Neetel Inside ニートノベル
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 そこは開けた空間だった。
 今までの閉鎖的な感じとは訳が違った。
 首を真上にしてようやく見える天井。高さは、映画館の中くらいはあるんではないか。
 そして横にも広い。東京ドームとはまでは行かないだろうが、下手すれば野球場くらいはあるんじゃないいか。
 そんなだだっ広い四角形の空間……ホールのようなものが、そこには広がっていた。
 「おおい! そっち、最初の部屋から出てきた扉は閉まってるか!?」
 俺が出てくるやいなや静止を呼びかけた声の主とは違う、もう一人の誰かが続いてそんな事を聞いてきた。
 最初の部屋から出てきた扉?
 とすると、あの面倒なパスワードを解いて突破した、あの扉か。
 俺は後ろを振り返る。
 そこには、見事に閉じられた扉が、通路の先にあるのが見えただけだった。
 「いや、閉まっているぞ!」
 ホールの中心辺りには、数人の人達が集まっていた。
 そのうちの誰に返せばいいか分からないが、俺はとりあえずそう叫んだ。
 「そっか! とりあえずこっちに来てくれ!」
 集まりの中の、丁度真ん中らへんにる中年の男が、腕を振り上げながらそう言った。
 一体、誰なんだあいつらは……?
 見たところ、知っている顔はいない。
 人数は全員で……10人?
 俺に呼びかけた中年の男や、がたいのいい男、俺と同い年くらいの青年、それから女性……。
 誰一人知らない奴らだ。まあ、当たり前か。
 一体何だというんだ。
 ……もしかすると、この謎のゲームの、俺以外の他の参加者か?
 まあ、そう考えるのが妥当か。
 だが、いいのか? あいつらをそう簡単に信用して……。 
 これは、命を失う可能性もあるゲーム。
 ここで、不用意に近づいていいものだろうか。
 しかし……ここで逃げ出す、というのもまた不自然な選択肢だ。
 ここは僅かな危険はあるかもしれないが、合流した方がいいだろう。
 というよりも、俺自身心細くて仕方がない。
 協力できるなら、そうするべきだ。
 「分かった! 今行く」
 俺は、周囲を見渡しながらその集団へと向かって歩きだした。
 にしても……本当に広いホールだ。
 しかし、貴族の館みたいな豪華な絨毯や装飾品に彩られている……なんて事はない。
 真っ白で、色のない無機質なホールだ。
 向かって右側には、無駄に大きな階段。このホールはどうやら二階まであるらしい。
 左手側を見ると……これは一体何だ?
 壁一面に広がった、巨大な銀色の壁……。いや、扉か?
 もしかすると、これがこの施設の出口という奴か? それとも、次のステージみたいなものへの入口?
 どの道、そう簡単に開きそうではないが。
 「……あの、これは一体何が……?」
 あと数メートルで合流する、という所で俺はふと聞いてみた。
 「いや、私たちも一体何が何だか……。まったく、本当に分からない事だらけだよ」
 中年の男が返事を返してくれた。
 やはり、俺と同じゲームの参加者……というわけか?
