Neetel Inside ニートノベル
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 何故か。
 5W1Hあらゆる質問の中で、これに答える事が生きるという事なのでないか、と自分は思うのです。それは何故か。何故そうなのか。追求と探求。茫漠なる時間の中で、人は何故かを問い続けずに生きてはいけないのです。
 女としてはもう最低の部類に入り、元々いるかいないかも分からなかったファンが完全消滅したくりちゃんに対し、自分が不覚にも興奮を覚えてしまったのは一体「何故」なのか? この謎を解き明かす鍵は、人間の万能入力デバイス「五感」にあります。
 淫語、これは言うまでもなく「声」という音によって伝わる物であり、即ち五感のうちの「聴覚」を刺激します。体臭、こちらも当然、強烈すぎる匂い鼻を殴打し、「嗅覚」に訴えかけてくるものです。剛毛、一目見ただけで網膜に焼きつく真っ黒なお毛毛は、「視覚」を捉えて止めを刺しにきます。
 五感のうち、味覚と触覚以外の3つを、樫原先輩ら3人のHVDO能力者は、同時に攻撃してきたという訳です。つい先程自分は、性癖バトルにおける数の有利を軽視する発言をしましたが、このように計算されつくしたコンビネーションが存在する事は全くの予想外であり、そして実際に受けたダメージは致命的なものでした。
 平たく言うと、エロいのです。今、くりちゃんが持っているこれらの属性は、エロのみに人生を費やして30年近く1人修行に励んだような修羅が、紆余曲折あって最終的に辿り着いてしまった、とち狂ってはいつつも真理を極めた解答のような、青春系ラブコメではまず滅多にお目にかかれない、「卑猥さ」のみに特化した極めて殺傷能力の高いものとなってしまっているのです。
 それでも、「お前はどうかしている。今のくりちゃんはただのゲスい女だ」と主張し、勃起理由がまるで理解出来ないという方は、試しに目を瞑って想像してみてください。ぱっと見は幼い系のツンデレ貧乳格闘美少女なのに、近くによれば吐きたくなるような匂いがして、口を開けば都政に差し障りがあるような事を平気で言い、脱いだら脱いだで局部にカメノコたわしを標準装備しているのですから、これがエロくない訳がありません。
 樫原先輩には最初から、この3つの性癖の組み合わせに対する絶対的な自信があった訳です。おはぎには緑茶。夏にはTUBE。アルタにはタモリという風に、これ以外に無いという究極至高の合成に、自分は最初から狙われていたのでした。
「も、もっくん大丈夫ですか!?」
 パンパンに張り詰めた股間を見て、ハル先輩が心配してくれました。くりちゃんも「あたしの馬鹿まんこに挿入れてくれるの?」と訳分からん事を訊ねてきましたが、はっきり言って追い討ちにしかなっていませんでした。
 足の指を90度近く曲げて蹲踞の姿勢をとった自分は、視線を落として自らのペニスがまだ爆発していない事を確認します。勃起率がとっくに100%に達しているにも関わらず、性癖バトル敗北を意味する「爆発」がまだ起きていない。それは「何故」か? この謎を解くには、半年近く前のあるワンシーンを思い出してもらわなければなりません。
 春木氏との戦い。裸ランドセルの幼女くりちゃんに自分が爆殺されそうになった時、駆けつけてくれた等々力氏がHVDO能力「丘越」を発動しました。これにより、くりちゃんが生粋のロリ巨乳に進化した時、自分の勃起率は今と同じ100%を示しましたが、爆発したのは等々力氏1人でした。
 その時は、助かったという事に気をとられてあまり深く考察しませんでしたが、これは即ち、「複数の性癖が重なった状態」に遭遇して勃起してしまっても、それは敗北と判定されないという事に他なりません。1対1の性癖バトルではまず起こりえない状況ですが、今のように複数のHVDO能力者が、くりちゃんのみを対象にしてHVDO能力を発動している場合、必然的に起こされる現象ともいえます。つまり「くっさいくりちゃん」に興奮したなら負けですが、「淫語を喋る毛がもじゃもじゃのくっさいくりちゃん」に興奮したならば、それはまだ勝負がついていない。
 となると、「何故」とまた1つ疑問が浮かびます。


