ると、自分は少しだけ冷静を取り戻しましたので、すっかり女の顔になった彼女に対して、手を乳に置いたままこう尋ねました。
「どうして欲しいですか?」
 もじもじとしながら、丸めた指の先を唇に寄せて、目を瞑る三枝委員長。
「……す、好きなように……」
「具体的に言ってもらわなくては、何をしていいのやら分かりません」
 冷たく言い放つと、顔を真っ赤にしながら「……触ってください」と頼んできたので、「どこをですか? 分かりやすく言ってください」と追い詰めます。
「お……お……おまん……」
 言いかけた時、扉をぶち破ってゴリラが出てきました。
「んほっ! んほっ! んほっ!」
 とそのゴリラはこちらに向かってドラミングした後、唖然とする自分を凄まじい腕力で弾き飛ばし、同じく唖然とする半裸の三枝委員長を肩に抱えて部屋から出て行ってしまいました。


 ええ!?

       

表紙
Tweet

Neetsha