 「ところで、何でさっき俺を止めた理由は?」
 「あの謎解きの部屋から出てきただろう? あの部屋から出てきたら、皆戻れなくなったんだよ。だから、もし開けっ放しにできておけたら、何かの役に立つんじゃないかなと思ってね」
 なるほど……。戻れないように主催者が仕組んでいるんだとしたら、もし戻れるようにしておけたらこちらにとって何か大幅なメリットがある可能性が高い……という事か。
 「さて……これから私達はどうすればいいんだろうね?」
 「……さあ。分からない事だらけですね……」
 「だが、オレ達にははっきりとした共通点がある。そうだろう?」
 右側にいる、身長が高い青年がそう言う。俺が出てきた瞬間、一番最初に俺を止めた男だ。
 顔や雰囲気からすると、俺より1つか2つは年下のようだが……。
 「共通点……とは?」
 共通点。
 おそらくそれが何だか分かってはいたが、俺はとりあえず聞き返してみる。
 青年は一瞬の間を置いて、再び口を開いた。
 「借金、だよ。ここにいる奴らは全員債務者だ。借金のせいで、こんな所に連れてこられたんだ」
 そうだ。
 俺は借金のせいでこんなどことも分からない場所に連れてこられたんだ。
 そして……”ゲーム”の参加者にされてしまった。
 「借金を返すために、オレ達はここにいる……。そして、どうすればその借金が減るのか、というルールさえも誰にも教えられていない。一体どうすりゃいいんだ?」
 男の言う事はもっともだ。俺と全く同じ考え。恐らくは、ここにいる全員が感じている事だろう。
 そう……まず俺達は、ルールを把握する必要がある。
 そしてできうるならば、協力すべきなはずだ。……何かひっかかる所もあるが。
 「少しいいかい? 私達は多分、あれが出口だと思っているんだが……君はどう思う?」
 中年の男が、階段とは逆の方向を指さす。そこには巨大な鉄の扉があった。
 確かに……出口な気がしないでもない。
 「それで、すぐそこにあるそれ……どうやら、カードキーを読み込ませるものみたいなんだ。ほら、そこにある黒い奴だよ」
 俺達が今いる場所。そこから数メートル扉に向かった場所には、黒い突起物があった。
 その上川には、確かにカードキーを読み込ませるような縦筋がある。
 なるほど……これは映画かなんかで見た事があるな。
 「カードキー……って事は……?」
 そう思って、俺は胸ポケットにしまっていたカードを出す。
 「それは、ここにいる全員がそれをもらったんだが……一応試してみたけど、ダメだったよ」 
 そうか……。
 という事は、これが万が一にも鍵である可能性は無いと思ったほうがいいだろう。
 「いや……待てよ?」
 そうだ。
 固い発想は敵、だ。
 俺は、気づいた時にはその黒いカードリーダーに向かって駆け出していた。
 「おい、どうするつもりだ?」
 青年は、そう俺に聞いてくる。
 「一応試してみるのさ」
 カードキーを手に取り、まずは一番近いリーダーに読み込ませてみる。
 そしてまた、クイズ番組のハズレみたいな音が鳴るのだった。 
 もちろん、4つとも試してはみたが、当然のように全てハズレ。
 「……まあ、何となくは分かっていたが」
 「さて、これからオレ達はどうすればいいのか……」
 「ともかく、さっき私が言ったように、皆で手分けしてここがどういう所か探るべきだ」
 小太りの男が低い声でそう言う。見た感じでは、中年の男と同年代に見える。
 「まあ少し落ち着こうじゃないか。ここで皆別れて行動しちゃあ危険じゃないか?」
 「危険? まさかいきなり殺されたりするわけでもあるまい。それに、この男が来た事によって丁度4人ずつ3方向に分けられるじゃないか」
 小太りの男は、俺をあごで差しながらそう言う。どことなく気に障る男だ。
 「あの、3方向、っていうのは?」
 俺は聞いてみた。
 ここにいる全員より、俺は明らかに情報が足りない。
 皆がどういう話をしていたのかもまるで分からん。
 「あの階段の上に、3つ扉があるんだよ」
 「なるほど」
 「オレ達はまだ何も分からない。ルールさえも、だ。とにかく行動を起こさなければならないはずだ」
 まあ、確かにその通りだ。
 今俺達がしなければならないこと。
 それはルールの把握。ルールの中には、俺たちが借金を返す手だてが記載されているはずだ。まずはそれを知らなくてはならない。そして、この出口を開けるためのカードキーも探さなくては。
 更に、このトランスに書かれているハテナの項目も気になる。
 そして更に、この施設は一体どのくらいの規模なんだ? という疑問もある。
 おまけに、食料の問題も……
 もう本当に、分からない事だらけだ。
 「よし、それじゃあ3つのグループに分けようじゃないか」
 小太りの男が、勝手に話をすすめようとしている。
 俺はすかさず反対の声をあげた。
 「いや、ここでそんな簡単にバラバラになっては駄目だ。危険すぎる」
 確かに、序盤から死の危険に晒されるとは考えにくい。
 だが、トランスには30日間の生存、と書かれてあった。
 死ぬ危険は間違いなくどこかにある。
 ここでばらけていいのか……?
