Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 その後、車掌は男によって事情を説明され、しぶしぶといった風に帰って行った。
 その男の正体は、冴えない強盗などではなく、国際特殊警察の(多分冴えていないであろう)刑事だったが、自称、特殊捜査局諜報科長だそうだ。それはどうやらかなり地位の高い方らしいのだが、俺にはそれが良く分からない。
「すまない、疑ってしまって」
 向かい合って座っているその刑事が、煙草を吸った。名前を聞いても、教えてはくれなかった。
「……あの、車内は禁煙なんですけど」
 乗客の一人が弱弱しく注意すると、彼はすぐにむすっとした表情になった。
「ん、くそっ」
 刑事は煙草の火を指で消した。
 ――指で消せるもんなのか。
 一人で勝手にそんなことを考えていると、前の車両から、誰かが入ってきた。
「日向さん、河原崎健一郎を確保しました」
 女刑事っぽい人が言った。
「ご苦労、よくやった」
 日向と呼ばれたその刑事は女刑事に連れられ、前の車両に向かった。
 すると、信じられない程車両が静かになった。
 それが無性に寂しくて、日向の後を追おうとしたが、すぐに思いとどまった。
 ――俺には関係ない。
 そう思って再び席に戻りくつろぎ始めた瞬間、今度は列車が止まった。急停車に意表を突かれ、急停車の勢いで俺は床へ投げ出される。
 電車が行き過ぎたのか。と周りを見回してみるが、普通ではないことがすぐに分かった。
 駅で止まったのではない。辺り一面、水田。
 なんだ、何が起きたんだ。
『当列車は緊急停車致しました』
 は? 緊急停車?
『犯罪者の河原崎健一郎を確保した際、この列車に爆弾を仕掛けたとの発言がありました。至急、電車から逃げて、遠くに離れて下さい』
 アナウンスを聞いた後、両側の扉が開く音がした。
 ば、爆弾?
 列車の中の人々が慌てふためき、ぽつりぽつりと逃げていくのが見える。
 いや、見てる場合ではない。俺も逃げないと。
 その時、大声で叫ぶ声を聞いた。
「どういう事だ!!」
 さっきの日向の声だ。
 次に、それとは別の声が聞こえた。
「言うわけにはいかないな」
「吐くんだ!!」
 人を殴るときの鈍い音――俺はそれを映画で聞いたのだけど――が、幾度となく聞こえた。
 気付けば俺は、聞き耳をたてていた。
「殴って、気が済んだかい?」
 立ったまま両手を上げている河原崎の、毒気をたっぷり含んだ声は、嫌味でも言うかのように日向へと向けられた。
「貴様ッ……!」
 頭に血が上り、もう一発殴りかかろうとする日向を、女刑事は止めに入った。
「待って。彼には確実に余裕がある……絶対に言わない自信がある」
「フッ、察しがいいじゃないか」
 恐らく河原崎であろう男がほくそ笑んだ。冷静を取り戻した日向が、その笑みとは正反対の険しい顔で聞いた。
「……どう言うことだ」
「そこの女の言う通り、私には絶対の余裕があるのさ」
「何だと?」
 状況が分かっていないのかとでも言いたげに日向が睨みを利かせた。その顔を愉快そうな目で見つめ返し、河原崎はゆっくり答えた。
「こういう事さ」
 そのとき、その車両の開いたままの扉から銃を持った3人組が現れ、一瞬にして刑事2人を取り囲んだ。
「手を上げて貰おうか」
 河原崎は、上げていた手を下ろしていた。それと同時に、今度は二人の刑事が手を上げる。
「しまった……!」
「悟られないように少数で行動したのが裏目にでたようですね」
 ゆっくりと手を上げる2人。
 感情的な日向に対し、女刑事の方はクールだ。
 しかし、どうやらこちらには一切気付いていないようだ。その状態がいつまで続くか分からなかったが、動けば余計に疑われる気がして動けないまま、見つからないか内心ビクビクしながら、その様子を見ていた。
 部下の2人が刑事2人の手足を縛り、そのまま座らせた。
「さて諸君、君達は折角だから人質にでもなってもらおうか」
「俺達には人質の価値などない!!」
 日向が声を荒げる。
「確かに、君達一人一人なら人質として大した価値は無いだろう。だが、仮に君達の持っているIDナンバーを利用して国際特殊警察のデータベースへ侵入するとしたら?」
「な……!!」
 その驚いた二人の顔をじっくり眺めた後、河原崎は満足そうに笑った。
「フフ、冗談だ……君達は生かされているだけだなのだよ。今すぐにでも殺すことが出来る……だがね、ただ殺すのは趣味も悪いしつまらないだろう?」
 この河原崎とか言う奴、中々の変態野郎だな。車両を挟んで聞こえてくる声に、俺は憎悪を感じた。
「貴様、そこまでして何がしたい!?」
 日向が声を振り絞る。
「……もう感づいているだろう。そうでなければ、君達はここにはいないからね」
「我々はただ、網を張っていただけ。あなたは偶然掛かった虫なのですよ」
 今度は女刑事の声だ。その言葉に河原崎の表情が変わった様な気がした。
「立場をわきまえたまえよ。今は君達が虫なのだから」
 静かにそう忠告すると、彼女はさらに言った。
「立場など、直ぐに変わるもの。束の間の優勢に溺れていなさい」
 女刑事も負けてはいない。しかし河原崎の余裕を覆すことはかなわず、笑みは深まるばかりだった。
「残念ながら、変わる事はないだろう。なぜなら……」
 そして部下の1人に目配せすると、その部下が何やら無線のような物で指示をした。
 閃光が広がり、一瞬遅れて耳が破裂しそうな、文字通りの爆音が駆け抜けた。

       

表紙
Tweet

Neetsha