Neetel Inside ニートノベル
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 ジャンボジェット機のコックピットから、ややこしい機械類を全部とっぱらって、壁を全て透明にした空間に、ふかふかとした艦長席が1つと、その後ろに簡素な座席が「2つ」取り付けられていました。外の景色がこれでもかという位に見えるので、当然夜の暗さはあるのですが、コックピット内は光に満たされ、三枝生徒会長を見失う事はありませんでした。
 自分はシートベルトを締め、座席の肘掛をぎゅっと握り、この異常事態に一通り愕然とした後、脳内の片隅に追い払われた自我を取り戻し、この状況において唯一頼りになる人物に質問を投げかけました。
「あの、すいません。意味が分からなすぎて、どこから説明して欲しいかも分からないんですが」
 全裸のまま艦長席に腰を下ろしたこの機の艦長は、前を向いたまま答えます。
「私の召喚能力『戦艦マジックミラー号』は、最強で無敵の戦艦よ」
 自分は下を向き、遥か下に広がる見慣れた街を見下ろしました。壁だけではなく床も透明。また、乗り込む前に見た限りでは、外から見ても透明で、かといって中の様子は見えないようで、つまり「マジックミラー」というよりは、それこそ光学迷彩、こちらからは全て見えるが外からは完全に見えないという視覚的圧倒的有利をこの戦艦は体現しているようでした。
「……これって本当に飛んでるんですか?」
「ええ、もちろん。最高速度はマッハ1.2で最大積載量は250トン。ヘリコプターのように空中でのホバリングが可能で、艦体の部位ごとに不可視化も可能よ。AAM、ASM、ALBM、ASAT、核を積んだICBMをいつでも発射可能で、コックピットの後部には東寺の五重塔が丸々納まる空間があるわ。そこにはジープ、潜水艇、スノーモービルからジェットスキーまで搭載されていて、状況に応じた特殊兵装と通信傍受や物理シミュレートを得意とする軍事向けスーパーコンピューターも準備されている。それと、大量のアダルトグッズも」
 最後のは余計な気がしましたが、とにかく「無敵で最強」という三枝生徒会長の説明は簡単ですが実に正しいようでした。いやいや、そもそも「マジックミラー号」ってこういうレベルの乗り物だったっけ? と疑問を浮かべる自分でしたが、船内は高度に発達した現代の科学でも到底実現不可能に思える空間だったので、改めてHVDO能力の凄まじさを実感し、また、それであらゆる不可解は解決するのでした。
 ではあるものの、三枝生徒会長の変態的な露出性癖と、この「戦艦マジックミラー号」は、あまりにかけ離れた能力であるように感じましたので、その旨を尋ねてみると、とんでもなくスケールのでかい答えが返ってきました。
「この戦艦があれば、地球上のどこでも露出プレイが出来るし、世界中を敵に回しても露出を続けられるという事よ」
 戦艦の超スペックもそうですが、「この人なら本当にやりかねない」と思わせる三枝生徒会長も大概なように思われました。味方にすれば頼もしく、敵にすれば恐ろしい。三枝生徒会長ほどこの言葉が似合う人物も滅多にいないはずです。
 ……いないはずなんですが、そんな人物がもう1人、この場所に居合わせていました。艦長席の後ろには座席が「2つ」あり、片方には自分が座っているのですが、もう片方には、これまた数ヶ月ぶりの再会となる人物が座っていたのです。
「便利な能力だね。素直にうらやましいよ」
 頬杖をつきながらそう言う男は、記憶に間違いが無ければ、自分に唯一の敗北をもたらし、くりちゃんを幼女にし、3年間ほとんど引きこもっていたくせに何の問題もなく中学を卒業し、今は三枝生徒会長と同じ翠郷高校の制服を何故か着こなしている、類まれなる小児性愛者でした。
 自分は頭を抱えながら、誰にともなく叫びます。