 「そうだ、ここはとりあえず一方向に全員で行くべきだ。なあ?」
 俺のすぐ隣にいた男は、俺に賛同する形でそう言ってくれた。
 いかにも好青年、といった感じで、憎めない奴の雰囲気を出している。
 「いいや、オレも別れるのには賛成だ。危険危険言うが、本当に危険ならそれで、12人まとめて一気にやられる……なんて状況も有り得るだろう? どっちにしろ、死ぬ時は死ぬさ」
 背の高い男はそう言う。
 まあ確かに、その男の言う事も合っているような気がしないでもない。
 さて……どうすべきなのか。
 「なら、多数決をしようじゃないか。別れて行動すべきか、皆まとめて行くべきか……でね」
 まあ、バラバラになった意見をまとめるにはそれが一番だろう。 
 それに反対する者はなく、多数決で決まる事になった。
 「じゃあ、まず……別れるべきだ、と思う者は?」
 俺は手をあげなかった。
 だが、結果的にそこで挙手した者は7人。
 よって、俺達12人は、別れる事となった。
 それに当たっての決め事はこうだ。
 まず、4人1グループで3方向の探索をする事。ここで、6人に分けるという考えもあったが、あまりにも中途半端すぎるだろう、という事で却下となった。
 そして、時計の時間が現時点で9時を回ったところ。
 とりあえずは、昼の12時にホールに戻ってくる事。そこで1時間は仲間の帰りを待つ。
 もし何かが起こって、戻れなくなった場合の事を考えて、その時は6時に戻ってくるようにする。
 以上だった。
 俺のグループは階段から登って丁度真正面の扉。質素で、色のない扉だ。
 そして、俺と同じグループになった3人は、中年の男と、さっき俺に賛同してくれた男と、それからさっきから一言も喋っている姿を見ていない高校生くらいの少女、だ。
 「よし、それじゃあ行くよ?」
 中年の男がそう言って、扉の横にあるリーダーにカードを読み込ませる。
 扉は、あっさりと開いた。まさか、ここで開かないというような意地悪はないらしい。
 扉の向こうには、もうお約束か、また通路が広がっていた。
 俺達は一人ずつその通路に向かって進入していく。
 「よ、そういやまだ名前言ってなかったよな? 俺は光一。大学二年生だ」
 「大学二年? じゃあ俺と同年代か。俺も大学二年だよ」
 「本当か? 良かったぁ、俺と同い年の奴、あそこにはいなかったんだよね。皆年上か年下。ま、仲良くやろうぜ」
 こいつは少し呑気だなあ、と思いつつも俺は僅かながら安心な気持ちが芽生えていた。
 「そういや、私の名前も言ってなかったね。私は村山幸一郎。よろしく」
 中年のおっさんも、振り返ってそう言った。
 そういえば、あそこにいた連中の名前、誰一人聞いている余裕はなかったな。
 実際、こんな状況になってみるとあまり自己紹介などしている余裕はないもんだな。
 さて……あとは。
 「……君の名前は?」
 俺は、一番後ろからついてきている少女にそう聞いた。
 同じグループなのにまだ会話もしていない。
 少女は、一瞬驚いたような顔をしてこっちの顔を見る。
 「……飯島」
 ぼそりと一言だけ呟いた。
 しかも、苗字だけときたもんだ。
 もしかすると嫌われているか、俺は。それとも、こういう娘、なのだろうか。
 ……まあいい。いきなりこんな分けの分からない所に連れてこられて、普通に振舞える奴の方が珍しい。もしかすると、本当は明るい娘なのかもしれない。
 俺は、そう自分に言い聞かせた。
 今は、皆協力すべきだ。
 なるべく、勝手に嫌ったり疑ったりするべきではない。
 「さて……開けるよ?」
 村山さんは、カードをリーダーにセットしながら、そう言う。あとは下にスライドさせればそれは開く。
 「……行きましょう」
 この先には一体何があるのか。
 ……いきなりレーザーでも飛んできたりしてな。
 その可能性も十分あるとして、俺は少し身構えていた。
 そして、扉は開かれたのだった。

       

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