Neetel Inside ニートノベル
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 話は、崇拝者が予言した「敗北の日」に戻る。
 以前から意識していた日付であったにも関わらず、樫原トリオが五十妻に勝負を仕掛けたのが今日だった事は、避けられない運命が刻々と近づいてきている証拠に他ならないと言えた。だが、私は運命に抗うような行動は何も取らなかった。もちろんそれは、何をしようとしても、私がこれから迎える敗北が崇拝者の言う「意味のある敗北」である限り、私の行動を読まれ先に手を打たれてしまうであろう事が理解出来ていたからだ。
「悪いが五十妻、俺は逃げさせてもらう」
 体育館の2階に陣取り、その下で戦う2人の男達の声に耳を澄ましていると、こんな台詞が聞こえた。私はすかさず「倒せ」と指示を出す。「今、倒せ」。
 樫原という男を1年観察してきて分かったのは、非常に有能で慎重な男であるという事と、女性差別主義者であるという事だけだった。彼の口癖は「女は口を出すな」。持論は「女に言葉はいらない」徹底的に統一された嫌いっぷりで、私はまず彼が同性愛者である事を疑ったが、そうではなく性対象はあくまでもノーマルで、女の「発言」だけが気に食わないらしい。「月咲」第3能力は、男は対象外になる上、私が意図して普段する意味不明な言動は、彼にとっては相当気に食わない物だっただろう。しかし好き嫌いに関わらず、仕事はきちんとこなす男だった。3人組での安全な狩りを普段から心がけていたが、もしも仮に樫原1人で行動を取っていたとしても、無残な敗北はなかったように思う。少なくとも、敗北による性器の爆発に耐えて立っていられたのは、私が戦ってきた相手の中では彼1人だけだったし、その度胸の座り方と、単純な能力の強さと、慎重に慎重を重ねる性格は、男にしておくのがもったいない程度には魅力的だった。
 故に、今も樫原は、織部の敗北を重く見て、一旦退く事を選択しようとしている。だがそれは間違いだ。今相手にしている五十妻という男は、今までのHVDO能力者とは一味違っている。逆説的に言えば、私が負ける相手なのだから当たり前だ。
「樫原、お前はまだ五十妻を軽視している。今ここで倒さなければ、こいつはどんな手を使ってでもお前を追い詰めるぞ」
 私の言っている事は決して嘘ではなかった。五十妻のポテンシャルは凄まじく、そして木下くりを陵辱する事に一切の躊躇いが無い。私でも引くほど鬼畜な命令を平気で下し、涼しい顔をしながらそれを実行する姿を見て勃起する。正真正銘の変態だ。
 実際、「露出令嬢」三枝瑞樹を奴隷にし、「孤高のロリコン」春木虎に負けてもなお立ち上がり、「冷徹の拷問人」柚乃原知恵の拷問部屋から脱出したその経歴は、変態の中でも異端に入る。ここで逃せば、織部の能力が復活するよりは遥か先に、樫原を倒す策を用意すると見て間違いないだろう。
 しかし樫原の指摘の方が、私の台詞を説明するには的確だったらしい。
「お前は五十妻が蕪野ハルを素材に使う事が嫌なだけだ」
 それは見事に図星を突いた言葉だった。
 私は一気に燃えあがった炎を口から漏らしながら、精一杯の冷静さを注いで「それが何だ?」と言い返す。樫原はなおも譲らない。私は子供のような駄々をこね、我流の屁理屈を飛ばして、樫原に懇願する。やがて折れた樫原に内心では胸を撫で下ろし、全身の力を抜く。
 結局、私はこの1年間で、ハル以上の相手を見つける事が出来なかった。


 性的好奇心旺盛なハルを、「すぐに篭絡出来る相手だ」と踏んだ私は大きく間違っていた。まずは茶道部に入部するよう誘ったが、呆気なく断られ、立場を利用して命令してもただ困った笑顔を見せるだけで、入部届けに名を記入してくれる事はなかった。せめて理由を、と何十回も尋ねてようやく聞き出せたのは、「実はその、放課後は援助交際がしたいんです」という、呆れて引っくり返ってしまうような答えだった。
 確かにハルの性質は「ビッチ」と言えたが、決して「変態」ではなかった。この場合の変態とは当然、性欲が並外れているという意味ではなく、独特な性的趣向つまりHVDO的な意味での変態なのだが、この「ビッチ」と「変態」の違いは非常に厄介な問題だった。
