Neetel Inside ニートノベル
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 茶道部部長に就任した2年生の私を待ち受けていたのは、無数の試練と、1つの希望だった。
 3年生を差し置いての大抜擢に対し、先輩達は猛反発を示した。もちろんそれは前部長である先輩が卒業する前から分かりきっていた事であったし、何度も先輩はその事について部員に説明し、納得がいかないならやめても良いとまで宣言して私を部長に押した。実際、やめた人たちも何人かいたが、厄介なのは中に残って妨害をした方が有効だと判断した人達だった。
 私物が無くなってたり、根も葉もない噂がたったり、手のひらサイズのイジメに屈する私ではなかったが、先輩から受け継いだ茶道部は、何としてでも守らなければならないというプレッシャーは生半可ではなかった。自分を見つめ、魅力の無さに絶望し、隠れて何度も泣いていた。今まで先輩が支えてくれていた心が、突然宙に放られたのだから、思えばそれも仕方の無い事だろう。大学に入って多忙な先輩でも、電話をかければ話くらいは出来たが、悩みを打ち明けたり愚痴ったりする気にはどうしてもなれなかった。先輩はそんな強がる私を察して、こんなアドバイスをしてくれた。
「あたしは、ソフィの身体で唇が1番好き。キスの上手さももちろんそうだけど、青い瞳と、輝く髪と、高い鼻で突き放された距離が、その唇から出る言葉で一気に縮まる気がするのよ。だけど、それも人をまとめる時には考え物かもね。試しに、ソフィがどうでもいいと思える人は、どうでもいいって態度で接してみたら? その方が意外と、相手に理解する努力をさせやすいかも」
 コミュニケーションが成立する時、受け取ったメッセージが曖昧である場合に限り、容姿などの見た目が55%、口調や声の雰囲気が38%、そして肝心の話の内容は7%程度しか人は意識しないらしい。これを「メラビアンの法則」と呼び、よく心理学関係の雑学で取り上げられている。
 私には、血という生まれ持った武器があり、先輩からもらったHVDO能力という武器もある。これを利用しない手はないと思った私は、その日から図書館に通い、出来るだけ難解な表現の本を読み漁った。選ぶ基準としては、古い物が好ましく、海外で出版された物を無名の訳者が和訳した物は更に良かった。中でも80年前のフランス人作家ドニス・イルフマンの「暁と落雷の小話」は非常に参考になった1冊で、その回りくどく不可解で奇妙奇天烈な言葉の連続は私の人生に影響を与えたと言っても良いだろう。
 そして「月咲」第3能力は、相手の抱いた「疑問」を、私への「好意」に変換出来る精神系の能力だった。対象は女子に限るが、私はこの能力を積極的に活用していく事にした。先輩はわざわざこんな能力を使わずとも、人を寄せ付ける事が出来たが、私はやはり先輩にはなれなかった。それに、私を待っていたもう1つの試練に挑むには、この能力による魅力は必要不可欠だった。
 私は私を変える努力を開始した。言葉遣いから、立ち居振る舞い、「日向先輩の判断は間違っていた」などとは誰にも言わせないように、無敵のリーダーシップを欲した。
 その一方で、新1年生への部活動説明会を終え、茶道部が独自にまとめた写真付きの名簿を眺めても、ぴんとくる生徒はいなかった。私が先輩と出会ったあの日のような、衝撃的な事もなかなか起こらなかったし、そもそも見た事も無い猫を助けるような行為が日常茶飯事なら、私は先輩同様に苦もせず人気者になれただろう。
 しかし入学から3週間が経つと、茶道部OBからの催促がやってきた。「そろそろ後輩の1人でも紹介して頂戴」「いち部員として部活動に精を出すのはいいけれど、部長としての責務も覚えておいて」何の事はない。若い女同士がお互いを貪る姿を見る事を楽しみにした、欲にまみれた人達の言葉だったが、それが茶道部を守るという事でもあると知って部長を受けたのも私だ。
 覚悟を決めたある日曜日。私を特に慕ってくれていた同級生の茶道部員1人を屋敷に連れて行き、私は行為に及んだ。その同級生は何度も絶頂まで辿り着いたし、私自身も初めての先輩以外の相手とあって、新鮮な背徳感と、人を自らの手で開発していく独特の快感を得たが、彼女の性器に百合は咲いていなかったし、私にもなかった。