「どうして春木氏がここにいるんですか!?」
 自分が一番説明して欲しかったのは、三枝生徒会長が連日連夜の公開ストリップにより取得したこの規格外の能力についてではなく、むしろこの疑問についてでした。そしてこの疑問の解決は必然的に、これから迎える修羅場がいかに恐ろしいかを説明する事にもなるのでした。


「あえて言わせてもらえるならば、あなたは少し自惚れてるわ」
 その台詞が、自分に向けて言われていると気づいたのは、春木氏が他人事のように「だってさ、五十妻君」と流れるようなトスをこなしてからでした。
「どういう意味ですか?」
「分からないの? これから倒しにいく望月ソフィアは、第9能力まで目覚め、HVDOの幹部で、そして100人の女子を支配し、木下さんを人質に取っているのよ? 1人で倒せる相手ではないわ」
 自分はすかさず反論します。
「だからといって、春木氏と組むなんて腹のすいたライオンと一緒に鹿狩りに出かけるような物じゃないですか」
 ははっ、と春木氏は鼻で笑って、その癖、後には何も続けませんでした。こういう所が怖いのです。後ろからがぶりとやられるイメージしか湧かないのです。
「いくら三枝生徒会長が一緒でも、全く安心出来ませんよ」
 むしろ三枝生徒会長自身すら、気を抜けば近くにいるだけで勃起してしまいそうな格好をしているのですから、さっき自分が口にした喩えは大きな間違いでした。正しくは、「腹のすいたライオンと野生の女豹がタッグを組んで自分を襲いにきている」ようなものです。
「残念だけど、私は協力出来ないわ」と、女豹。「『百合城』の中にいる状態で、望月ソフィアに何かを命令されると、女はそれに逆らう事が出来ない。そういう能力なのよ。私が操られて敵に回ったら、いよいよあなた達に勝ち目はなくなるわ」
 自惚れてるのはどちらの方か、と訴えたくもなりましたが、確かに三枝生徒会長が言った事は紛れもない事実なので、これには何の反論もありません。
「……つまり、自分はこの危険極まりない人物とタッグを組んで、三枝生徒会長ですら手に余る敵、望月先輩を倒してこいと、そう仰るんですね?」
「そうね」
「拒否します」
 ここに来て、ようやく自分は流され系主人公からの脱却を果たしたと言っても過言ではなく、それこそが数多の変態達と渡り合えてきた理由でもあり、ここでの拒否は何もビビっているとかそういったチャチな内情ではなく、いわば戦略的撤退、ドン・キホーテでは終わらない男の、名誉ある決断であったと自負しているのです。
 もちろん、くりちゃんの処女が惜しいという気持ちは多少なりともあります(事実、以前くりちゃんが幼女化していた時、春木氏に犯される偽くりちゃんを見て自分は発狂しかけましたが、その時は重度の女性恐怖症を煩っており、唯一の救いが幼女くりちゃんだったという背景がありました)が、それは大海を前にして水溜りに固執するようなものであり、くりちゃんの処女を守る為にわざわざ春木氏を供にして危険に挑むのは、ダイナマイトを体に巻きつけて焚き火にあたるような物です。
「もちろん、タダで協力してくれとは言わないわ」
 言いながら立ち上がり、どこからともなく取り出した、というか気づいたら持っていた3本の、親指程の小さな「瓶」を、三枝生徒会長は目の前にぶら下げました。
 その内の1本は空でしたが、残りの2本は、自分にとっては非常に馴染み深い色をした液体で満たされ、ラベルが貼られていました。そこに書かれた名前は、「柚乃原」と「命さん」。そして三枝生徒会長は自分に近づき、すっと手を差し伸べたので、自分は反射的にその手を握り返しました。
 1本だけ空の瓶に、局部から流れ落ちる液体を器用に溜めていく三枝生徒会長。すぐに瓶は液体で満たされ、残りは全て垂れ流しになり、床に世界地図が広がりました。やはり、瓶の中身は見間違いでは無かったようで、それは自分の人生において宿命の液体、人生の濃縮還元、敬愛と崇拝に値する「聖水」でした。