 せめて変態ならば、いくらでも手段はある。性癖バトルの敗北により屈服させる事も、新能力の提供という餌を用意して取引を持ちかける事も、性癖にもよるが、私の身体を好きにさせる事もそうだ。しかしハルはただ、同年齢の女子より貞操観念がゆる過ぎるだけの、一般女子だったのだ。つまり性的趣向はひたすらノーマルで、こだわりなんて何も無い、快楽が得られればそれでいいだけの、とびっきり淫乱な雌だった。
 しかし崇拝者からの情報によれば、ハルはまだ処女だった。高校に入ってから初めてオナニーを覚え、それから頭の中がセックスの事でいっぱいになり、いよいよ誰でもいいからその辺の男子を掴まえて行為に及ぼうと思っていたまさにその時、私に出会ってしまったようだ。タイミングが良かったのか悪かったのか、ハルは処女を散らすチャンスを失った。私の「月咲」第1能力はあいにくとコントロールがきかず、「好きだ」と心の中で思ってしまったなら、即発動し相手に百合を咲かす。1度咲いてしまったら、私がHVDO能力を失うか、ハルに興味を失うか、能力を誰かに受け渡すかしない限り、その呪いが解ける事はなく、貞操は確実に守られる。
 ハルはそれでもなお、セックス出来る相手を探していたが、どうやら徒労に終わったようだ。股間に花が咲いた女をまともに相手する男などそう滅多にいないし、仮にいたとしても、行為は愛撫で止まり、男は不完全燃焼に終わり、そんな付き合いが長く続くはずがない。
 とはいえ、私の方には一向に百合が咲かなかった。両想いが成立しなければ、私の方には百合が咲かないとは、なんて残酷な仕組みの能力だろうか。私は「好きだ」というただそれだけでハルの処女を手に入れた。にも関わらず、ハルは私の事などなんとも思っていないばかりか、幻滅されるのを知っていてなお男ばかりを追いかけている。
 私も努力はした。例の第3能力をハルの前で繰り返し使い、疑問を抱かせようとしたが、もどかしい事にこれがハルには全く効かないのだ。ハルは私の言っている事を、「理解」してしまう。これは私にとって最も大きな誤算だった。「疑問」を抱かせなければ「好意」は生まれない。
 そもそもこの能力は、相手が私に対して抱く「不信感」つまりマイナスのイメージを、絶対値はそのままにプラスに変換する事によって機能する。ハルの全てを認めて全てを愛する性格を、私は好きになったのだが、それが私の能力を無効化する最大の障害にもなったという事だ。
 樫原の指摘は正しい。よりにもよって五十妻がハルを受け入れ、私が出来なかった事をしているのを知って、私はたまらない気持ちになった。しかも1ヶ月を共に暮らし、その癖、崇拝者からの情報によれば、自らの性処理は一切ハルにさせていないという、紳士ぶってるのか何なのか良く分からない態度もまた癪に障った。仮に私が負けるとしても、五十妻は必ず道連れにしなければならない。性癖の喪失、詰まる所「完全敗北」によってしか、私の復讐心は満たされない。慎重さを捨てた樫原ならば、それが出来ると私は信じる。


 流石、というべきか、五十妻の木下くりに対する陵辱は堂に入っており、確かにこの男には、それなりの素質があるようだと私は思う。織部を撃破し、携帯を入手、それを使って入院中の毛利も連続で撃破するその離れ技。そもそも織部の能力に気づけたのが並大抵ではないし、こちらが木下くりを本気で潰しにかかっているのを知った上で、その状況を逆に利用する機転も冴えている。木下くりに退学するほどの恥をかかせ、それを利用して五十妻を取るという一石二鳥の作戦は、完全に逆手にとられた形になった。この点については、私も潔く敗北を認めよう。
 しかしながら、樫原もただの雑魚ではない。特に、この土壇場で私が「どうやって」朝礼台の上で木下くりに口を開かせたか、という疑問について今一度再考出来るのは、その持ち前の慎重さが、危険を冒していてもなお有利に働いている証拠と言えるだろう。
 やがて木下くりの失禁全裸土下座が実行される。
 私なら、死んだ方がマシだというような屈辱。男に対して、女として最大の恥を晒しているという点と、しかもそれを録画されて、今後どう使われるか分かった物ではない点について、情けなさだけで言えば、茶道部の伝統を遥かに上回ると言っても良い恥辱だ。