 次の試練は性癖バトルについてだったが、これに関しては他のHVDO能力者よりも遥かに恵まれた立場にいたので、「試練」とまで呼んでいいものなのか迷うが、1つの悩みの種ではあったのでそう呼ばせてもらおう。
 時間が前後する事になるが、新1年生が入学したその日、私は帰り道で声をかけられた。その男の自己紹介は、まずは名前を「樫原」と名乗り、その後、「俺はあんたみたいな女が卑猥な事を言うのが好きだ」という直球勝負だったので、私は思わず変質者と勘違いして平手打ちを喰らわせてしまった。
 樫原は私同様HVDOに所属しているらしく、私の性癖が百合である事も既に知っていた。初めてのバトルになる、と内心は焦りながら身構えたが、そうはならなかった。
「あんたと会ったらまずは1勝提供するようにと崇拝者から言われている。さあ、勃起させてくれ」
 何のリスクも負わない1勝だった。私が先輩との1番濃厚な思い出を口頭で語っただけで、目を瞑って耳を傾けていた樫原の股間が突然爆発した。新能力を取得すると、すぐ様その能力の使い方が説明もなく理解出来た。私に何の実感もない初勝利を与えた樫原は、股間から煙をあげながら仁王立ちしていた。
 その数日後、樫原は同じ学年である毛利と織部を連れてきた。2人ともHVDO能力者で、2人がバトルしている所を樫原が割って入り、仲裁したらしい。そしてその2人は、樫原同様私に対して勝利を献上する代わりに、HVDOに加入という利益を得た。つまり私は、何の苦労もせずに、第4能力までの取得に至ったという事だ。
 何故そこまでして彼らがHVDOに入りたいのか、これはすぐに分かった。まず、性癖ごとの能力を、崇拝者はほとんど全て把握している。おそらくは「アカシック中古レコード」とやらによるものだろう。過去と未来を読める崇拝者にとっては、敵能力者の情報は無限に湧き出る石油に等しく、性癖バトルを有利に進められるという恩恵を得られるだけでも、1敗を支払ってHVDOに加入する価値はある。
 その後、樫原、毛利、織部の1年生トリオはチームを組んだ。新しい能力者が生まれたという情報が崇拝者から私に知らされると、私はそれを彼らに伝えて狩らせに行かせた。この、新能力者の誕生というのは、崇拝者自身はその全てを把握しているらしいのだが、現れた性癖によってはすぐに狩らずに、しばらくは泳がせる事の方が多いようだ。バトルの繰り返しによる変態処女の開発は、出来る限り効率的に行われるべきであり、それにはHVDO能力者自身の性癖の深化が必要になる。ただし、その性癖自体が直接的に被害者の処女喪失に繋がる場合はこの限りではなく、例えばフィストファック、レイプ、孕ませ、死姦などの危険な能力者が出現した場合は、すぐに対策をとる必要があった。
 新しいHVDO能力の付与は、誰かの性癖が一定まで達した時、崇拝者の世界改変態により自動的に行われる為、コントロールは出来ないらしい。よって、私や樫原トリオのように、完全にHVDO側につき、排除を専攻する実働隊が必要になる。
 清陽高校茶道部の異常な慣習と絶対的権力は、これを行うのに非常に有利といえた。崇拝者は安全で効率的な変態処女開発、茶道部は伝統継承の庇護というメリットを得る、いわばwin-winの関係といえた。
 とはいえ、幹部で、運命を握られた非処女である私といえど、崇拝者の全幅の信頼を得ている訳ではなく、これは何か決定的な証拠がある訳ではないが、HVDOという組織全体において私よりも崇拝者に近い位置にいる者が、清陽高校の内部にはどうやらいるようだ。茶道部の力を使っても特定に至らなかいのは甚だ不快でならないが、今の所邪魔も手助けもされた事はないので、まあ、良しとする。
 しかしそれでもなお、私がそれからの1年間で得てきた勝利が確定的で守られた物だったとはどうしても思えない。崇拝者にとってみれば「定められた運命」であったのかもしれないが、あと少し相手に利があればあるいは、という状況は1度や2度ではなかった。特に、百合という性癖は、相手を感化しやすいが、されやすい面もある。樫原達が自分の能力そっちのけで協力してくれたのも、この特性による所が大きいはずだ。


