Neetel Inside ニートノベル
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 朝、食卓で白井を出迎えてくれたのは大見出しの新聞記事だった。
『今日もまた犠牲者』
 変死体がまた発見された。白井は、その記事が帯びたヒステリックな雰囲気が背筋を気味悪く撫で上げるのを感じた。
 組織の計画かどうか聞くと、偽装家族として食卓にいる白井の使用人は、組織の計画にそんなものはないと言った。
「私達の中に、その様に殺人出来る人間はいないはずです」
 彼女の言葉で、ますます気味が悪くなった。UFOと言い、変死体と言い、訳の分からない事件が起こりすぎていた。
「私達も独自に調査していますが、実態の解明には時間が掛かると思います」

「犠牲者が出過ぎているから、君の所で外出禁止令が出ているらしいね」
 鈴木修介は電話でこう言った。彼はいわゆる白井の『仕事仲間』だった。
「あなたはどうなの?」
「警察に変装して気になる事件を調べてるよ。今日は休みだからさ、久し振りに都会にね」
「どっちの事件?」
「……どっちも、だよ。何だか嫌な予感がするからね」

 鈴木と白井は直属の戦闘員の中ではただ二人だけ、組織の外に出て生活している人間だった。遺伝子工学を駆使し生み出された白井達は、形式上直属と言う肩書きだが、まだ訓練生のようなもので、任務こそあるが、戦闘配備は殆どされていなかった。
「……まだ訓練には少し早いのでは?」
「私用で……ね」
「ああ……私からはなるべく角が立たぬように言っておきます」
「ありがとう」
 白井の武器は拳銃だった。彼女に与えられたのは、世界最強の拳銃『パイファーツェリスカ』を改造したもので、単発の威力は折り紙付きである。そこに電子制御を使い、その威力にも関わらず反動はかなり軽減され、連射が可能になっている。
「しかし、警察に見つかれば職務質問どころでは済みません。十分にお気を付けて」
 使用人は念を押して言った。
「心配は要らないよ。私も馬鹿じゃないから」
 そして、そっと団地から抜け出していった。

 白昼の太陽が照りつける。晴れた穏やかな日和に、カラスの鳴き声が伸びる。白井は、鈴木ととある路地裏に来ていた。
「見てごらん」
 目の前に横たわるのは、例の変死体だった。目を虚ろに開いた姿は生命の欠片も感じられないが、かと言って不思議と死んでいる気がしなかった。
「全く外傷がないし、何か毒を服用したわけでも、体内に病原体がいる訳でもない。なのになぜ、彼は死んでいるんだろうね。まるで命だけ抜き取られたみたいだ」
 鈴木は腕に取り付けたウェアラブルコンピュータを忙しなく操作していた。
「これはきっと、かなり質の悪いやつの仕業だよ。本当、趣味が悪いな……ん」
 鈴木はコンピュータに向かって不思議そうな目を向けた。白井にはそれが見えないが、何かヒントを見つけたらしいことは分かった。
「……脳死だ。脳がまず死滅して、それから心肺機能が停止してる事になってる。脳殺ってことだ。初めてだよ、こんなのは」
 脳死……という言葉を頭の中でなぞった。という事は、脳を殺す何かがある。に違いない。
「厄介だよ。人の脳に干渉出来る何か……ってことかな。気味が悪い」


「そうか」
 使用人は河原崎に向かって何か話していた。電話を挟んだ河原崎の声は、相も変わらず淡々としていた。
「だが、手筈は整っているはずだろう。今更変更出来ない。変死体があちこちで発見されているとは言え、私達には時間がないからね」
「はい。分かりました」
「だが、1つ、言っておきたい」
 河原崎の言葉で、受話器を元に戻そうとした使用人の手が止まった。
「はい」
「不穏な動きには変わりない。警戒は怠らない方がいい。私も出来るだけ静かに行く」


「この事態でどうしようもないのは確かなんだよな」
 鈴木は白井に向かった。2人は路地裏を出て、団地へ抜けていた。
「しかし、どう言うことだろう。全く分からないよ」
「何が?」
「犯人がいるとして、今は警察が張り巡らされてる。僕はまだ変装で誤魔化しが効いてるけど、何でこうして人が死ぬんだ?」
 警察が監視し出した社会で、どの様にして人を殺しているのか。犯人が人ではないと言えれば簡単だろうけど、人ではないとして何が……?
 そこに、電話が鳴った。
「白井様」
 使用人の大人しく控え目な声が聞こえてきた。白井は家に帰る必要があると悟り、すこしがっかりしたが、使用人の声音はどこか切羽詰まっていた。
「大変です。あなたの友達が……」
 それまでは無我夢中だった様な気がする。黒柳の家に着くまで、さほど時間は掛からなかった。
「君、分かっているのか!? 今は外出禁止令が……」
「じゃあ何で家の中で死体が発見されてるの!? 意味があって言ってるの!?」
 白井は警察の制止を振り払って黒柳の部屋に入り込んだ。窓が破られている。机の上は散らかっている。黒柳は自分の部屋で、やはり虚空を見つめて死んでいた。だけど、その姿は眠っているように見え、本当に死んでいるとは思えなかった。
「叫び声が聞こえたような気がしたから行ってみたら……そしたらまさか死んでるなんて……」
 黒柳の母親が塞ぎ込む。
「なんで……私の子が……」
「……白井」
 鈴木は白井に囁いた。
「行こう。もう嫌な予感しかしない」
 外に出ると、斜陽が射し込んできた。いつもは騒音まみれの黄昏時も、誰もいないことで街は静かに横たわっている。
「どういう……」
 白井は言葉に詰まった。まだ、悲しみの中にどっぷりと浸かったままだった。見知った顔が居なくなるのが、本当に信じられなかった。
「凹むなよ。まだ……」
「他人事だと思ってる!!」
 鈴木に当たった所で、何もいいことがないのは、白井自身、よく分かっていることだった。けれど、その無責任な発言に、感情が爆発していた。
「……ごめん」
 鈴木は言葉に押し潰されて、小さくなっていた。それでも、言いたいことは言った。
「まだ、何も解決していないんだ……だから、僕に出来ることがあれば何でも言って。出来るだけ力になるよ」
 白井は、小さく頷いただけだった。

       

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