「その様子だと、『複合性癖』のルールには気づいたようだな」
 頭上に表示される勃起率は、壁などの障害物があっても目視する事が可能の為、樫原先輩は既に自分が100%に達している事を確認しているはずです。自分は確認の意味を込めて窓から顔を出して訊ねます。
「ええ。同じ人間に複数のHVDO能力が発動されている場合、それに興奮してもセーフ、という事ですよね?」
「そうだ」
 ならば不可解なのは、「樫原先輩はどうやって自分を倒そうとしているのか」というもう1つの謎です。素直に質問すれば答えてくれるのでしょうか。そんなに甘くはないように思いましたが、樫原先輩は行動をもって教えてくれました。
 樫原先輩がもう1台の携帯電話を取り出して、画面すら見ずに手元で操作をして切ると、くりちゃんから発生していた異臭がただちに消え、普通にしててもはみ出ていた腋毛が引っ込みました。
 治った! と喜んだのでしょう。くりちゃんが「おまんちょおおおお!!!」と絶叫して、すぐに肩を落として両膝をついて落ち込んでいました。
 どうやら樫原先輩のもう1台の携帯電話は、仲間と連絡を取り合う用の物らしく、ワンコールかあるいはメールで、HVDO能力の解除と、多分再発動も指示出来るような算段になっている模様です。
 能力解除により、自分の勃起率も落ちました。が、先程よりは遥かに高く、90%前後をうろうろしています。「体臭」と「剛毛」が解除されている今、何かの拍子に100%を超えてしまったら、今度こそ、掛け値なしの完全敗北です。
「……なるほど、そういう事ですか」
 最後の「何故」の答えは、ごく単純で、しかし確かに効果的な戦術でした。
 淫語+体臭+剛毛のスリーマンセルにより、対象をほぼ強制的に勃起させる。その後、能力の2つを解除しますが、余韻というものがありますから、そうそう簡単には勃起は収まりません。勃起が完全に落ち着いてしまう前に、残った1つの性癖を魅力的に演出する事が出来れば、その時点で相手を倒す事が出来る。そして1度では駄目でもこれを順番に繰り返す事により、3つの性癖のどれかに敵を目覚めさせる。言わば変態ジェットストリームアタック。
 気づくと同時、自分はすかさず精神を統一しました。エロくない。エロくない。エロくない。3度唱えて九字を切り、雑念を振り払い心を無にする。目を瞑ると急速に勃起が収まっていきましたが、今度は鼻先を強い「バニラの匂い」が掠めました。サーティーワン? 「臭さで駄目なら甘い匂いで来ましたか……しかし先程よりも卑猥さには欠けますね!」などと思って目を開くと、くりちゃんの鼻から物凄い量の鼻毛が飛び出していました。
 小さな竹箒を両鼻に突っ込んだかのようなくりちゃんの、サメと目が合ったオットセイのように呆然とした表情を見て、自分は声を殺し、腹を抱えてのた打ち回りました。いや、面白すぎる。
「ていうか何がしたいんですか!?」
 と、自分は電話の向こうの樫原先輩に向かって至極真っ当なブチキレを見せると、「緩急が大事だ」という答えが返ってきました。ふざけんな、と心から申し上げたい。


 何はともあれ出発するしかありません。これ以上部屋の中にいても肝心の樫原先輩にダメージはいかず、ひたすら自分が攻撃を喰らい続けるだけですし、他2名のHVDO能力者の居場所も特定しなければ、反撃に転じる事すらままなりません。
 手から零れる鼻毛を抑えて、泣きそうになっているくりちゃんをなるべく見ないようにしながら着替えをしようとした時、既に敵HVDO能力が発動している事に気がつきました。
「くりちゃん、とりあえず自分から離れていただけますか? 近くにいるとまたいつ勃起するか分かりません」
 指示すると、くりちゃんは意外と素直に部屋から出ていってくれようとしましたが、くりちゃんが動くとその方向に釣られるように、自分の身体が、まるで見えない糸でもついているかのごとく引っ張られました。自分の意思と無関係に、足が勝手に動いてしまうのです。
 匂いというものには魔力があります。鰻の蒲焼が焼ける匂いを嗅いで、腹の減らない人間は存在しませんし、シンナーを吸ってラリる事がない千葉のヤンキーも存在しません。これはあくまで予測の範疇に過ぎませんが、「体臭」を操るHVDO能力者は、その発生する匂いの種類において有利な状況を作り出す、言わばアシスト向きの能力も持っているのではないでしょうか。事実、バニラの匂いを嗅いでしまった瞬間から、自分はくりちゃんから離れられなくなっており、これは匂いによるダメージを受け続けるというだけではなく、他の性癖のダメージももろに直撃してしまう形を誘発します。
 具体的に言えば、およそ半径3m。体臭の届く範囲。それ以上はどうやっても、自分はくりちゃんと距離をとる事が出来ないようです。勃起の元凶である存在と距離を取れないというのは、つまり逃亡は不可能という事ですが、もっとも、最初からその気はありません。
 3対1、未知なる敵、強力な性癖の組み合わせ、馬鹿丸出しのくりちゃんという最悪な状況においても、諦めるには早すぎると思われます。この程度の逆境、容易く切り抜けられない程度では、春木氏へのリベンジなど夢のまた夢です。
 そして自分は妙手を用意しました。
「ハル先輩! 1つお願いがあります!」
 策には策を。匂いには匂いを。
 制服に着替えた自分は、シャツ、スラックス、ブレザーの他にもう1つのアイテムを装備しました。
「は、恥ずかしすぎますです」と、スカートを抑えるハル先輩。
「背に腹は代えられません」自分は2人と一緒に階段を降ります。
 これは樫原先輩チームの裏をとる作戦です。勃起率が臨界点を超えた所で一旦能力を解除し、再度性癖を1つに絞って興奮させるという戦略を打ち破る為には、「興奮しない」という事の他にもう1つ、「裏」の手段で対応する事が出来ます。
 これ即ち、「興奮し続ける事」。
 2つのHVDO能力を解除されたとしても、勃起率を100%以上に維持していれられば、爆発は起きません。これは解除と同時に爆発しない事からも明らかです。つまり、100%の勃起率に達してもそれが即負けに繋がらないという事を逆手にとる戦略。
 玄関を飛び出た自分の格好に、流石の樫原先輩も驚きを隠し切れない様子でした。
「おまたせしました樫原先輩。真剣勝負、といきましょう」
 自分はハル先輩のパンツを頭に被り、ちょうど股間の部分を鼻に当て、むん、と仁王立ちしました。
 神器「マスク・オブ・パンツ」を手に入れた自分には、フル勃起を維持し続けたまま登校する事など容易い事です。

       

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