「私のと、柚乃原のと、柚乃原の妹にあたる命さんの、さっき出したばかりの『おしっこ』よ。これをどう使うかはあなたの勝手。どう? 引き受けてくれるかしら?」
 見くびらないでいただきたい。たかだか美少女3人分の尿だけで、先にも散々述べたリスクを背負うほど、自分は軽い男ではありません。三枝生徒会長の放尿が終わり、それを見届けると同時、怒気を露にしながら堂々と、鼻息荒く凄みをきかせて自分は言いました。
「引き受けましょう……!」


 まだ暖かい尿が満タンに詰まった瓶を大事に懐にしまい込みながら、自分は艦長席に戻った三枝生徒会長に尋ねました。
「ところで、どうして三枝生徒会長は、望月先輩を倒そうとしているのですか?」
 それは至極真っ当な質問でしたが、答えは意外な、というか「らしからぬ」物でした。
「色々あるけれど、1番は『ムカつくから』かしらね」
 この人に、「怒り」という感情があるとは。と、自分は人類初と思わしき発見に驚きつつも、やや濁した部分にあえてメスを入れてみました。
「色々、というと?」
「合併を妨害している事とか、胸糞の悪い清陽茶道部の伝統とか。まあ、色々とよ」
「おや?」と、唐突に口を挟んでくる春木氏。「『例の事』、まだ五十妻君に話さないのかい?」
 例の事? と疑問符を浮かべる自分ごと、三枝生徒会長は春木氏の不穏な台詞を無視しました。
「意外だなあ。君たちはすっかりデキてると思ってたんだけど」
 わざとらしく、人を挑発するような口調に、やはりこの人物とコンビを組むのはいかにも危険すぎたかもしれないと早速後悔し始めている自分を他所に、春木氏は席に座ったまま体重を前に預けて、顎を手のひらに乗せつつこちらを覗き込んできました。
「五十妻君は、ここに僕がいる事が気になるんだろ? 僕だって本当は『百合』なんて厄介な性癖、相手にしたくなかったよ。だけど、ちょっとした『借り』を三枝さんに作ってしまってね。止むを得ず、という奴さ」
「春木氏には聞いてません」
「相変わらず冷たいねえ」
 ふふふ、と無邪気な笑顔を浮かべる春木氏。
「ま、三枝さんが五十妻君に秘密にしておきたいというのなら、あえて僕からは何も言わないけどね。五十妻君も、僕からの情報はどうやら信じられないようだし」
 それにつけてもこの言い草! ハンカチがあったら噛んでいる所ですが、無いので自分は仏頂面を決め込みます。
 とりあえず、尿は確保出来ましたし、三枝生徒会長の生放尿も拝めましたし、思い残す事はないな、と思いつつ、こうなれば、ついでですがくりちゃんも助け、望月先輩を撃破し新能力を得て、隙をついて春木氏を後ろから襲い(そういう意味ではなく)、あの敗北のリベンジを果たすというのも、なかなかに魅力的なプランであるように思いました。もしもこれが成功すれば、今日が自分にとって人生最良の日になる事は間違いなく、未来も薔薇色に、いや黄色に染まっていくというものです。
 心の底からあふれ出てくるようなにやにやをどうにか堪えつつ、現場に到着しました。
 いつもの校舎が視界に入りました。何も変化が無いではないか、と自分が思うと同時に、戦艦は速度を落とし、三枝生徒会長が叫びました。
「バイブミサイル発射!」
 先程の、軍オタをわざと煽るような仰々しい解説をかなぐり捨てて、下ネタの内でもかなり低俗な部類に入るであろう攻撃が始まると、「百合城」の方も本当の姿を見せました。まるで上に乗っていた写真を剥がすように、校舎は瞬き1つで巨大な城へと形を変えたのです。
 それは大阪城にも負けず劣らずの立派な和城でしたが、備え付けられた十門以上の大筒から発射されたのは、これまた陰茎の形を模した最低なバイブ型ミサイルであり、空中で2つの衝突による派手な爆発が起きると、それが開戦の合図となりました。


