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 十二月二日。
 僕は繁華街にある、とある店にやって来ていた。
 ネットで読んだのだ。この店は『アレ』を買うのにとても良い選択が出来ると。

 店内は、とても落ち着いた装飾をしていた。薄暗いライトに照らされ、ショーケースの中が目立つように空間が作られている。
 こう言う店にはあまり入らないから、やはり緊張する。
 落ち着け、今日の僕は客なのだ。大丈夫だ。行ける。
 周囲の客に気付かれないよう、静かに呼吸を整えていると、いらっしゃいませぇ、と宝石店に似つかわしくないスーパーみたいな掛け声が聞こえてきた。

「お客様ぁ、良いでっしょう? とても良いでっしょう? このジュエリー達。海外の有名、マイナーブランド関わらず、うちのディーラーが直輸入しているんですぅ」
「はぁ、そうですか」

 話しかけて来たのは女性だった。話し方がかなり胡散臭い。僕とそう変わらない歳にも見えるが、どこかおばさん臭が漂う。先ほどの掛け声はこの人が放ったようだ。
 胸元には『神野みこと』と書かれたネームプレートをつけている。プラチナスペシャリスト、と肩書きがされているのだが、凄腕なのだろか。とてもそうは見えない。
 
「お客様、今日はプレゼントか何かでお探しですか?」
「え、ええ、まぁ」
「ちなみに、ご見当されている商品とかは?」
「いえ、まだ。ただ、その……」
「はい?」
「ゆ、指、指」
「指? Finger?」
「No finger! その、指……指輪にしようかなと……」
「あらぁ! 指輪! 素敵ですねぇ!」

 話すべきか迷ったが、店員に隠しても仕方ない。むしろ話さないと、とんでもない物を売りつけられる可能性もある。
 南無三、と僕は内心で神に祈り、この店員に全てかけることにした。例えブリ大根の指輪になったとしても恨んでくれるな。
 
「実は、結婚指輪を探しているんですが、その、値段の相場とか全然分からなくて……」
「あら! なんて素敵なんでっしょう!」いちいちリアクションがでかい。「そうですねぇ、お値段であれば、一般的に『給料三ヶ月分』なんて言いますけど――」

 ギクリとした。一応それくらいの予算は視野に入れていたが、いざ口にされると惜しくなる。

 あの女に、僕が給料三か月分?
 たまらない。

 いや、良いのだが。
 そうだ、良い。そのつもりなのだ。
 良い。そう、良いのだ! もうどうでも良い!

 僕が頭の中で半ばやけになっていると女性は言葉を続けた。
 
「一般的に『給料三ヶ月分』なんて言いますけど、最近は決してそういう訳でもないんですよぉ」
「詳しくお話をお聞かせください」半ば喰い気味に答えた。

 いよいよ本格的に接客に入ろうかとしたところで、不意に「神野さん、お電話です」と別の女性店員が奥から声をかけてきた。
 水を差された為か、女性の顔が一瞬般若の様な顔になり、瞬時に戻る。サブリミナル効果かと思うほどの早変化だった。

「すいませんねぇ、二十秒、お待ちいただけますか?」
「はぁ……」

 ホホホと愛想笑いを浮かべながら、店員は奥へと引っ込む。接客中に電話に出るのか、と内心驚いていると、店の奥から「テメェ人が接客中なの見えねぇのかよあぁ!?」と鬼の様な声が聞こえてきた。
 その後間もなくして、再び店員が現れる。
 
「ホホホ、すいませんねぇ。あの子新人でして。知らないって怖いことですねぇ」
「いえ」僕はこの女が怖い。
「それで、指輪の話なんですが、昨今ですとダイアモンドではなくて、誕生石を用いたオーダーメイド指輪なんかも流行ってるんですよぉ。しっかりとしたプラチナのリングに、デザイン装飾も色々あって、値段もお手ごろで、若い方に特に人気が出てるんです」
「誕生石……」

 悪くないかもしれないな。ピンと来た。
 彼女の誕生日か。
 いつだ?
 知らない。
 
「じゃあ、とりあえず十二月の石を教えて下さい」
 すると店員はカタログを出して三つの石を見せてくれた。
「十二月だと、ターコイズ、ラピズラズリ、タンザナイトなどがありますぇ。ラピスラズリは頭痛や喉の痛みに効くんです」なんだそれは。
「この三つだと、人気が高いのはタンザナイトですね。知性や意識を高める石とされていて、石言葉は空想・冷静・神秘」
「なるほど……」

 彼女にはもう少し歳相応の冷静さは持っておいて欲しいと思っていたのだ。存在も神様からのプレゼントと言う、神秘的で空想そのものだし、ピッタリではないか。

「じゃあ、このタンザナイトの指輪をお願いします」
「ありがとごじゃまーす!」
 けたたましい声が響き渡る。この人本当に大丈夫か。

 だが、後に分かった事だが、この女は全店ナンバーワンの売上げを持つ女だった。


 とにもかくにも、クリスマスの準備は、これで万端だ。
 受取日は十二月二十三日。
 そして、あの女との会合は二十四日に取り付けてある。日曜で互いに会社が休みなのだ。
 今年のクリスマスは、僕にとっても、彼女にとっても、忘れられない一日になるだろう、恐らく。