 そんな人生最大の汚点を進行している女子の横で、興奮しつつも冷静に思考を進められる樫原も樫原だが、やはりこの非人道的な行為を容易く思いつき、平気で幼馴染に命令出来る五十妻は、五十妻と言うしかない。元々持って生まれた才覚によるものなのか、それとも敗北によって更に強くなったのか。私には分からないが、とにかく今の五十妻が強敵である事に違いはない。
「木下、お前ひょっとして、望月にこう言われたのか?」
 やがて樫原が辿り着いた1つの結論は、寸分違わず私の台詞と一致していた。
 私は、朝礼台に無理やりあげられた木下くりに、マイクを突きつけながら、耳元でこう囁いたのだ。
「本当は五十妻の事が好きなくせに」
 それは、木下くりが既に「自分の心に正直になる」という樫原の「葉君」解除条件を教わっている事を知った上での台詞だった。
 私はこの1年、様々な女子の様々な顔を見てきた。ハルにフラれた私は、それでもOBの方達にショーを提供しなくてはならず、毎週とっかえひっかえ、今いる女子茶道部員の半分以上を例の屋敷に連れて行って、愛撫を施し続けてきた。もちろん、HVDO能力の事は1度も言っていないし、百合の咲いていない彼女達にはその説明をする必要性もなかった。私はただ、先輩に仕込まれた指と舌で彼女達を淫らにさせて、それを観客に見せて差し上げるだけの作業を続けてきた。OBの方達は、百合が見られないのは残念だそうだが、毎週新しい女の子の姿が見られてそれはそれで満足らしい。「こんな年があってもいいわね」とはある方の言葉で、私は自分の気持ちに嘘をついて、茶道部を守る事に専念した。
 そう、私は嘘をついていたのだ。
 本当はハルが好きで仕方の無い癖に、ハルの性格を知って諦めたフリをしていた。ハルに咲いた百合が何よりの証拠だ。私の1年に渡る片思いの、唯一の成果物だ。
 木下くりが五十妻を見る目は、私がハルを見るそれと一緒だった。だからすぐに気づけた。木下くりは五十妻を好いている。しかしその気持ちを、自分ではどうしようも出来ない事情が邪魔している。おそらく今まで受けてきた陵辱がそうだろう。五十妻の性癖を認めたくないというのもあるだろう。私にはすぐに分かったから、それを利用させてもらった。木下くりは自分の本心を認められない。好きでいるというのに、1人しかいないと思っているのに。ハルに何も出来ない私は、木下くりと一緒だったのだ。ああ、涙が出る。
 樫原の挑発を受け、全身全霊を込めて本心を否定する木下くりに、例の鬼畜が叫んでいる。
「くりちゃん! おしっこを自分に!」
 最低な奴だが、きっとそこが良いんだろう。


 五十妻元樹の第4能力「ピーフェクト・タイム」の事は崇拝者からの情報で知っていた。だが、樫原には伝えていない。樫原はどうやら崇拝者からのメッセージを一方的に受け取るだけらしく、私のように連絡を取り合ってはいない。よって、崇拝者の能力も知らず、私も崇拝者から口止めをされているので、敵の情報は私が必要な分だけ伝えるようにしている。今回は、五十妻が戦闘中にレベルアップするなど私にとっては全く想定外の事だったので、伝えていなかった情報だった。ピーフェクト・タイムの制限時間は5分。樫原が勝利をする為には、この事を伝えておく必要がある。
 木下くりが全力で抵抗を見せるが、この状況で、いや、状況がなくても、五十妻に逆らえるはずがない。崇拝者からの情報によれば、春木虎との戦いの時に、1度は無理やりに尿を飲まれたらしいが、それは子供の身体にされていて抵抗が出来なかった事もある。今回の場合、五十妻が尿を飲む為には、木下くりの協力が必要になる。つまり、木下くりは五十妻に尿を「飲ませる」のだ。
 そのような屈辱、常人に耐えられるはずがない。
「くりちゃん! いい加減に覚悟を決めてください! さっきから自分のチンコは爆発寸前なんです! 尿さえ飲めば勝てるのです! ここで自分が負ければ、くりちゃんは一生そのままなんですよ!?」
「馬鹿ちんぽやだああああ!!!」
 絶叫する木下くり。確かに、五十妻には見る目がある。彼女の恥じらい方はとても魅力的で、私も思わず少し興奮してしまった。
「自分は、くりちゃんが自分の事を嫌いである事も知っています。こんな風に変態に巻き込まれるのを快く思っていない事も十分に理解しています。ですからくりちゃん! 今しかチャンスはありません! 一瞬ですぐ済みますから、どうか、今だけ自分を信じておもらししてください!」