 この「戦艦マジックミラー号」自体が三枝生徒会長の能力であり、完全に意思によって統制されているのは間違いない事実のようで、最初の1発以降、三枝生徒会長は無言を貫き、立て続けにミサイルを発射しつつも、それに応戦する「百合城」の砲撃を右に左にかわすという、おふざけ一切抜きのガチンコ攻城戦が目の前で展開されていきました。
 凄まじい振動に自分は座席にしがみつき、目を瞑りそうになるのを堪えながら、その様子をおっかなびっくり覗いていましたが、隣に座った春木氏は余裕の様子で、映画でも観るかのようにすこぶる楽観的でした。
 バイブミサイルはまだ1度も城には直接命中せず、全ては正確に撃墜されていましたが、百合城のスペックにも限りがあるはずです。
「さ、三枝艦長! もしもミサイルが城に命中してしまったら、中にいる女子生徒が無事では済まないのではないですか!?」
 自分にしては、非常にまともな意見でしたが、三枝艦長はこれをあっさりと否定します。
「そんな事は分かってるわ。今はこちらのミサイルを撃墜していく順番を観察して、城のどの場所に女子生徒がいるかを見極めているだけよ!」
 喋りながらも、戦艦の操舵には一切の隙も見せない三枝艦長。
 夜空を飾る放射状の巨大バイブが、接触と同時に花火を咲かし、戦艦の巨体は三次元空間をフル活用しながらここしか無いと思える抜群の位置取りをしていきました。三枝艦長の呼吸に合わせて、戦況はどんどん過激に、猛烈になっていき、やがてその時が訪れました。
 これまでにない凄まじい衝撃。自分は膝で顎を砕きそうになり、流石の春木氏も座席にしがみついていました。
「三枝艦長! い、今のは!?」
「命中したようね」
 冷静な台詞でしたが、ふと右を向くと、もくもくと煙があがっていました。一気に血の気が引きます。
「まさか、墜落するんですか!?」
「この程度ではしないわ。でも……私がさせる!」
 言い終わると同時に、戦艦はがくんと高度を落とし、そのまま百合城の方に向かって加速していきました。
「ひいいいいい」
 目の前に広がる大迫力の景色に思わず絶叫すると、隣からは耳障りな笑い声が聞こえ、今から死神に連れられて地獄に行くのだと確信させられ、浮遊感と、全身にかかるGに吐きそうになりながら、城壁が眼前に迫った時、制服の内ポケットに仕舞った尿を大事に抱えながら、自分は死を覚悟しました。生まれ変わったら尿瓶になりたい! そう願いつつのわずか数秒、震動は最高潮に達し、上下左右不覚のまま、轟音に耳を塞ぎました。
「望月ソフィアがいるのは『天守閣』よ! 100人の女子はその階下に集めて道を塞いでいるけど、支配下に置かれた女子は、絶頂を迎える事によって一時的にだけど命令を忘れて空の状態になるわ。さあ、早く行って」
 目を開けると、三枝生徒会長は相変わらずの全裸で、余りの恐怖にその豊満な胸に飛び込みそうになりましたが、それをするとほぼ確実に勃起する事が分かっていたので、自分は震える手でシートベルトを外し、先に立ちあがっていた春木氏についていきました。艦首には扉がついており、そこから「百合城」に乗り込み、一歩を踏むとよろよろになった足腰を奮い立たせました。
「五十妻君、大丈夫かい? これから先が大変だよ」
 春木氏の言葉は間違っていませんでした。死にかけながらもようやく敵の本拠地へと乗り込んだ自分を待っていたのは、性欲に滾った100人の全裸女子で、本来こんなシチュエーションは、男として喜ぶべき所なのでしょうが、自分は先程の三枝生徒会長の台詞に、大仕事を予感させられました。
 勃起をせずに、100人の女子を絶頂に導く。どなたか、手のあいている方は手伝っていただきたい。

       

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Neetsha