 茶道部部長としての試練。HVDO幹部としての試練。これらに挑む私にたった1つの希望が与えられたのは、新体制が整いつつあった5月の事だった。
 ある日の部活中、忘れ物を思い出した私は、自分の教室にそれを取りに行った。清陽高校の生徒はほぼ全員が部活動に参加している為、放課後の教室は必然的に無人となる。その日も、おそらくはそうであろうと踏んだ私は、わざわざノックもせずに教室に入った。
 すると、奇妙な格好をした人物が目に飛び込んできた。私は距離を保ちながら、話しかけてみる。
「そこで何をしている?」
「え、えへへ……」
 照れたように笑う1人の少女。リボンの色を見るに、新1年生だ。2年生の教室に何の用事が? という疑問の前にまず、やはり気になったのはその姿勢だった。
 その少女は、まるで卵でも温めているかのように背中を丸めて、先輩が見つけて助けた猫のように小さくうずくまって、私の机の上に乗っかっていた。腹部に何かを隠しているように見える。それに、胸元がはだけていて、どうやら汗ばんでいるようだった。
「わ、忘れ物です? 私の事なんてお気になさらず、どうぞです」
 そう言われても、私の欲しい物はその少女が下敷きにしている机の中にある。いや、それよりも、学園の風紀と治安を守る役目も持つ茶道部として、不審な生徒を放っておく訳にはいかない。というのもただの言い訳で、その少女のただならぬ様子から、私はある程度の事を察していた。
「……私の机は、それだ」
「ひっ、す、すいませんです!」
 驚いて飛び降りた少女の懐から、ぽろっと、何かが落ちた。2人の注目を集めたそれは、ぶるぶると一定の振動をする機械だった。
 ピンクローター。という名称を教えてくれたのは先輩だった。その使い方も、正しく使えばいかに気持ちが良いかも、同じく先輩が教えてくれて、土曜日デートの時に1つ購入してからは、私もお世話になっている。
 が、そんな事はどうでも良い。重要なのは、何故そんな物がこの神聖な学び舎にあるのかだ。少女の懐からは、ピンクローターだけではなく、成年向け雑誌、平たく言えばエロ本も一緒に落ちた。状況証拠で容疑者を確定するのは避けるべきだが、流石にここまで証拠品が揃っていれば、言い訳は不可能だろう。
 見てみると、私の隣の机の角に、窓から差し込む夕日に照らされて光る液体が僅かに付着していた。
「ふむ」
 と、私は感心して呟く。確かその席は、顔が良く女たらしで、私に告白してきて玉砕した、名前にすら興味の持てない男が座っていたはずだった。放課後に上級生の教室で、わざわざローターとネタを用意してまで角オナする、少女の度胸とセンスは褒めるべき点だと言えたが、どうやら趣味は悪いらしい。
「君、名前は?」
 そう尋ねると、少女は追い詰められた小動物よろしくぷるぷる震えながら答えた。
「か、蕪野ハルといいますです」
 私が何故あの時、自然にそう振舞えたのかは定かではない。先輩の仕込みが良かったのか、気づかなかっただけで、元々そういう性質を持っていたのか、変態の世界に入門して、私も成長したという事かもしれない。しかし私はごくごく普通に、命令を下せたのだ。
「気にせず続きをしてくれ。人の芸術の邪魔をするほど、私は野暮ではない」
「でも……」
「しないというのなら、先生とこの机の持ち主に報告しなくてはいけないな」
「そ、それだけは許してくださいです!」
 ハルのかわいらしい自慰行為を眺めながら、私は確かに幸福を感じていた。そしてこの少女ならではの奔放な性と、溢れる柔肉を手に入れる事は、私の人生にとって重要な希望であるように思われた。
 しかし本当にタチが悪いのは、挑んでいればやがて解決する「試練」ではなく、どこまでもずるずると付いてこさせられる「希望」だと気づくのには、かなりの時間がかかった。私が先輩の次に惚れてしまった相手は、意地悪さの欠片もない、純真無垢なダイヤの原石で、しかしそれだけに意思が硬い、研磨も難しい一点物だった。

       

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