 五十妻が木下くりを説得する間に、樫原は集中して勃起を収めていっている。この時間が稼げただけでも、木下くりを挑発してみた意味はあったが、願わくばこのまま木下くりが逃げ出してくれる事を考えているはずだ。しかしそうは甘くない。
 10秒泣いて、木下くりは覚悟を決めた。顔を両手で抑えて、性器を丸出しにしたまま腰を少しだけ前に突き出す。その仕草は、芸術的とさえ言える。
「……くりちゃん。では、いただきます」
 能力によって、数分の間も置かずに新たに放出された尿を、五十妻は直でグイグイ飲み込んでいく。凄まじいまでの飲みっぷりで、恍惚とした表情には一切の迷いがない。この男が私の学校に入学してきた事自体が、運の尽きだったのかもしれない。本当にそう思う。
 飲み干した五十妻の勃起は完全に収まっていた。
「樫原先輩、自分の勝ちです」
 高らかに勝利宣言をする五十妻。確かに、5分もあれば何だって出来る。何をさせる気かは分からないが、五十妻は自分の無敵を良い事に、とんでもなく卑猥なおもらしの仕方を木下くりに要求するだろう。
 私は声を出す。せめて樫原に、それが「5分」で終わる事を伝えなければ。勝ち目を教えなければ。
「ちんぽ」
 私の口から零れ落ちた言葉は、私が大嫌いなそれだった。


「五十妻、俺の負けだ。認めよう」
 樫原の台詞に、私は喉を抑えながら驚愕する。
「木下にかけた能力はもう外した。確認してくれ」
「え!? あ、あ、あ、本当だ。喋れる! お前ら死ね! 頼むから今すぐ死んでくれ!」
 樫原の能力は射程距離内の「1人」を対象に発動する。その1人を、樫原はこの状況で変えたのだ。上を向いた樫原と、覗き込んだ私の目が合う。
「望月、俺が負ける前に、1つだけ聞かせてくれ」
 裏切られた? いや、違う。樫原は既に勝負を諦めている。
「俺はお前が好きだ。この告白をお前が受けてくれるなら、俺はきっとこれから木下がどんなに酷い事になっても勃起しない自信がある。五十妻に勝つには、今、この手しかない。……まあ、受ける訳が無いから俺の負けなんだがな」
 私は思わず驚きに声をあげそうになったが、樫原の能力の支配下にある限り、代わりに出てくるのは卑猥な言葉だけだ。息を飲み込み、耳を傾ける。
「お前は今、自分に嘘をつけない。俺の告白を心から受け入れてくれるなら、返事が出来るはずだ。実はお前が俺に五十妻狩りを命令した時、俺はお前にこの能力を発動させたんだ。だが、効果は出なかった。今までは蕪野ハルの事についてお前は自分に嘘をついていたがな、蕪野ハルを五十妻から助け出そうとした瞬間にその嘘をやめたんだろう。今のお前は、自分の気持ちに正直でいるはずだ。……返事を、聞かせてくれ」
 それは違う、と叫びたかった。
 しかし出たのは、たった1つの最低な言葉だけだった。
「ちんぽ」
 樫原の能力下において、否定を示す言葉「ちんぽ」。
 私の返事を聞いた樫原は、「完全敗北」した。
 性癖バトルにおける「完全敗北」とは、「性癖の喪失」を意味する。HVDO能力者は、己の持つ性的趣向へのこだわりを原動力に能力を使っているので、それが無くなれば、必然HVDO能力も失われる。性器の爆発が起きない代わりに、興奮率の表示が消え、「完全敗北」はリベンジルールを無視し、新しい能力は樫原を倒した私に付与される。
 樫原は気づいていなかったのだ。ハルを守ると考えた時、私の嘘は解消された。しかし五十妻との戦いを見ながら、私はまた新たに自分の心に「嘘」をついた。
 運命に反逆するなど愚の骨頂だ。崇拝者に出会った日、私の考えた事は、その時ただの馬鹿でしかなかった。賢い私がすべき行動は、とにかく五十妻を倒し、茶道部の伝統を守り、崇拝者に対して従順である事だ。しかし、それが新たな嘘だった。
 樫原を倒して得た新しい能力で、私は牙を剥こう。
 今、崇拝者が欲しているのは、木下くりの処女だ。
 性癖バトルに巻き込まれ、翻弄され続けた木下くりの処女はきっと神聖を帯びている。
 だからこそ、その前に、私がそれを奪ってしまおう。
 私には、崇拝者を再起不能にする方法がある。
 青春を懸け、私は復讐を遂行しよう。
 HVDOは私の手で終わるのだ。

       

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Neetsha